室温・高圧条件でのアミノ酸のペプチド化
発表者
- 鍵 裕之(附属地殻化学実験施設 教授)
- 三村 耕一(名古屋大学大学院環境学研究科環境科学専攻 准教授)
発表のポイント
- アミノ酸(注1)の一種であるアラニンの過飽和水溶液に室温で5 〜11 GPaの高圧力をかけたところ、圧力によって誘起されるアラニンの脱水縮合反応、即ちペプチド化(注2)が起こることを発見しました。
- 室温かつ水が共存する条件下では、アミノ酸のペプチド化はきわめて起こりにくいとされてきましたが、高圧条件下では、これまでの常識を覆す化学反応が起こりました。
- 本研究結果は、地球から遠く離れた氷衛星や氷惑星などで生体関連物質が容易に作られる可能性を示しました。
発表概要
東京大学大学院理学研究科 鍵 裕之(かぎ ひろゆき)教授、藤本 千賀子(ふじもと ちかこ)大学院生らは、名古屋大学大学院環境学研究科 三村 耕一(みむら こういち)准教授、篠崎 彩子(しのざき あやこ)研究員らと共同で、アミノ酸の一種であるアラニンの過飽和水溶液を室温下で5 GPaから11 GPaに加圧し、アラニンの二量体、三量体の生成を発見しました。
これまでアミノ酸のペプチド化は、水が存在する条件や常温ではきわめて起こりにくいと考えられていましたが、本研究成果により、高圧条件ではペプチド化が起こりうることが明らかになりました。今回の実験条件は、共存する水が氷の高圧相として存在し、アミノ酸が氷の中でペプチド化しました。この結果、地球から遠く離れた氷衛星や氷惑星の内部でも、生体の材料となるアミノ酸のペプチド化が起こり得ます。
発表内容
有機化合物に圧力をかけると分子間の距離が減少し、分子間の相互作用が著しく増加するため、化学反応が進行しやすくなります。これまで、有機化合物の圧力誘起反応はいくつもの有機化合物で報告されており、本研究グループも、ベンゼン、ピリジン、トリメチルシラノールなどの有機化合物の高圧下での構造変化、圧力誘起反応を研究してきました。
本研究において着目したアミノ酸は、我々生物の体を構成するタンパク質を作るもっとも基本的な生体関連物質であります。分子間に働く水素結合によってアミノ酸の構造が規定されますが、高圧下では分子間力が大きく変化し、圧力の増加に伴ってその結晶構造が変化するアミノ酸もあります。アミノ酸のペプチド化に対しても、高圧環境は重要な反応要因の一つであります。これまでは、圧力と共に600 ℃以上の高温となる衝撃圧縮(注3)、あるいは静的高圧条件(注4)で200から400 ℃といった高温条件でアミノ酸のペプチド化が報告されてきました。また、アミノ酸のペプチド化は脱水反応であるため、水が共存する条件では反応が進みにくいと考えられていました。
本研究では、ダイヤモンド焼結体で作られた対向型アンビル高圧発生装置(図1)に代表的なアミノ酸である「アラニン粉末」と「アラニン飽和水溶液」を入れ、室温条件で5 GPa から11 GPaの圧力条件に1時間置いた後、試料を回収しました。回収試料を誘導体化した後、GC-MS(ガスクロマトグラフィー質量分析装置)を用いて反応生成物の分析を行いました。
この測定の結果、回収試料にはアラニンの二量体と三量体が含まれていることが明らかとなりました。重合体の生成量は圧力の増加とともに増加し、本研究での最高圧力条件である11 GPaでは、アミノ酸の出発濃度に対して0.1 %以上の二量体が検出されました(図2)。
一見すると、0.1 %の収率はとても低く思われますが、この生成効率は決して低いものではなく、これまで報告されてきた高温高圧条件でのペプチドの生成率に匹敵するものであります。また、今回の分析条件では、四量体以上の生成物は検出することができないため、実際には四量体以上の大きなペプチド分子が生成されていた可能性もあります。
これまでの研究では、アミノ酸のペプチド化は高温条件、イオン照射、光照射と言ったエネルギーの付与、あるいは触媒の存在下で進行すると考えられていました。それに対して、本研究結果の室温条件では、アラニンの圧力誘起ペプチド化が起こり、三量体まで生成すること(図3)が明らかになりました。さらに、従来は重合反応が極めて起こりにくいと考えられていた水が、共存する条件下では、アラニンのペプチド化を見いだすことも本研究の特筆すべき成果であります。
今回の温度圧力条件では、アミノ酸と共存する水は氷の高圧相(氷Ⅶ相)に変化しています。詳細な反応機構の解明はこれからの課題でありますが、固体である氷の中でアミノ酸が脱水縮合したことになります。氷Ⅶ相は氷衛星に存在すると考えられており、本研究の結果は地球から遠く離れた氷衛星や氷惑星においても、生体関連物質であるアミノ酸のペプチドが生産されうることを示しました。今後は、今回発見された反応のメカニズムを明らかにすると共に、さらに高い圧力条件での実験を行い、より分子サイズの大きいペプチドが得られるかどうかを検討していくことが期待されます。
本研究成果は、基礎的な物理化学としての意義だけでなく、惑星科学、生命科学にも影響を与えうる意義の大きな研究結果であります。
発表雑誌
- 雑誌名
- Chemical Communications (2015年8月13日版)
- 論文タイトル
- Pressure-induced oligomerization of alanine at 25 °C
- 著者
- Chikako Fujimoto1, Ayako Shinozaki2, Koichi Mimura2, Tamihito Nishida2, Hirotada Gotou3, Kazuki Komatsu1 and Hiroyuki Kagi*1 (1. 東京大学大学院理学系研究科、2. 名古屋大学大学院環境学研究科、3. 東京大学物性研究所)
- DOI番号
- 10.1039/c5cc03665h
- 要約URL
- http://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2015/CC/C5CC03665H#!divAbstract