2016/06/07

密集した多数の神経細胞の活動を同時に測定する自動画像解析技術を開発

 

豊島 有(生物科学専攻 助教)

飯野 雄一(生物科学専攻 教授)

発表のポイント

  • 立体画像中に密に存在する細胞を見落としなく高精度に検出する新しい手法を考案した。
  • この手法を応用することで、立体動画中のすべての神経細胞の活動を自動的に測定できるようになった。
  • 神経科学に限らず、見落としのない細胞検出や追跡が必要な生命科学の研究全般が促進されることが期待される。

発表概要

神経細胞は脳の中で互いに結合して信号をやり取りし、情報を処理しています。実際の神経細胞がどのように情報を処理しているかを知るためには、脳の中にあるすべての神経細胞の活動を同時に測定する必要があります。このために必要となる顕微鏡技術は開発が進んでいましたが、撮影された大量の画像を自動的に解析し、神経活動を測定するための画像解析技術が不足していました。

今回、東京大学大学院理学系研究科の豊島助教と飯野教授らの研究グループは、立体画像中の細胞の核を見落としなく高精度に検出する新しい画像解析手法を考案し、線虫C. エレガンス(注1)の頭部の全神経を同時に撮影した立体画像および立体動画(注2)に適用しました。この手法を応用することで、大量の動画像を自動的に解析し、すべての神経細胞の活動を精度よく測定できるようになりました。

本研究の成果は、すべての神経細胞の活動の同時測定を通じた、脳の情報処理のしくみの解明に大きく貢献するものです。また本研究で開発された手法は、組織発生の研究における細胞の検出や追跡など、生命科学の研究全般に役立つことが期待されます。

発表内容

研究の背景
脳は外界の情報を受け取って、過去の記憶と照らし合わせたり、行動を選択したりといった処理を行う、生物のもつ最も複雑な情報処理系です。脳の中では多数の神経細胞が互いに結びついて、信号をやり取りしながら情報を処理しています。この情報処理のしくみを調べるためには、それぞれの神経細胞がいつどのような信号を受け取り、どのような応答をしたのか、すべての神経細胞について同時に調べる必要があります。しかしヒトやマウスなど神経細胞の数が非常に多い生物では、すべての神経細胞の活動を同時に調べることは難しく、実際の脳の中で神経細胞がどのように情報を処理しているかは現時点ではよくわかっていません。

線虫C. エレガンスの神経細胞は302個しかありませんが、学習や複雑な行動を行うことができ、神経細胞の間のつながり(神経回路)がすべて分かっているという利点があるため、すべての神経細胞の活動を同時に調べる研究が他の生物に先駆けて始まっています。線虫の神経細胞は立体的に配置されているため、高速な蛍光顕微鏡を使って立体的な動画(注2)を撮影し、大量の画像に含まれる神経細胞を取りこぼしなく検出する必要があります。しかし、明るさの局所的なピークに注目するこれまでの自動検出手法では、密集した細胞をうまく分離できず、明るい細胞に隣接した暗い細胞が頻繁に見落とされてしまうなど、あまり実用的ではありませんでした。さらに、見落とされた細胞を手動で補ったとしても、動きのある神経細胞を正確に追跡して活動を測定する良い手法がなかったため、すべての神経細胞の活動を同時に調べることは困難でした。

本研究の内容
今回、本研究グループは、立体画像中の細胞の核を見落としなく高精度に検出する新しい画像解析手法を開発しました。この手法を利用して、線虫C. エレガンスの頭部のすべての神経細胞を同時に撮影した立体動画像から、神経細胞を見落としなく検出し、正確に追跡して活動を測定することに成功しました。

まず、画像中の神経細胞の核の形は楕円によく似ていることと、楕円の中心に近いほど明るくなることに注目しました。こうした楕円が2つ集まったとき、同じ明るさの点を結んだ等高線に注目すると、両者の間で等高線が外側に曲がる領域(負曲率領域)が生じます(図1)。

図1. 細胞核の自動検出技術の詳細
細胞の核は、画像中では少しムラのある明るいシミとして見えます。核が画像中にまばらに存在している場合には、平滑化によりムラを取り除くことで、明るさの局所的なピークが個々の核に対応するようになります(②)。従って、明るさの局所的なピークを検出すれば、細胞の核が検出できることになります。検出した核の位置をもとに、その核が占有する領域を抽出し(③)、明るさの平均値をとって、その核の明るさとみなします。
しかし図1の例のように、明るい細胞核と暗い細胞核が近接している場合は、暗い方の核の明るさのピークが隠れてしまうため、これまでの手法では明るい方の核しか検出することができず、暗い方の核を見落としてしまいます(②③)。
今回の研究では、ムラを取り除いた後の画像中の、明るさが等しい線(等高線)に注目しました(④右)。等高線が外側に曲がる領域(負曲率の領域)は2つの核の間に広がっていました(④、緑部分)。そこでこの領域を取り除き(⑤)、距離変換という画像処理をかけることで(⑥)、暗い方の核も検出できるようになりました(⑦)。さらに検出した核に対して楕円をあてはめることで、核の正確な位置や明るさが得られるようになりました(⑧)。

