アルマ望遠鏡で見えてきた化学組成の多様性:原始星を取り巻く大型有機分子の回転リングを発見
大屋 瑶子(物理学専攻 博士課程2年)
坂井 南美(理化学研究所 准主任研究員)
山本 智(物理学専攻 教授)
発表のポイント
- アルマ望遠鏡(注1)による観測で、太陽型原始星を取り巻いて回転するリング構造に大型有機分子(注2)が豊富に含まれていることを発見した。このリング構造は原始星に向かって落下してきたガスと惑星系を作る回転円盤の境界面とみられる。
- 星間空間で形成された有機物が惑星系を作る領域 (半径50天文単位(注3))まで持ち込まれていることが示された。また持ち込まれる有機物の種類は原始星によって異なることもわかった。
- 惑星系の形成には、物理的環境とともに化学的環境も影響を与える。この結果は、太陽系の普遍性・特殊性の議論に新たな視点を加える点で我々の宇宙観を拡げるものである。
発表概要
星間空間で形成された有機物がどのように太陽系にもたらされたかは、太陽系および地球環境の起源を理解する上で一つの謎である。これまで炭素鎖分子のような特殊な有機分子が惑星系形成領域の手前まで存在していることがいくつかの原始星で示されていたが、より一般的な大型有機分子の分布については不明であった。東京大学大学院理学系研究科大学院生の大屋瑶子、理化学研究所准主任研究員の坂井南美らを中心とする日仏の共同チームは、アルマ望遠鏡の観測データを解析し、太陽程度の質量をもつ若い原始星IRAS 16293-2422 Aの周りに、半径50天文単位の大型有機分子の回転リングを発見した。これは、原始星に向かって落下してきた星間ガスと、形成されつつある惑星系円盤の境界面にあたる。星間空間で形成され星間塵に蓄えられた大型有機分子が、蒸発してきたものとみられる。この結果は、星間空間起源の大型有機分子が惑星系に供給されていることを示す直接的な証拠である。同時に、惑星系にもたらされる有機分子が原始星によって異なることがわかった。このことは、宇宙における太陽系の普遍性・特殊性の議論に化学組成という新しい視点が必要であることを示す。
発表内容
太陽程度の質量をもつ恒星とその周りの惑星系の形成過程を解明することは、我々の住む太陽系の起源を知る上で重要な手掛かりとなる。恒星は星間ガスが自己重力で収縮して形成されるが、その形成過程において、誕生したばかりの星 (原始星) の周りに、回転するガスの円盤 (原始星円盤) ができる (図1: 上)。
図1.
左下: アルマ望遠鏡で観測されたギ酸メチル分子 (複雑な有機分子の一種) の分布。原始星の位置を中心に図中の矢印 (A−B) に沿って伸びた楕円形の分布をしている。
右下: アルマ望遠鏡で観測されたOCS分子の分布。ギ酸メチル分子 (左下図) と同様に、原始星の位置を中心に、図中の矢印 (A−B) に沿って伸びた分布をしている。ギ酸メチル分子と比べて、広がった分布をもち、その大きさは半径200天文単位程度にわたる。
上: 原始星とその周りのガスの様子。原始星を中心に、半径50天文単位程度の原始星円盤がある。そのさらに外側を、半径200天文単位程度のエンベロープガスが覆っている。図2の説明で述べるように、それぞれの分子の速度の解析から、ギ酸メチル分子はエンベロープガスと原始星円盤の境界にリング状に分布し (図中の赤いリング)、一方OCS分子はエンベロープガスに分布していることがわかった。
本研究チームは、チリのアタカマ砂漠に建設された大型電波干渉計 (アルマ望遠鏡) の観測データを解析し、太陽程度の質量をもつ若い原始星IRAS 16293-2422 Aについて、原始星を取り巻くエンベロープガスから原始星円盤に至る物理的構造と化学組成を観測的に明らかにした。その結果、エンベロープガスと原始星円盤の境界上に、飽和有機分子 (メタノール、ギ酸メチル) が半径50天文単位のリング状に分布し、原始星の周りを回転していることを発見した (図1, 図2)。
図2.
