2015/06/16

インジウムを含まないフレキシブルなカーボンナノチューブ有機薄膜太陽電池を開発

発表者

  • 松尾 豊(化学専攻 特任教授)
  • 丸山 茂夫(工学系研究科機械工学専攻 教授)

発表のポイント

  • カーボンナノチューブ(注1)用いて、レアメタルであるインジウム(注2)を含まないフレキシブルな有機薄膜太陽電池を開発しました。
  • 透明性の高いカーボンナノチューブ薄膜に、有機発電層からプラスの電荷のみを選択的に捕集して輸送する機能を付与することに成功しました。
  • カーボン材料を主体とする新たな有機系太陽電池(注3)の開発につながり、将来的に太陽電池の低コスト化や太陽エネルギーのさらなる利用に役立つことが期待されます。

発表概要

図1

図 1. 酸化モリブデンで修飾した単層カーボンナノチューブ薄膜の走査型電子顕微鏡写真(斜め上方からの撮影)。単層カーボンナノチューブ(SWCNT)から酸化モリブデン(MoO3)へ電子が移動し、カーボンナノチューブはプラスの電荷を注入される。この状態で、カーボンナノチューブ薄膜はプラスの電荷を選択的に捕集し、輸送する透明電極となる。

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図2

図 2. カーボンナノチューブ透明電極を用いた有機薄膜太陽電池の発電メカニズム。有機発電層内で光照射下、電子ドナーから電子アクセプターに電子が移り、プラスの電荷(ホール)とマイナスの電荷(電子)が生ずる。プラスの電荷はカーボンナノチューブ透明電極に流れ、電子は裏面電極側に流れ、太陽電池となる。

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図2

図 3. PET基板に作製したフレキシブルなカーボンナノチューブ有機薄膜太陽電池。透明電極はプラスの電荷を注入(ホールドープ)されたカーボンナノチューブ薄膜、裏面電極はアルミニウム。両電極間に有機化合物を用いた有機発電層が挟まれている。

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将来的に安価に製造されることが期待されている新しい太陽電池のひとつとして、有機化合物を半導体として用いた有機薄膜太陽電池があります。有機薄膜太陽電池の透明電極には酸化インジウムスズを用いていますが、レアメタルであるインジウムは需用に対して供給量が逼迫するリスクがあります。一方、カーボンナノチューブは元素としては供給の制約を受けない炭素で作られ有機物よりも高い導電性を示すため、電極材料として用いられることが期待されていました。

今回、東京大学大学院理学系研究科の松尾豊特任教授、東京大学大学院工学系研究科の丸山茂夫教授らの研究グループは、高純度で透明性の高いカーボンナノチューブ薄膜のエネルギー準位を変え、有機発電層からプラスの電荷(ホール)のみを選択的に捕集して輸送するカーボンナノチューブ透明電極を開発し、インジウムを用いない有機薄膜太陽電池のエネルギー変換効率を向上させました。さらにカーボンナノチューブ薄膜の柔軟性を活かし、フレキシブルな太陽電池の開発にも成功しました。

発表内容

有機系太陽電池は低エネルギー製造プロセスにより将来的に安価に製造されることが期待されている新しい太陽電池で、世界中で活発に研究開発がなされています。エネルギー変換効率や耐久性など解決すべき問題がまだ残っていますが、近年有機薄膜太陽電池や有機金属ペロブスカイト太陽電池ではエネルギー変換効率がそれぞれ10%・20%を越え、無機系の太陽電池であるアモルファスシリコン太陽電池や多結晶シリコン太陽電池と同等の性能が得られてきています。将来的に有機系太陽電池を大量生産する場合、元素として最も供給が制約される材料はインジウムスズ酸化物透明電極に用いられているインジウムだといわれています。一方、カーボンナノチューブは供給の制約を受けない元素である炭素で作られ、優れた電荷輸送特性、化学的安定性、機械的安定性および柔軟性を併せ持つ材料です。カーボンナノチューブを用いた有機系太陽電池の研究開発もこれまでに行われてきましたが、カーボンナノチューブ薄膜を透明電極として用いた有機薄膜太陽電池において、変換効率は2%に留まっていました。

今回、東京大学大学院理学系研究科の松尾豊特任教授、工学系研究科の丸山茂夫教授らの研究グループは、カーボンナノチューブを有機薄膜太陽電池の透明電極として用いるための方法論を確立し、それによりレアメタルであるインジウムを用いない有機薄膜太陽電池を開発しました。本研究では、浮遊触媒化学気相成長・転写法(注4)により作製した高純度な単層カーボンナノチューブ薄膜を用いています。ただし、カーボンナノチューブ薄膜そのものの導電性は透明電極に適用できるほど高くありません。そこで、カーボンナノチューブ薄膜に酸化モリブデン(注5)を作用させ、カーボンナノチューブ薄膜から酸化モリブデンへ電子を移動させます(図1)。このことで、カーボンナノチューブにプラスの電荷(ホール)が注入(ドープ)され、カーボンナノチューブのエネルギー準位が変化します。そうしてカーボンナノチューブ薄膜にプラスの電荷を選択的に捕集し、高効率に輸送する機能が付与されます。また、酸化モリブデンを薄く堆積させることによりカーボンナノチューブ薄膜の凹凸をなくすことができるため、有機化合物の薄膜を堆積するうえで有利になります(図1)。

