2015/09/16

ダウン症で脳発生異常が起こる仕組みをマウスで発見

発表者

  • 倉林 伸博(附属遺伝子実験施設 助教)
  • 眞田 佳門(附属遺伝子実験施設 准教授)

発表のポイント

  • ダウン症脳において、アストロサイト(注1)数が多くなる仕組みをマウスで発見した。
  • 21番染色体上のDYRK1Aという遺伝子が神経前駆細胞の働きを改変し、神経前駆細胞からアストロサイトを誕生しやすくすることを世界で初めて発見した。
  • ダウン症において脳発生異常が引き起こされる仕組みの理解に寄与し、将来の治療戦略の確立のための重要な指針となることが期待できる。

発表概要

図1

図1. ダウン症の染色体
通常のヒト染色体は、22対の常染色体と1対の性染色体の計23対・46本からなる。ダウン症は、第21番染色体が一本余分に存在し、計3本になることによって発症する。本研究で着目したDYRK1A遺伝子は第21番染色体に存在する。

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図2

図2. 子宮内胎児電気穿孔法
母マウスの子宮内にいるマウス胎仔脳に電気パルスを加えることによって、任意の遺伝子を外から導入して、導入された遺伝子の影響を調べられる方法。本研究では、マウス胎仔脳の神経前駆細胞にDYRK1A遺伝子や、この遺伝子の発現を抑制するRNAを導入した。

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図3

図3. ダウン症の脳における神経細胞の減少
ダウン症の神経前駆細胞においてはDYRK1A遺伝子が正常時の1.5倍存在しており、過剰に発現している。これにより神経前駆細胞の働きが改変され、アストロサイトが生み出されやすくなる。これが、ダウン症脳におけるアストロサイト数の増加や神経細胞数の減少を引き起こす要因の一つであると示唆された。

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ダウン症は、およそ800人の新生児あたり1人という極めて高頻度で生じる疾患であり、精神遅滞をはじめとしたさまざまな症状が認められる。脳では神経細胞の数が少なくなると同時に、アストロサイトの数が多くなることが知られている。このような症状はヒトの21番染色体が2つではなく3つあることによって、21番染色体上にある遺伝子の発現量が1.5倍になることが原因とされている。しかし、約300の 遺伝子を含む21番染色体中の、どの遺伝子の発現量が多くなることで、アストロサイトの数が多くなるのかは謎であった。

東京大学大学院理学系研究科附属遺伝子実験施設の倉林伸博助教と眞田佳門准教授らの研究グループは、第21番染色体上の遺伝子であるDYRK1Aに着目し、マウス胎仔脳においてこの遺伝子の発現量が増加すると、神経細胞やアストロサイトを生み出す親細胞である神経前駆細胞の働きが改変され、アストロサイトが生み出されやすくなることを発見した。また、マウス胎仔脳においてDYRK1Aの増加によって働きが調節される因子(STAT3)も明らかにした。

本研究の成果は、ダウン症における脳発生異常の仕組みの理解を大きく前進させる知見であり、ダウン症の脳発生異常を緩和する治療法の確立に重要な指針を提供することが期待される。

発表内容

ダウン症は、高齢出産で発症頻度が急激に上昇するため、現代社会において大きな関心を集めている。この疾患の症状としては、精神遅滞をはじめ、特有の顔つきや心臓奇形などが認められる。また、脳は健常者と比較して小さく、神経細胞の数が減少すると共に、アストロサイトの数が増加する。正常なアストロサイトは神経細胞の生存に寄与しているが、ダウン症脳におけるアストロサイトは、逆に神経細胞の生存を妨げることが知られている。そのため、ダウン症脳におけるアストロサイト数の増加は神経細胞数の減少を引き起こし、これが精神遅滞を引き起こす一因と推察されている。こうしたダウン症の症状は、通常は2つしかない21番染色体が3つに増える(図1)ことにより、その染色体上にある遺伝子の働きが1.5倍に増加することが原因とされる。21番染色体には約300の 遺伝子が存在するものの、どの遺伝子がアストロサイト数の増加に関与しているのかは謎であった。

