動くマイクロらせんで光を制御
発表者
- 東京大学
概要
東京大学大学院情報理工学系研究科の下山勲教授、東京大学大学院理学系研究科の五神真教授(現総長)、および同情報理工学系研究科の菅哲朗助教(現特任講師)、同理学系研究科の小西邦昭助教らの研究グループは、波長の長いテラヘルツ光(数百ミクロン)の偏光状態を右円偏光と左円偏光に切り替えられる円偏光スイッチング素子を作製することに成功しました。本素子は、たんぱく質の特徴的な構造や、左巻きの分子か右巻きの分子かという鏡像異性体を識別するための円偏光フィルタに応用可能であるため、薬学・医療などのバイオ分野への応用が期待されます。
光を物質に照射して物質の性質や構造を調べる際に、光の電場の振動方向がそろった偏光を活用すれば、物質の情報を従来よりも詳細に得られます。たとえば、物質に円偏光を照射して、光の透過にかかる時間や強度の変化を観測することによって、分子の立体的配置の差異であるキラリティの情報が得られます。これにより、鏡像異性体である左手系分子・右手系分子の混合比率を知ることができます。特に、波長の長いテラヘルツ光(波長は数百ミクロン)を使うと、スケールの大きい構造の立体配置の違いを反映したスペクトルから、たんぱく質の折り畳みなどの情報をリアルタイムに得られる可能性があり、バイオ分野への応用が期待されます。さらに、半導体にテラヘルツ光の円偏光を照射すると物質中の電気の流れやすさを非接触で計測できるので、エレクトロニクス分野への応用も有望です。また、偏光状態をある状態から別の状態に動的に切り替えられれば、測定精度が向上し、さらに細かな分子の情報も得られると期待されています。しかしながら、これまではテラヘルツ光の偏光状態を切り替えられる簡便なデバイスが存在しておらず、それがテラヘルツ光の偏光を活用した技術の開発を妨げていました。
そこで本研究グループは、直径150ミクロンの変形可能な金属の渦巻き構造を縦横に多数配列したメタマテリアルと呼ばれる人工材料を作り、この人工材料を用いてテラヘルツ光の偏光状態を動的に切り替えられる光学デバイスを実現しました。渦巻き構造は薄膜で構成されているため、渦巻きの垂直方向に力をかけると、渦巻き構造を立体化して、らせん構造をつくることができます。このとき、力を下からかけると、らせんは左巻きに、力を上からかけると、らせんは右巻きになるため、らせんの巻き方向を、力をかける方向によって切り替えられました。強い偏光変調機能を得るためには、らせん構造を立体的に作ることが必要であることは知られていましたが、微小な立体らせん構造に変形機能を与えることは難しく、これまで実現されていませんでした。本成果では、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems 微小電気機械システム)と呼ばれる技術を用いることで、この構造を実現することができました。 物質の円偏光に対するスペクトルには分子の立体構造を知る手がかりが含まれますので、本切り替え素子は、たとえば、X線回折像の解析からは得ることが難しい大きな物質の構造の情報を、簡便に取得する技術に応用されることが期待できます。将来的には、危険薬物などの分析を現場で実行できる、コンパクトな分析機器の実現につながる可能性を持っています。
本成果は2015年10月1日の英国論文誌Nature Communications(電子版)に掲載されました。
詳細については 情報理工学系研究科 下山 勲教授 のホームページをご覧ください。