化学と数学でひもとくベルト状分子の構造〜カーボンナノチューブとベルト状分子の接点は?〜
東北大学原子分子材料科学高等研究機構
科学技術振興機構
東京大学大学院理学系研究科
概要
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の磯部寛之主任研究者(JST ERATO磯部縮退π集積プロジェクト研究総括、東京大学大学院理学系研究科教授)と小谷元子機構長の共同研究グループは、ベルト状分子の持つ構造的特徴を化学的・幾何学的に明確にすることに成功しました。
現在、さまざまな分野での展開が期待されているカーボンナノチューブですが、長さ、太さ、あるいは炭素原子の並び方がさまざまなものの複雑な混合物であるために、化学物質(分子性物質)としての性質・特徴が明らかではありません。そのような中、カーボンナノチューブと同じ構造的要素を備えたモデル分子を生み出し、その特徴を明確にしようとする研究が世界的に注目されています。複数の芳香族分子を輪になるように結合することで構造が一義・明確なベルト状分子をつくりだし、その化学的性質を明らかにしようとする研究です。ベルト状分子自身が、これまでにない曲面を有した分子構造を持っていることから、未解明なことが多く、挑戦的な研究課題となっています。ベルト状分子は、芳香族分子をパネルのようにしてベルト(筒)を形づくりますが、そのパネル同士が単結合でつながっているために、芳香族分子がくるくると回転してしまう可能性があります。パネルが回転してしまうとカーボンナノチューブの「筒状の壁構造」を再現した構造になりません。しかし、実際にパネルが回転しているのかどうか、あるいは、何枚のパネルならばその回転を止められるのかという極めて基本的なことでさえわかっていませんでした。今回の研究では、まず、ナフタレンという芳香族分子をパネルにし、パネル数の異なる6種類のベルト状分子をつくりだしました。そして、そのパネルが回転する温度や、回転に必要なエネルギーという重要な基礎的性質を明らかにしました。また、6枚のナフタレンをベルト状分子とした際、室温でパネルが回転しない「堅い構造」が存在することが明らかとなりました。本研究のユニークな点は、構造的特徴を解き明かしたのが有機化学者と数学者との共同研究であったことです。「芳香族分子をパネルにしたベルト状分子では、何枚のパネルのときに何種類の異なる構造(異性体)が存在し得るのか」という最も根源的な問いに解答を与えたのが数学でした。この解答を基にして始めて「堅い(パネルが回転しない)」「柔らかい(パネルが回転する)」という化学的性質を明らかにできたものです。ベルト状分子の基本的性質が明らかになったことで、カーボンナノチューブの化学的特徴を明確にするための一歩が記されました。
図:ナフタレンからつくった筒のような構造を持つベルト状分子の柔らかさ。「パネルの枚数を何枚にすれば,パネルが回転しない堅いカーボンナノチューブのような構造になるのか?」この根源的な問いについて数学と有機化学の組み合わせから答えが得られた。
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―