有機薄膜太陽電池の有機発電層には、電子ドナーとして共役系高分子(注6)が、電子アクセプターとしてフラーレン誘導体(注7)が用いられています(図2)。有機発電層が太陽光を吸収すると電子ドナーから電子アクセプターへと電子が移動し、電子ドナーにプラスの電荷が、電子アクセプターにマイナスの電荷(電子)が生じます。これらの電荷はそのままだと再結合し、中性に戻ります。酸化モリブデンでプラスの電荷を注入したカーボンナノチューブ透明電極は、プラスの電荷のみを選択的に捕集し、電子はアルミニウムの裏面電極へ流れます(図2)。

すると、カーボンナノチューブ透明電極とアルミニウム裏面電極がそれぞれ、陽極、陰極に変化し、太陽電池になります。この結果、6%以上のエネルギー変換効率を得ることが出来、従来のカーボンナノチューブを電極とした有機薄膜太陽電池の変換効率を3倍に向上させることに成功しました。また、PET(ポリエチレンテレフタラート)フィルムの上にカーボンナノチューブ薄膜を転写して用いることでフレキシブルなカーボンナノチューブ有機薄膜太陽電池を作製することにも成功しました(図3)。

カーボンナノチューブは安価な塩化鉄などの鉄触媒とアルコールや一酸化炭素などの炭素源を用いて合成され、原理的には安価に製造することが可能といえます。インジウムの代わりにカーボンナノチューブを活用することにより、有機系太陽電池の実用化へ向けた研究が加速されるものと期待されます。また、有機発電層に用いる共役系高分子やフラーレン誘導体も炭素豊富な有機化合物であり、電極に用いるカーボンナノチューブを含めて炭素を主な構成成分とする新たなカテゴリーに属する有機系太陽電池の創出にもつながるものと期待されます。有機系太陽電池が実用化されれば、より一層太陽エネルギーを活用する社会になることが期待されます。今後は有機材料やデバイス構造の最適化を行うことにより、さらなる高効率化研究に取り組む予定です。

発表雑誌

雑誌名
Journal of the American Chemical Society (6月15日オンライン版掲載)
論文タイトル
Direct and Dry Deposited Single-Walled Carbon Nanotube Films Doped with MoOx as Electron-Blocking Transparent Electrodes for Flexible Organic Solar Cells.
著者
Il Jeon, Kehang Cui, Takaaki Chiba, Anton Anisimov, Albert G. Nasibulin, Esko I. Kauppinen, Shigeo Maruyama*, Yutaka Matsuo*
DOI番号
10.1021/jacs.5b03739
要約URL
http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/jacs.5b03739

用語解説

(注1)カーボンナノチューブ
炭素でできた直径数〜数十ナノメートルの筒状の物質。優れた電荷輸送特性、機械的強度をもち、電子材料や構造材料に応用する研究が広く行われている
(注2)インジウム
亜鉛精錬の副産物などとして生産される。供給国は中国などに偏る一方、液晶テレビ・ディスプレイ・有機EL素子など電子製品に欠かせない透明導電体の材料であり、様々な要因による需用と供給のバランスの崩れや価格の乱高下が懸念されることがある。そのため、資源量の影響を受けにくい材料へ代替する研究が近年活発に行われている
(注3)有機系太陽電池
シリコン太陽電池などの無機系の太陽電池に対して、有機化合物などを発電層として用いた太陽電池。主に、共役系高分子とフラーレン誘導体を用いた有機薄膜太陽電池、酸化チタンと有機色素を用いた色素増感太陽電池、メチルアンモニウムヨウ化鉛を用いた有機金属ペロブスカイト太陽電池がある。塗布プロセスでより安価に製造されることが期待され、軽量、フレキシブルであることを特徴とする。
(注4)浮遊触媒化学気相成長・転写法
気相に鉄触媒を浮遊させ、そこへ一酸化炭素やアルコールなどの炭素源を導入し、カーボンナノチューブを気相で合成し、成長したカーボンナノチューブをフィルタで濾取し、フィルタ上にできたカーボンナノチューブの薄膜をガラス基板やPET基板に転写する方法。従来は界面活性剤などの分散剤を用いてカーボンナノチューブを溶液中に分散しそれを塗布してカーボンナノチューブの薄膜を得ていたが、この方法では分散剤を後から取り除くことができず純粋なカーボンナノチューブ薄膜が得られなかった。本研究では、フィンランド・アールト大学のエスコ・カウピネン教授と共同研究を行い、有機薄膜太陽電池の透明電極に適するカーボンナノチューブ薄膜を開発した。
(注5)酸化モリブデン
生体にも微量に含まれ,工業的にも用いられているモリブデンの酸化物で、白色粉末である。電子を受け取る性質をもつため、ここではカーボンナノチューブから電子を奪い、カーボンナノチューブにプラスの電荷を注入するはたらきをする。
(注6)共役系高分子
プラスチックやフィルムなどの構成成分である高分子化合物の一種であり、出し入れ可能な電子を豊富にもつ。有機薄膜太陽電池では、共役系高分子は太陽光を吸収し電子をフラーレン誘導体などに供与する。
(注7)フラーレン誘導体
フラーレン(C60)は60個の炭素原子でできた球状の物質。化学合成により有機分子をフラーレンに取り付けた化合物をフラーレン誘導体とよぶ。有機薄膜太陽電池において電子を受容する材料として用いられる。