2015/08/25

生体脳における神経細胞の組織化を担う新たな分子メカニズム

発表者

  • 安永 桂一郎(生物科学専攻 博士研究員)
  • 手塚 茜(生物科学専攻 修士課程1年生)
  • 石川 夏子(生物科学専攻 修士課程1年生)
  • 大領 悠介(生物科学専攻 博士課程3年生)
  • 榎本 和生(生物科学専攻 教授)

発表のポイント

  • ショウジョウバエ脳神経系を解析モデルとして、神経細胞が周辺組織との相互作用を介して空間的に組織化される分子機構を発見しました。
  • 今回同定された分子群はヒトを含むほ乳類においても進化的に保存されており、ほ乳類脳神経系でも強い発現がみられることから、同様のメカニズムがヒトの複雑な脳神経回路の形成に関与する可能性が考えられます。

発表概要

図1

図1. 神経細胞と周辺組織との相互作用を介する組織化機構
ショウジョウバエ神経細胞は、腹部正中線にむけて神経突起を伸張させるが、必ず特定の場所で突起伸張を停止させる。これにより、隣り合うすべての神経細胞の突起先端領域を直線状に整列させることができる。一方、Wnt5を欠失した個体(Wnt5変異体)では、突起伸張を適切な位置で停止することができず、突起が腹部正中線まで広がり、先端領域はランダムとなる。神経細胞はRyk受容体を発現しており、それを介して予定停止位置の上皮細胞(ピンク)から提示されるWnt5を読みとり、その場所で突起伸張を停止する。

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我々ヒトの脳は1000億個もの神経細胞から構成されています。この膨大な数の神経細胞は、脳内においてランダムに詰め込まれている訳ではなく、同じ機能を担う神経細胞群が特定の空間に整然と配置されることにより機能ユニットを形成しています。このような神経細胞群の空間的組織化は、神経細胞同士もしくは神経細胞と周辺環境との相互作用を介して規定されると考えられていましたが、その具体的な分子細胞基盤はこれまでほとんど理解されていませんでした。

今回、東京大学大学院理学系研究科の榎本和生教授らの研究グループは、ショウジョウバエ脳神経系を解析モデルとして、神経細胞が周辺環境との相互作用を介して組織化される分子メカニズムを世界に先駆けて明らかにしました。今回同定された分子群はヒトを含むほ乳類においても進化的に保存されており、さらにほ乳類脳神経系でも強い発現がみられることから、同様のメカニズムがヒトの複雑な脳神経回路の形成に関与する可能性が考えられます。

発表内容

ヒト脳の構造基盤は、1000億個もの神経細胞が軸索と樹状突起という機能的・構造的に異なる2つの突起を介して構築する神経ネットワークです。発達期の脳内では、幹細胞から生み出された新生神経細胞が盛んに神経突起を伸張しますが、神経細胞の空間配置や突起の伸張方向・サイズは決してランダムではなく、同じ機能を担う神経細胞群が特定の脳内空間において整然と配置され、その突起も決まった空間に向けて伸長し、適切な大きさに達すると伸張を停止します。このような神経細胞群の空間的な組織化は、神経細胞同士もしくは神経細胞と周囲細胞との相互作用により規定されると考えられていますが、それぞれの機構に関わる分子基盤については長らく不明でした。

榎本和生教授らの研究グループは、ショウジョウバエ脳神経系をモデルとして、神経細胞が脳内において空間的に組織化される分子基盤について長らく研究を行ってきました。今回、研究グループは、神経細胞が周辺細胞との相互作用を介して組織化される分子機構の同定に初めて成功しました。研究グループは、RNAiノックダウン法(注2)による網羅的遺伝子スクリーニングを行い、その結果、神経細胞の近傍に位置する上皮細胞から提示されるWnt5分子(注1)が、「停止標識」の役割を果たすことにより、神経細胞の空間配置を規定することを発見しました(図1)。

さらに、神経細胞は、受容体型チロシンキナーゼRykを介してWnt5を認識することを明らかにしました。今回同定された分子群はヒトを含むほ乳類においても進化的に保存されており、ほ乳類脳神経系でも強い発現がみられます。したがって、同様のメカニズムがヒトの複雑な脳神経回路の形成に関与する可能性が考えられます。

これまでに榎本教授らの研究グループは、神経細胞間の相互作用に基づく組織化についてもその分子機構の同定に成功しています。今回の発見は、今後、神経細胞間の相互作用と、神経細胞−周辺細胞間の相互作用がどのようにして協調的に働くことにより、神経細胞の空間配置が精緻に規定されるのかを理解する手がかりとなることが期待されます。

本研究は、日本学術振興会新学術領域「血管−神経ワイヤリング」、脳科学研究戦略推進プログラム「神経情報基盤」、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業「生体恒常性維持」の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
Genes and Development (2015年8月25日版)
論文タイトル
Adult Drosophila sensory neurons specify dendritic territories independently of dendritic contacts through the Wnt5-Drl signaling pathway.
著者
Kei-ichiro Yasunaga, Akane Tezuka, Natsuko Ishikawa, Yusuke Dairyo, Kazuya Togashi, Hiroyuki Koizumi, and Kazuo Emoto
DOI番号
要約URL

用語解説

(注1)Wnt5
分泌型糖タンパク質Wntファミリーの一員。Wntファミリーは、異なる受容体を介してさまざまな発生現象に関与することが知られている。
(注2)RNAiノックダウン法
それぞれ個々の遺伝子に対応する配列を細胞に発現させることにより遺伝子発現レベルを抑制し、その結果として特定遺伝子の機能を個別に阻害できる技術。ショウジョウバエゲノム上には、約1万3000個の蛋白質をコードする遺伝子が配置されており、RNAiノックダウン法によりすべての遺伝子を個別に特定の神経細胞において機能阻害することが可能となっている。