左上: 原始星付近のギ酸メチル分子の速度構造を表す図。横軸は図1中の矢印 (A−B) に沿った位置を表す。縦軸はガス (分子) の見かけの速度 (視線に沿った速度の成分) を表す。正の速度 (図の上方) はガスが手前から奥に向かって進んでいることを表し、負の速度 (図の下方) はガスが奥から手前に向かって来ていることを表す。原始星の位置 (図の中心) を中心に、A地点側 (図の左方) とB地点側 (図の右方) で、ガスの進む向きが逆転していることがわかる。この速度分布の特徴は、以下に述べるように回転するリング構造を意味する (左下図)。
左下: ギ酸メチル分子が回転リング (図中の赤いリング) にあるとすると、原始星の位置を中心に、A地点側 (図の左方) では奥から手前に向かって来ており (図中の青い矢印)、B地点側 (図の右方) では手前から奥に向かって進んでいる (図中の赤い矢印)。原始星の手前と奥にあるガスは、観測者に対して真横に進んでいる (図中の二本の緑色の矢印)。したがって左上図の速度の様子を再現できる。このように、速度の情報を使うことで、ギ酸メチル分子がリング構造に存在していることが明らかになった。リングの半径は50天文単位程度であり、この位置は原始星を取り巻く原始星円盤 (リングの内側) とエンベロープガス (リングの外側) の境界面にあたる。
右上: 比較のため、エンベロープガス・回転リング・原始星円盤のすべてに存在する分子の観測例として、チオホルムアルデヒド (H2CS) 分子の速度構造を示す。横軸と縦軸の意味は左上図と同様である。ギ酸メチル分子 (左上図) に比べて、原始星から離れた位置でも検出されており、原始星に近づくにつれて回転が速くなっていく様子がわかる。これは、有機分子のリングの外側にあるエンベロープガスにあたる。さらに、境界面より内側に回転が速い成分があり、原始星円盤に存在する分子に相当する。
右下: 右上図の状況を図にしたもの。チオホルムアルデヒドでは、エンベロープガスから原始星円盤までのすべてが見えている。
この結果は、星間空間で形成され星間塵に蓄えられた有機分子が、境界面で温められ蒸発してきたことを意味している。この天体は従来の観測により、原始星近傍の暖かい領域に大型の有機分子を豊富に含むことが報告されていたが、その分布と起源は不明であった。この研究は、星間空間で形成された有機分子が確かに原始星円盤までもたらされていることを、観測的にはじめて明らかにした点で大きなインパクトがある。
本研究チームは、複数の原始星について、原始星近傍におけるガスの構造と化学組成の変化を捉えてきた。例えば、おうし座にある若い低質量原始星天体L1527は、エンベロープガスに炭素鎖分子(注4)を多く含み、上記の天体とは化学的特徴が大きく異なっていた。この天体においても、エンベロープガスから原始星円盤にかけて、化学組成の劇的な変化が捉えられているが、飽和した大型有機分子はまったく見られなかった。この天体では、炭素鎖分子が境界面の外側だけに存在し、境界面より内側で星間塵に凍りついてしまっているとみられる。この化学的描像は今回のIRAS 16293-2422 Aにおける結果と大きく異なる (図3)。
図3.原始星付近のガスの化学組成の模式図。左図は大型有機分子が豊富な天体 (IRAS 16293-2422)、右図は炭素鎖分子が豊富な天体 (L1527) での分子の分布を表す。ガスに含まれる分子の種類が、天体によって大きく異なることがわかる。また各天体の中でも、エンベロープから原始星円盤にかけて、ガスの化学組成が劇的に変化している。エンベロープガスと原始星円盤の境界面に、それぞれギ酸メチルのような有機分子と一酸化硫黄分子 (SO) の回転リングが存在する。このような化学組成は、太陽系の物質的起源を考える上で、新たな要素として注目されつつある。
このように、エンベロープガスの化学組成は原始星円盤に受け継がれること、そして、原始星によって原始星円盤へもたらされる有機分子の種類が大きく異なることを初めて明らかにした。