 

この領域を2つの核の境界として扱うことで、明るい核と暗い核が隣り合っていても、これらを正しく分離して検出できることを見出しました。

さらに、それぞれの核の明るさの分布に楕円をあてはめることで、隣り合った2つの核を正確に検出・追跡できることや、それぞれの核の明るさを正確に測定できることを見出しました。これらの方法を立体画像向けに拡張して、線虫頭部の神経細胞の立体動画像に適用しました。その結果、これまでの手法では約18%の細胞が見落とされていましたが、今回開発した手法によって見落としを3%まで改善することができました。くわえて、これまでの手法ではうまく追跡できなかった神経細胞についても正確に追跡できることや、画像中の多数の神経細胞の活動を同時に測定できることを実証しました(図2)。

図2. 全神経を同時に撮影した立体動画像から神経活動を自動的に測定した例
今回の研究では、すべての神経細胞の核で赤色の蛍光タンパク質を発現する線虫を作出しました。また一部の神経細胞の核に、神経活動にともなって明るさが変わる蛍光タンパク質(水色で表示)を発現させました。この線虫に塩水の濃さを変える刺激を与えながら、約2分間にわたって、頭部のすべての神経細胞(約200個)を同時かつ経時的に撮影し、立体動画像を得ました。最初の時点での、線虫の右半身の投影図を図2上に示しました。
この立体動画像に今回開発した手法を適用したところ、画像中の198個の核のうち194個の核を自動的に検出することができました(図2上、青または黄色の楕円で表示)。さらに、今回開発した楕円のあてはめ法を応用することで、198個の核のうち171個の核について、一度のエラーもなく自動的に追跡することができました。また、追跡した神経細胞の明るさの変化から、多数の神経細胞の活動を自動的に測定することができました。神経活動の自動測定の結果の例として、BAGR神経とASER神経の活動を図2下に示しました。これまでの研究から、ASER神経は塩水の濃さの変化に反応することが知られています。これらの結果から、今回開発した自動画像解析技術によって、神経活動が正しく測定できることが実証されました。

 

また、検出や追跡の結果を実験者が確認・修正しやすいよう、直感的に操作できるGUI(注3)つきのソフトウェア(RoiEdit3D)を作成し、本研究で開発した手法を実装して、誰でも簡単に利用できるようにしました。さらに、本研究グループは、生命動態システム科学およびオープンサイエンスを積極的に推進しており、これらの実験データとソフトウェアをすべて、生命動態システム科学データベース(SSBD(注4))およびfigshare(注5)において無償公開します。

研究の意義と今後の展開
本研究で開発した手法によって、立体動画像中の神経細胞の核を見落としなく検出し、正確に追跡・測定できるようになりました。すべての神経細胞の活動が同時に測定できるようになったことで、実際の脳の中で神経細胞がどのように情報を処理しているかという、神経科学の大きな研究課題に対して、直接取り組むことができるようになりました。本研究の成果は神経科学研究の発展に寄与することが期待されます。

また本研究成果は神経科学研究だけではなく、組織発生学やがん細胞学など、画像中の密集した対象物を適切に分離して検出・追跡する必要がある研究分野においても、汎用的に役立つことが期待されます。

なお、本研究の一部は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究課題名「神経系まるごとの観測データに基づく神経回路の動作特性の解明」(研究代表者:飯野 雄一)の一環として得られました。

 

発表雑誌

雑誌名 PLOS Computational Biology(6月6日オンライン版)
論文タイトル Accurate automatic detection of densely distributed cell nuclei in 3D space
著者

Yu Toyoshima, Terumasa Tokunaga, Osamu Hirose, Manami Kanamori, Takayuki Teramoto, Moon Sun Jang, Sayuri Kuge, Takeshi Ishihara, Ryo Yoshida, and Yuichi Iino

DOI番号 10.1371/journal.pcbi.1004970
要約URL http://journals.plos.org/ploscompbiol/article?id=10.1371/journal.pcbi.1004970

 

用語解説

注1C. エレガンス

非寄生性の小さな土壌性線虫で、発生生物学や神経科学において広く用いられるモデル生物の一つ。

注2 立体画像および立体動画

神経細胞など立体的に(3次元的に)分布している生体組織の細胞は顕微鏡のひとつの焦点面ですべて捉えることはできません。そのため、共焦点レーザー顕微鏡を用いて、焦点面を動かしながら平面画像を何枚も撮影し、3次元に再構成して立体的な静止画(立体画像)を作成しました。また、これを高速繰り返すことができる顕微鏡を利用して、時間的に連続した多数の立体画像からなる動画(立体動画)を作成し、本研究の画像解析に用いました。

注3 GUI

グラフィカルユーザーインターフェース。マウス操作でユーザーが指示を出すことのできるコンピュータープログラム。

注4 SSBD

http://ssbd.qbic.riken.jp/set/20160501/

注5 figshare

http://dx.doi.org/10.6084/m9.figshare.3184546

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―