2015/10/13

細胞からの鉄イオン排出の分子メカニズムの解明

発表者

  • 谷口 怜哉(生物科学専攻 博士課程1年)
  • 石谷 隆一郎(生物科学専攻 准教授)
  • 濡木 理(生物科学専攻 教授)

発表のポイント

  • ヒト体内で細胞から血中への鉄イオンの排出を担っている、鉄排出輸送体フェロポルチンについて、その細菌由来相同タンパク質(注1)の立体構造を、異なる2状態で決定しました。
  • 構造情報より、フェロポルチンが細胞内開状態と細胞外開状態を行き来することで鉄イオンを輸送していることが明らかとなり、鉄輸送制御の分子メカニズムの理解が大きく進みました。
  • フェロポルチンを介しての鉄イオン排出経路は慢性炎症性貧血などの疾患との関連が深いことから、本研究成果はフェロポルチンを標的とする薬剤設計の基盤となると期待されます。

発表概要

図1

図1. BbFPNの全体構造。左が細胞外に開いた「外向き開状態」、右が細胞内に開いた「内向き開状態」。金属イオンの認識部位は四角で囲って示した。

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図2

図2. ヒトフェロポルチンの構造モデル。ヘプシジンの結合部位のアミノ酸残基を青色で示した。モデル上部にはヘプシジンの構造をヒトフェロポルチンと同じ縮尺で示してある。

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図3

図3. 本研究の結果より予想される、ヘプシジンによるフェロポルチンの機能阻害機構の模式図。

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鉄イオンは生体内での酸素の運搬や、さまざまな酵素反応に不可欠な、必須栄養素です。生体内の鉄イオンの量を一定に保つため、鉄イオンの細胞への取り込みと細胞からの排出は厳密に制御される必要があります。この内、ヒトにおいて「細胞からの鉄イオンの排出」を担う唯一の膜輸送体タンパク質として、フェロポルチンが知られていました。フェロポルチンは生体内の鉄イオン量の調節に不可欠なタンパク質ですが、その立体構造は不明であり、鉄イオン排出の制御機構は明らかとなっていませんでした。

今回、東京大学大学院理学系研究科の濡木理教授らの研究グループは、細菌Bdellovibrio bacteriovorus由来のフェロポルチン相同タンパク質であるBbFPNについて X線結晶構造解析(注2)を行い、BbFPNの立体構造を2つの異なる状態で決定することに成功しました。BbFPNの立体構造に基づき、フェロポルチンがどのように構造を変化させて鉄イオンを運んでいるかが明らかとなりました。加えて、フェロポルチンの機能を抑制するペプチドホルモン(注3)であるヘプシジンの作用機構の推定にも成功しました。

過剰量のヘプシジンによるフェロポルチンの機能抑制は、貧血症状を引き起こすことが知られており、フェロポルチンを標的とする薬剤の開発が期待されています。従って、本研究により得られた知見は、新たな貧血治療薬の開発に向けての基盤情報となることが期待されます。

発表内容

鉄イオンは多くの生物にとって必須の栄養素であり、生体内で担う機能は多岐にわたっています。例えばヒトの場合、赤血球による酸素の運搬には、ヘモグロビンが持つ鉄イオンが不可欠です。また、生体内での物質の生合成、分解に際して起こる酸化還元反応の多くも、鉄イオン無しには進みません。このような生理的な重要性から、生体内の鉄イオンの存在量を適切に維持するため、細胞への鉄イオンの取り込み、排出は厳密に制御されています。このうち、鉄イオンの細胞からの排出を担っている唯一の膜輸送体(注4)がフェロポルチン(Ferroportin)です。

フェロポルチンは、小腸表面の細胞において機能しており、食物中から小腸表面の細胞へと取り込んだ鉄イオンを血中へと供給する役割を担っています。これにより、体内のさまざまな部位への鉄イオンの分配が可能となります。また、古くなった細胞を取り込み分解する機能を持つ細胞であるマクロファージ(注5)においてもフェロポルチンは機能しており、これにより分解した細胞から回収した鉄イオンを再度血中へと排出し、再利用することが可能となります。このように、フェロポルチンは鉄イオンの体内への取り込み、体内での分配、再利用にとって不可欠な輸送体と言えます。

