2015/04/15

重力に準ずる未知の相互作用の探索

発表者

  • 神谷 好郎(東京大学素粒子物理国際研究センター 助教)
  • 駒宮 幸男(物理学専攻 教授、東京大学素粒子物理国際研究センター センター長)
  • Guinyun Kim (Department of Physics, Kyungpook National University Professor
  • Center for High Energy Physics, Kyungoook National University Director)

発表のポイント

  • どのような成果を出したのか:中性子とキセノン原子の散乱角度分布を精密に測定することで、重力に準ずる未知の相互作用(注1)をナノメートル(注2)スケールにおいて探索し、これらの相互作用に対して世界で最も厳しい制限を付けた。
  • 何が新しいのか:高い統計量を得ることで、格段に精密な測定を可能とした。散乱角度形状を利用した独自の評価方法を用いて、世界最高となる実験感度を達成した。
  • 社会的意義/将来の展望:重力に準ずる未知の相互作用の探索は、微視的スケールにおける時空構造や重力理論の理解へむけた糸口となる可能性を秘めていると考えられており、本研究はその最先端を行く成果である。今後は、より高強度の中性子ビームを用いて高感度の実験を行ない、探索領域を更に広げることを計画している。 

発表概要

図1

図 1. 世界各国で行われた、重力に準ずる未知の相互作用の精密実験をまとめたもの。既知の相互作用から逸脱する未知の相互作用の取り得るパラメータスペースを、横軸にその到達距離、または、新しい相互作用を媒介する粒子の質量とし、縦軸に結合の強さとして表わしたもの。右上の色が付いている領域が、95%の信頼水準で、実験から未知の相互作用の可能性を排除した領域。新しいゲージボゾンを付加した理論やバリオン数に結合する場の理論により示唆される、新粒子の取り得る領域を斜線等で示した。本研究において、2008年にNesvizhevskyらによって設定された、重力に準ずる未知の相互作用に対する制限を、最大一桁改善することに成功した。

拡大画像
図2

図 2. 実験を行った中性子散乱実験用ビームラインの写真。全長は40 m。(注6)より引用

拡大画像
図3

図 3. 新粒子が作る湯川型散乱ポテンシャルによって、中性子とキセノン原子が散乱する様子の概念図。2015/10/20差し替え

拡大画像
図4

図 4. 実測された散乱分布と既知の散乱分布との差分。1%程度の誤差の範囲で残差はないと言える。新粒子による散乱は確認されず、この感度まで重力に準ずる未知の相互作用を制限した。

拡大画像
図5

図 5. 本研究により更新した制限。0.04ナノメートルから4ナノメートルの到達距離において、これまでの結果より、最大一桁ほどの改善に成功した。

拡大画像

空間の余剰次元理論(注3)に代表される素粒子の標準理論を超えた理論体系の中には、微視的スケールにおいて、重力に準ずる未知の相互作用の存在を示唆するものがあります。東京大学素粒子物理国際研究センターの神谷助教らは、中性子とキセノン原子の散乱過程を世界最高となる精度で測定し、これらの相互作用をナノメートルスケールにおいて探索しました。その結果、実験感度の範囲内で新しい相互作用は存在しないことを確認し、世界で最も厳しい制限を付けました。微視的スケールにおける重力に準ずる相互作用の検証実験は、電磁気力などのより結合の強い力が背景事象となるため難しいとされてきましたが、今回の研究で、これらの相互作用を検証する一つの方法を示したこととなります。

発表内容

(実験の背景)重力は研究対象として非常に長い歴史を持ちますが、原子や電子などにとっては微弱な力であり、そのために、微視的スケールにおける検証実験はあまり多くはありませんでした。(注4)例えば、二つの物体間に働く重力は、その距離が短くなるほど距離の二乗に反比例して強くなりますが、100ミクロン以下の距離においても成立するかは実験的に検証されていません。近年においては、空間の余剰次元理論などを元とする理論が議論され、重力に準ずる未知の相互作用の存在を示唆する幾つかのモデルが提案されてきました。これらの新しい相互作用は弱い等価原理(注5)を破る事があるなどから、そのまま重力と呼んでよいかは更なる議論を必要としますが、微視的スケールにおける時空構造や重力理論の理解へむけた糸口となる可能性を秘めていると考えられており、世界各国の研究所で実験的な検証が進められているところです。(図1)

(実験の手法)東京大学素粒子物理国際研究センターの神谷助教らは、中性子とキセノン原子の散乱角度分布を詳細に調べました。実験は、韓国原子力研究所内に設置されているHANARO研究炉の中性子散乱実験用ビームライン(注6)を用いました。(図2)元来は物性実験のために作られたビームラインで、高品質・高強度の冷中性子ビームが供給されます。