本研究の結果は、従来不明であった原始星円盤の形成とそこでの物質進化の理解を大きく進めるものである。また、原始星円盤では、将来、惑星系が形成されるので、化学組成の特徴は惑星系へと受け継がれていくことが考えられる。このことは、太陽系の物質的起源を理解する上で、新しい視点を提供するものであり、太陽系が宇宙の中で普遍的なものであるか、特殊な存在であるのかを判断する重要な鍵となると期待される。本研究チームは、アルマ望遠鏡を用いた原始星の観測を精力的に展開しており、より多くの天体についてガスの物理的構造と化学組成の進化を調べることで、形成初期におけるガス円盤の多様性と普遍性を明らかにすることが期待される。
発表雑誌
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雑誌名 Astrophysical Journal 論文タイトル Infalling-Rotating Motion and Associated Chemical Change in the Envelope of IRAS 16293-2422 Source A Studied with ALMA 著者 Yoko Oya※, Nami Sakai, Ana López-Sepulcre, Yoshimasa Watanabe, Cecilia Ceccarelli, Bertrand Lefloch, Cécile Favre, Satoshi Yamamoto DOI番号 10.3847/0004-637X/824/2/88 論文URL http://dx.doi.org/10.3847/0004-637X/824/2/88 用語解説
注1 アルマ望遠鏡
アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計 (ALMA) は、ヨーロッパ、東アジア、北米がチリ共和国と協力して建設する国際天文施設である (図4)。
図4. アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計 (ALMA) (2013年3月撮影)
12 mアンテナ54台、7 mアンテナ12 台、計66台のアンテナ群からなる。ALMAの建設費は、ヨーロッパではヨーロッパ南天天文台 (ESO) によって、東アジアでは日本自然科学研究機構 (NINS) およびその協力機関である台湾中央研究院 (AS) によって、北米では米国国立科学財団 (NSF) ならびにその協力機関であるカナダ国家研究会議 (NRC) および台湾行政院国家科学委員会 (NSC) によって分担される。ALMAの建設と運用は、ヨーロッパを代表するESO、東アジアを代表する日本国立天文台 (NAOJ)、北米を代表する米国国立電波天文台 (NRAO) が実施する (NRAOは米国北東部大学連合 (AUI) によって管理される)。合同ALMA観測所 (JAO) は、ALMAの建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とする。2011年より部分運用が開始されている。感度と空間解像度でこれまでの電波望遠鏡を10倍から100倍上回る性能を持ち、星・惑星系形成領域の観測に大きな威力を発揮すると期待されている。↑
注2 大型有機分子
天文学分野では6原子分子程度以上の有機分子を「大型」有機分子と呼んでいる。星が生まれつつある領域では、メタノール (CH3OH)、エタノール (C2H5OH)、ギ酸メチル (HCOOCH3) などが存在していることが知られている。さらに大型の分子も検出されており、惑星系にどのようにもたらされるかに興味がもたれている。↑
注3 天文単位
長さの単位。1天文単位は太陽と地球の距離であり、約1億5千万キロメートルにあたる。↑
注4 炭素鎖分子
炭素原子が直線状に結合した分子で、HCnN, CnH, CnH2, CnS, CnOなどの系列が知られている。炭素原子の数の割に水素原子が少ない不飽和な分子で、一般に化学反応性が高い。そのため、地上環境では存在しないが、低温 (-263℃) で希薄 (地球大気の千兆分の1) な星間分子雲では数10万年もの寿命を持つ。似た性質の分子として、鎖状ではなく環状に炭素が連なったcyclic-C3H2などの分子も知られている。↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―