細胞からの鉄イオン排出の唯一の経路であることから、フェロポルチンの機能はさまざまな形で制御を受けています。その中でも代表的なものとして、ペプチドホルモンであるヘプシジンによる抑制が挙げられます。ヘプシジンはフェロポルチンに直接結合することでフェロポルチンの機能を抑制することが知られていました。慢性炎症を伴う疾患(注6)を発症すると、ヘプシジンの過剰な産生が起こりフェロポルチンの機能が抑制され、結果的に血中の鉄イオンが欠乏し貧血症状を引き起こします。この慢性炎症性貧血と呼ばれる疾患の治療薬開発のため、フェロポルチンを標的とする薬剤の開発が期待されています。

このようにフェロポルチンは、生理的にも、薬剤開発にとっても重要な意義を持つ輸送体です。しかしながら、フェロポルチンの分子構造や機能についての知見は乏しく、どのように鉄イオンの排出を行っているのか、また、どのようにヘプシジンがフェロポルチンの機能を抑制しているかの詳細は不明でした。そこで濡木理教授らの研究グループは、シドニー大学Mika Jormakka博士との共同研究のもと、細菌Bdellovibrio bacteriovorusに由来し、ヒトフェロポルチンと40%程度のアミノ酸配列類似性を持つ、フェロポルチン相同タンパク質BbFPNのX線結晶構造解析を行いました。BbFPNはフェロポルチンと同様に鉄イオンを輸送する活性を持っています。またヒトフェロポルチンの機能低下をもたらす遺伝性疾患の原因変異部位約30箇所の内、半数以上がBbFPNでも保存されていました。そのためBbFPNの構造情報は、フェロポルチンの構造、機能についての有益な示唆を与えてくれることが期待されました。

構造解析の結果、BbFPNの立体構造を、外向き開状態と内向き開状態の二状態について決定することに成功しました(図1)。

得られた構造情報より、BbFPNやフェロポルチンが対称的に向き合った2つのドメイン(注7)によって構成されており、これらが細胞内側、外側での開閉を繰り返すことで基質である金属イオンを輸送していることが示唆されました。元々フェロポルチンは鉄イオンを選択的に透過するチャネル(注8)ではないか、とも考えられていましたが、本研究の結果より、フェロポルチンが大きな構造変化を伴って鉄イオンを輸送していることが明確に示されました。また、生化学的な解析により、輸送する金属イオンの認識部位が2つのドメインの中央にできた溝内部に存在していることも明らかとなりました。この部位を構成する5つのアミノ酸残基の内4つは脊椎動物由来フェロポルチンの間でも完全に保存されており、フェロポルチンが同様の認識部位で鉄イオンを認識していることが示唆されました。以上の知見により、フェロポルチンによる鉄イオンの輸送機構が解明されました。

BbFPNの構造に基づき、ヘプシジンの結合部位として特定されていた領域の位置を推定した所、ヘプシジン結合部位が、2つのドメインの間にできた溝内部に位置していることが分かりました(図2)。

この知見より、ヘプシジンが2つのドメインの間の溝内部にはまり込む形で結合することが示唆されました。すなわち、ヘプシジンは溝内部に入ることでフェロポルチンの構造変化を妨げ、これにより鉄イオン排出機能を抑制していると予想されます(図3)。

よって、フェロポルチンを標的とする薬剤開発の新たな可能性として、2つのドメイン間の溝内部を標的とする戦略が有効であることが示唆されました。今後は、このヘプシジンによるフェロポルチン抑制機構の仮説を実験的に検証していくことが求められます。

以上のように、本研究の成果は鉄排出輸送体フェロポルチンの分子構造と鉄イオン排出制御機構についての理解を大きく進めるものです。これらの知見は、慢性炎症性貧血の治療薬の開発にも資するものであり、今後の研究により、ヘプシジン-フェロポルチン経路を標的とする薬剤の開発が進展していくと期待されます。