通常の散乱では、核力による散乱と、キセノン原子内の電磁場分布と中性子スピンや中性子の多重極電荷分布との散乱が支配的になります。前者は等方的な角度分布を持ち、後者はアトミックフォームファクターと呼ばれる関数で表現され、多少角度を持った方向に多く散乱されます。実験で得られた散乱角度分布が、これらのよく知られている散乱分布とどの程度一致するかを評価しました。

(評価方法)重力に準ずる未知の相互作用を、質量を持った新粒子が媒介すると仮定して評価を行いました。(図3) この方法は理論モデルに強く依存することなく評価できるため、現在標準的なものとなっています。新粒子による散乱ポテンシャルは湯川型(注7)となり、前方に偏った散乱角度分布を示します。この分布が、実験で測定された散乱分布にどれだけ混ざり込んでいるかを調べました。

 図4に、実測された散乱分布と既知の散乱分布との差分を示しました。1%程度の誤差の範囲で、散乱分布に混ざり込みが無いことが確認されました。結果を統計的に処理することで、湯川型ポテンシャルによる散乱モデルのパラメータスペース(注8)に、95%の信頼水準で制限を設けました。2008年にNesvizhevskyらによって得られた結果(注9)と比べ、0.04 ナノメートルから 4 ナノメートルのスケールにおいて、最大一桁ほどの改善に成功しました。(図5)

(今後の予定)重力に準ずる未知の相互作用に対し、ナノメートルのスケールにおいて世界で最も厳しい制限を付けることに成功しました。本研究手法による重力的相互作用研究の有効性が実証されたと言えます。今後は、より高強度の中性子ビームを用いて高感度の実験を行ない、探索領域を更に広げることを計画しています。そのために、高強度ビームラインを有する、フランスのILL研究所(注10)を中心とした実験グループと共同で実験を進める予定です。

なお、本研究はJSPS科研費 25870160 による助成を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
Physical Review Letters 114, 161101 (2015) — 4月22日掲載
論文タイトル
Constraints on New Gravitylike Forces in the Nanometer Range
著者
Y. Kamiya*, K. Itagaki, M. Tani, G. N. Kim, and S. Komamiya
DOI番号
10.1103/PhysRevLett.114.161101
アブストラクトURL
http://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.114.161101

用語解説

(注1)重力に準ずる相互作用
質量やバリオン数などを結合荷とする相互作用。
(注2)ナノメートル
0.000000001 メートル。(0が9個)
(注3)空間の余剰次元理論
我々の世界は、通常、時間1次元+空間3次元で表現されているが、微視的世界では細かく畳まれた4次元目以上の空間次元が存在するとする理論。重力相互作用の基本スケールであるプランク質量を、現在の実験で直接到達し得るエネルギースケールまで落し込んだことなどにより注目を浴びている。
(注4)参考文献
これまで行われてきた微視的スケールにおける重力の検証実験。床で弾む中性子の、量子論的振舞いの観測などが挙げられる。
V. V. Nesvizhevsky, H. G. Borner, A. K. Petukhov et al., “Quantum states of neutrons in the Earth’s gravitational field”, Nature 415, 297-299 (2002)
T. Jenke, P. Geltenbort, H Lemmel, and H. Abele, “Realization of a gravity-resonance-spectroscopy technique”, Nature Physics 7, 468-472 (2011)
G. Ichikawa, S. Komamiya, Y. Kamiya et al., “Observation of the spatial distribution of gravitationally bound quantum states of ultra cold neutrons and its derivation using the Wigner function”, Physical Review Letters 112, 071101 (2014)
(注5)弱い等価原理
物体の動きにくさを示す慣性質量と、重力との結合の強さを示す重力質量との比が等しいという原理。↑
(注6)参考文献
実験が行われた中性子散乱実験用ビームラインの詳細。
Y.-S. Han, S.-M. Choi, T.-H. Kim et al., “A new 40 m small angle neutron scattering instrument at HANARO, Korea”, Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A 721, 17 (2013)
(注7)湯川型散乱ポテンシャル
二つの物体間の距離をr、新粒子の質量をμとしたときに、1/r*exp(-mr) に比例した形で表わされる。距離 r が 1/m までであれば影響は大きいが、それより遠くなると弱くなるため短距離力となる。
(注8)モデルのパラメータスペース
モデルが表現し得る領域を示したもの。
(注9)参考文献
これまで最も厳しい制限を付けていた研究結果。
V. V. Nesvizhevsky, G. Pignol, and K. V. Protasov, “Neutron scattering and extra-short-range interactions”, Physical Review D 77, 034020 (2008)
(注10)ILL研究所
ILLとは、Institut Laue-Langevinの略称。フランスのグルノーブルある中性子科学の研究所。