視力13,000を達成!アルマ望遠鏡と重力レンズ望遠鏡のかけ合わせで モンスター銀河の真の姿をとらえることに成功
発表者
- 田村 陽一(天文学教育研究センター 助教)
- 大栗 真宗 (ビッグバン宇宙国際研究センター 助教)
- 廿日出 文洋(国立天文台チリ観測所 特任助教)
発表のポイント
- アルマ望遠鏡(注1)が撮像した「アインシュタイン・リング」をもっとも精緻に再現できる重力レンズ効果(注2)モデルを構築することに成功した。
- 重力レンズ効果によって拡大された117億光年彼方のモンスター銀河(注3)の内部構造を解明すると同時に、重力レンズ効果を引き起こしている銀河に太陽質量の3億倍以上におよぶ超巨大ブラックホールが存在することを示した。
- 視力10,000以上を達成できるアルマ望遠鏡と重力レンズの組み合わせによって、銀河の形成過程や超巨大ブラックホールの成長メカニズムが解明されることが期待される。
発表概要

図2. アルマ望遠鏡がとらえたモンスター銀河SDP.81のアインシュタイン・リング ※画像ダウンロード
ハッブル宇宙望遠鏡の近赤外線画像に合成した、地球から距離117億光年に位置するモンスター銀河SDP.81のアルマ望遠鏡によるミリ波画像(中央よりやや右上の赤みがかった円弧状の放射)。距離34億光年の白色の楕円銀河がおよぼす重力レンズ効果によって、背景のSDP.81が「アインシュタイン・リング」として観測されています。(囲み)アルマ望遠鏡による波長1.0-1.3ミリメートルで見たSDP.81の擬似カラー画像(左)と本研究によって再構築されたSDP.81の重力レンズ効果モデルの画像(右)。重力レンズ効果モデルが、アルマ望遠鏡の実際の画像をよく再現しています。
重力レンズを引き起こす銀河を左から右に移動させた場合に生じる重力レンズ効果をシミュレーションしています。最適な重力レンズ効果モデルが、アルマ望遠鏡の実際の画像をよく再現していることがわかります。また、本来117億光年では歪みがない格子(背景の薄い赤色の線)が、重力レンズ効果による空間の歪みを反映して引き延ばされている様子もわかります。なお、前景の銀河は表示していません。
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図 3. アルマ望遠鏡と重力レンズ効果の高精度解析により明らかになったSDP.81の内部構造モデル(左)と、仮に重力レンズを介さずにアルマ望遠鏡(中央)とハッブル宇宙望遠鏡(右)で見た場合のSDP.81の見えかた。アルマ望遠鏡と重力レンズの組み合わせが、SDP.81の内部構造を克明に描きだすことに成功しました。
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図 4. SDP.81の空間構造モデル(左;一部拡大)と近傍の巨大分子雲とのサイズ比較(1目盛 = 250光年)。近傍銀河M33に位置する巨大散光星雲NGC 604(右)や銀河系内のオリオン座巨大分子雲(中央)の実スケールと比較すると、SDP.81のモデルが巨大分子雲サイズで銀河の内部構造を描きだして いることがわかります。(Image credit: NASA and The Hubble Heritage Team (AURA/STScI))
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図 5. 重力レンズ効果を引き起こす手前の銀河の中心に3億太陽質量の超巨大ブラックホールが存在する場合(右)と超巨大ブラックホールが存在しない場合(左)の、SDP.81の見えかた。手前の銀河に3億太陽質量を超える超巨大ブラックホールが存在すると、それが及ぼす重力レンズ効果によって、中心像が著しく暗くなることがわかりました。アルマ望遠鏡の観測によって、SDP.81の中心像がきわめて暗いことがわかったため、手前の銀河に3億太陽質量以上のブラックホールが存在すると考えられます。
拡大画像2015年2月、アルマ望遠鏡(注1)がとらえた117億光年彼方のモンスター銀河(注3)「SDP.81」の画像が、世界同時公開されました。SDP.81は、その手前に偶然位置する距離34億光年の銀河の重力によって、その姿がリング状に拡大されています(重力レンズ効果(注2))。人類が初めて経験する高い解像度と感度で取得されたその画像は世界中の研究者の注目を集めましたが、その複雑な観測結果を解釈することができていませんでした。そこで、東京大学理学系研究科の田村陽一助教と大栗真宗助教および国立天文台の研究グループは、SDP.81をもっとも精緻に再現できる重力レンズ効果モデルを世界に先がけて発表しました。この結果、重力レンズ効果によって拡大されたSDP.81の詳細な内部構造を解明しただけでなく、重力レンズ効果を引き起こしている手前の銀河に太陽質量の3億倍以上におよぶ超巨大ブラックホールが存在することを世界で初めて示しました(図1)。