脳を構成する細胞の一種であるアストロサイトは、周産期以降に神経前駆細胞と呼ばれる親細胞から誕生する。アストロサイトが生み出される過程(分化)にはさまざまな遺伝子が関与しており、それらの遺伝子の働きによって、適切な数のアストロサイトが誕生し、正常な脳が形成される。東京大学大学院理学系研究科附属遺伝子実験施設の眞田准教授と倉林助教らの研究グループは、ヒト21番染色体上の約88遺伝子に相当する遺伝子が3つに増えているマウス(ダウン症モデルマウス)においては、神経前駆細胞からアストロサイトが誕生しやすくなっていることを発見した。そこで、アストロサイト分化におけるヒトの21番染色体上の遺伝子の影響を調べた結果、DYRK1Aというタンパク質リン酸化酵素を見出した。子宮内胎児電気穿孔法(図2)によってDYRK1A遺伝子をマウス胎児脳の神経前駆細胞に導入し、DYRK1Aが通常の1.5倍程度に過剰発現された場合に、神経前駆細胞の働きが改変され、アストロサイトが生み出されやすくなった。

さらに、ダウン症モデルマウスの神経前駆細胞においてDYRK1A遺伝子の発現量を減少させた。その結果、アストロサイトが生み出されやすいという現象が緩和された。以上から、DYRK1A遺伝子の過剰発現が、ダウン症モデルマウスにおけるアストロサイトが生み出されやすい現象に寄与すると示唆された。

さらに本研究グループは、ダウン症モデルマウスの脳において、STAT3の働きが異常に活性化していることを見出した。STAT3は、アストロサイト分化に重要な役割を果たすことが知られている転写因子(注2)である。このSTAT3の働きの上昇にDYRK1Aの過剰発現が寄与しているかを調べるため、ダウン症モデルマウスの神経前駆細胞に発現するDYRK1A量を減少させた。その結果、このモデルマウスで見られたSTAT3の異常な活性化が抑制された。これらの発見は、21番染色体上に存在するDYRK1A遺伝子が神経前駆細胞の働きにとって重要な役割を担っており、ダウン症ではこの遺伝子の量が増え、STAT3の働きが異常に亢進することによって、神経前駆細胞が正常に働かなくなることを示している(図3)。

本研究は、ダウン症の脳においてアストロサイトの数が増加する仕組みを明らかにするものであり、ダウン症の脳発生異常の仕組みの理解を大きく前進させる知見である。

ダウン症はおよそ800人の新生児あたりに1人という極めて高い頻度で発生しており、精神遅滞を引き起こす疾患の中では最も頻度が高い。すなわち、ダウン症の治療戦略の確立は社会的要請が極めて高いと言える。今後のさらなる研究により、脳の正常な形成や発達に重要な役割を果たす21番染色体上の遺伝子の正体を明らかにすることで、ダウン症の発症の仕組みが解き明かされ、症状を緩和する治療法の確立に重要な指針を提供すると期待される。

発表雑誌

雑誌名
EMBO reports (2015年9月15日オンライン版)
論文タイトル
DYRK1A overexpression enhances STAT activity and astrogliogenesis in a Down syndrome mouse model
著者
Nobuhiro Kurabayashi, Minh Dang Nguyen and Kamon Sanada*
DOI番号
10.15252/embr.201540374
要約URL
http://embor.embopress.org/content/early/2015/09/15/embr.201540374

用語解説

(注1)アストロサイト
中枢神経系に存在する細胞の一つ。神経細胞の生存や成熟、さらには神経細胞間の情報伝達に重要な役割を果たしている
(注2)転写因子
DNAの特定の配列に結合し、遺伝子の発現を制御するタンパク質。