発表雑誌

雑誌名
Nature Communications(10月13日)
論文タイトル
Outward- and inward-facing structures of a putative bacterial transition-metal transporter with homology to ferroportin
著者
Reiya Taniguchi, Hideaki E Kato, Josep Font, Chandrika N Deshpande, Miki Wada, Koichi Ito, Ryuichiro Ishitani, Mika Jormakka, Nureki Osamu
DOI番号
10.1038/ncomms9545
要約URL
http://www.nature.com/ncomms/2015/151013/ncomms9545/abs/ncomms9545.html

用語解説

(注1)相同タンパク質
あるタンパク質Aを構成するアミノ酸の配列が、タンパク質Bのアミノ酸配列に類似している場合、タンパク質AをBの相同タンパク質と呼ぶ。タンパク質の立体構造はアミノ酸配列によって決まるため、相同タンパク質の間では立体構造も類似していると予想される。膜タンパク質の構造解析を行う場合、真核生物由来のタンパク質の大量調製が困難であることから、細菌由来の相同タンパク質を用いて、標的タンパク質の立体構造情報を得る場合が多い。
(注2)X線結晶構造解析
タンパク質の立体構造を決定する手法の1つ。高純度に精製したタンパク質より調製したタンパク質の結晶に対しX線を照射し、得られた回折データを解析することでタンパク質の電子密度の情報を得ることができる。原子レベルでタンパク質の立体構造を明らかにできる手法であり、タンパク質の構造解析には最も一般的に用いられる。
(注3)ペプチドホルモン
短いアミノ酸鎖によってできたホルモンの一群。体内の特定の組織で他のタンパク質と同様に合成された後、細胞外へと分泌され、体液を介して全身へと運ばれ、標的となる細胞に対し作用する。ペプチドホルモンは、主に標的となる細胞の細胞膜上に存在する受容体によって受容され、これにより標的細胞内へと情報が伝達される。
(注4)膜輸送体
細胞の内外を隔てる細胞膜上に存在し、特定の物質を選択的に細胞膜の片側から反対側へと輸送する機能を持つタンパク質。通常、糖やアミノ酸、イオンといった物質は細胞膜を通り抜けることができず、膜輸送体を介して細胞内外を移動する。従って膜輸送体は、栄養分の細胞内への取り込みや、不要になった物質の細胞外への排出など、さまざまな役割を担っている。
(注5)マクロファージ
白血球の1種。体外から侵入してきた細菌などの異物や、死んだ自己の細胞を捕食し、分解する機能を持つ。特に古くなった赤血球を分解した際に、赤血球由来の鉄イオンが回収され、これがフェロポルチンによって血中へと排出される。
(注6)慢性炎症を伴う疾患
本来外傷や細菌の感染などにより一過的に発症する炎症の症状が、長期間続く場合にこれを慢性炎症と呼ぶ。アトピー性皮膚炎などのアレルギー性疾患や、自己に由来する成分に対して持続的に免疫応答が続く自己免疫疾患に加えて、癌などの悪性腫瘍の発症時にも慢性炎症の症状を伴う。
(注7)ドメイン
タンパク質の立体構造的に、または機能的に独立した一つのかたまりのこと。BbFPNの場合、2つのドメインは構造的に別個のかたまりとして捉えることができ、これらが細胞内側と細胞外側で開閉を繰り返すことで輸送が行われる。
(注8)チャネル
膜輸送体の中でも、イオンの透過が可能な孔を持ち、細胞内外での濃度差に従ってイオンを透過する機能を持つものを指す。チャネルは、小さな構造変化によりイオン透過孔が細胞膜の両側に開いた状態と完全に閉じた状態を行き来する。そのため、イオン透過孔の大きさや電荷の分布により、特定のイオンのみを選択して透過するよう制御されている。一方、BbFPNのような構造の輸送体は、細胞内に開いた状態と細胞外に開いた状態を行き来し、両側に開いた状態は取らない。また、チャネルが濃度差を解消する方向にのみイオンを輸送するのに対し、BbFPNのような輸送体の場合、特定の駆動力を利用することで濃度差に逆らう方向へとイオンを輸送することも可能となる。