アルマ望遠鏡と重力レンズという天然の望遠鏡の組み合わせによって、じつに視力13,000(注4)が達成されたことになります。この結果は、モンスター銀河の形成過程や超巨大ブラックホールの成長メカニズムの解明につながると期待されます。
発表内容
(1) 研究の背景・先行研究における問題点
重力レンズ効果とは、アインシュタインの一般相対性理論によって予言される、質量が時空の歪みを介して光路を曲げる現象です。重力レンズ効果は、非常に重い天体の周囲で必ず生じ、その向こう側の天体の見かけの姿を拡大・増光する性質があります。このため、宇宙初期の銀河やブラックホール、暗黒物質を研究するための手段として、この重力レンズが頻繁に利用されています。なかでも、距離の異なるふたつの銀河が視線方向にほぼ完全に重なるときにだけ生じる「アインシュタイン・リング」は、より遠いほう(背景)の銀河の詳細な構造を拡大して観察したり、手前(前景)の銀河がもつ恒星やブラックホールなどの質量を測定したりできるため、たいへん強力なツールです。
このような状況のもと、2015年2月にアルマ望遠鏡が撮像したモンスター銀河「SDP.81」の科学データが、世界同時公開されました。SDP.81は、うみへび座の方向、地球から距離117億光年に位置する爆発的に恒星を生み出している銀河で、その手前に位置する距離34億光年の銀河の重力によって、その姿がリング状に引き伸ばされています(アインシュタイン・リング)。アルマ望遠鏡の画像データは、(a) 恒星や惑星の材料となる低温の分子ガスや塵が放射する波長1ミリメートルの電波(ミリ波)を高い感度で検出し、(b) ハッブル宇宙望遠鏡の解像度をしのぐ0.023秒角(人間の視力で2600に相当)という高い解像度で取得されました(図2)。
このデータには背景のモンスター銀河や前景銀河のブラックホールの謎を解く鍵が秘められていると期待されていたため、世界中の研究者が高い関心を寄せていました。しかし、アインシュタイン・リングは完全な円弧ではなく、屈曲していたり分裂していたり細かい粒を持っていたりするなど、構造があまりに精緻かつ複雑なため、物理的な解釈は困難をきわめました。
(2) 研究内容
そこで、東京大学理学系研究科の田村陽一助教と大栗真宗助教および国立天文台の研究グループは、SDP.81をもっとも精緻に再現できる重力レンズ効果モデルを、世界に先がけて作り上げました。このモデルでは、SDP.81周辺の重力場の歪みを高精度で補正した、いわば重力レンズの乱視矯正を独自にとりいれることにも成功しました。この結果、重力レンズ効果によって拡大されたSDP.81の詳細な内部構造を解明しただけでなく、重力レンズ効果を引き起こしている手前の銀河に超巨大ブラックホールが存在することを世界で初めて示しました。
まず、アインシュタイン・リングの複雑な微細構造は、モンスター銀河SDP.81の内部構造を反映していました。モデルを用いたレンズ像の再構築(図2囲み・ 動画)を行ったところ、差し渡し200〜500光年の塵の雲が、およそ長さ5000光年の楕円状の領域に複数分布していることがわかりました(図3)。
この塵の雲は、巨大分子雲(注5)と呼ばれる、恒星や惑星が生まれる直接的母体だと考えられます。図4に示すように、SDP.81の内部に見つかった巨大分子雲のサイズは、銀河系や近傍の銀河に見られるものと同程度だということがわかります。117億光年もの距離に位置する銀河の内部構造が、これほど高い解像度で解明されたのは初めてです。
さらに興味深いのは、アインシュタイン・リングの中央に出現することが予想される背景銀河の「中心像」の高感度探査が可能となった点です。図5に、前景銀河の中心に超巨大ブラックホールが存在すると、背景銀河の中心像がどのように見えるかを示しました。前景銀河にブラックホールが存在すると、それがおよぼす重力レンズ効果によって、中心像だけが著しく暗くなります。これを逆手に取ると、中心像の明るさから、前景銀河のブラックホールの重さを量ることができます。
今回のアルマ望遠鏡の観測によって、SDP.81の中心像がきわめて暗いことが示されました。これは、前景銀河の中心に、太陽質量の3億倍以上におよぶ超巨大ブラックホールが存在することを意味します。
(3) 社会的意義・今後の予定
背景を拡大することができる重力レンズ効果は、いわば天然の望遠鏡です。本研究によって、世界最高水準の解像度と感度をほこるアルマ望遠鏡と重力レンズを組み合わせることで、人間の視力に換算して13,000というきわめて高い解像度が達成できることが示されました。また、背景のアインシュタイン・リングを詳細に分析することで、重力レンズ効果を引き起こす銀河の詳細な構造(質量分布)を逆算し、超巨大ブラックホールの質量をより直接的に推定することも可能になりました。今後は、視力10,000を超える高い解像度と微弱な信号も逃さないアルマ望遠鏡と重力レンズの組み合わせによって、なぜモンスター銀河が形成されるのか、どのように超巨大ブラックホールが成長するかが明らかになると期待されます。
発表雑誌
- 雑誌名
- 日本天文学会欧文研究報告 (Publications of the Astronomical Society of Japan) オンライン版:6月9日
- 論文タイトル
- High-resolution ALMA observations of SDP.81. I. The innermost mass profile of the lensing elliptical galaxy probed by 30 milli-arcsecond images.
- 著者
- Yoichi Tamura*, Masamune Oguri, Daisuke Iono, Bunyo Hatsukade, Yuichi Matsuda, Masao Hayashi
- DOI番号
- 10.1093/pasj/psv040
- 要約URL
- http://arxiv.org/abs/1503.07605
用語解説
- (注1)アルマ望遠鏡
- アルマ望遠鏡とは、南米チリ共和国のアンデス山中に建設されたアタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計 (ALMA) の略称で、開口合成型干渉計と呼ばれる特殊な電波望遠鏡です。日本をはじめとした東アジア、北米や欧州の各国が国際共同で運用しており、本研究チームメンバー(一部)も建設と運用に貢献してきました。開口合成型干渉計とは、大口径望遠鏡を製作する代わりにその開口面を複数の鏡に分割し、それぞれの鏡をより小口径の望遠鏡で代用させる方法です。このとき、小口径望遠鏡のあいだの距離を離すほど、解像度が向上する特徴があります。アルマ望遠鏡による高解像度撮像の詳細については、国立天文台のリリース記事をご参照ください。
- 2015年4月7日国立天文台プレスリリース: アルマ望遠鏡、遠方銀河と小惑星を超高解像度で撮影↑
- (注2)重力レンズ効果
- アインシュタイン (A. Einstein) の一般相対性理論によって予言される、質量が時空の歪みを介して光路を曲げる現象です。重力レンズ効果が生じるしくみについては、関連する過去のリリース記事をご参照ください。
- 2014年4月25日東大IPMUプレスリリース:明るすぎる超新星、手前に虫めがねがあった! 〜重力レンズを生み出す銀河をついに発見〜↑
- (注3)モンスター銀河
- モンスター銀河は、地球からおよそ100億光年かなたで(言いかえればおよそ100億年前の宇宙に存在した)爆発的に星々を生みだしている大質量銀河です。私たちの天の川銀河にくらべて数百倍から数千倍もの速さで恒星が誕生している、たいへん活動的な銀河ですが、恒星の揺りかごである暗黒星雲を多数含むため、それにさえぎられて可視光線の望遠鏡ではほとんど暗くて見えません。その代わり、暗黒星雲を構成する分子ガスや塵が放射するミリ波やサブミリ波(波長数百ミクロン〜数ミリメートルの電波)で観測することができます。↑
- (注4)視力13,000
- 4.6ミリ秒角(1ミリ秒角は1度の360万分の1の角度)という解像度に相当し、東京スカイツリーから富士山頂の米粒を見つけられるくらいの能力に匹敵します。↑
- (注5)巨大分子雲
- 太陽質量の百倍〜数十万倍ほどの低温の分子ガスをもつ、差し渡し数十〜数百光年の星雲です。しばしば暗黒星雲や散光星雲として観測されます。巨大分子雲は恒星や惑星が誕生する母体であるため、星や惑星およびそれらが形づくる銀河がどのように誕生してきたかを研究するうえで重要な天体です。↑