2015/04/14

誕生直後の地球上に栄養豊富な地殻が存在

発表者

  • 飯塚 毅(地球惑星科学専攻 講師)

発表のポイント

  • 隕石に含まれるジルコン(注1)鉱物を用いて、太陽系形成時におけるハフニウム-176(176Hf)(注2)の存在量を決定することに成功した。
  • これにより、Hf同位体を用いて地球の初期地殻進化を精確にたどることが可能となり、誕生直後(45億年前)の地球に珪長質(注3)な地殻が存在したことを明らかにした。
  • この結果は、地球が誕生後数千万年以内にマグマオーシャン(注4)から冷却固化し、その表層にはリンやカリウムなど生命活動に必要な元素が濃集していたことを示唆する。

発表概要

図1

図 1. Agoult隕石の電子顕微鏡像。中央付近のZrnと付された白い鉱物がジルコン。ジルコンを取り囲んでいる他の鉱物は、輝石(Px)、斜長石(Pl)、トロイライト(Tro)、トリディマイト(Trd)。
Reprinted from Iizuka et al., 2015 Earth and Planetary Science Letters, with permission from Elsevier; www.sciencedirect.com/science/journal/0012821X.

拡大画像
図2

図 2. 地球マントル、珪長質地殻、隕石ジルコンのハフニウム同位体(176Hf/177Hf)進化の模式図。珪長質地殻はマントルに比べて低いLu/Hf比をもつために、ハフニウム同位体進化線の傾きが小さくなる。Bのグレーの領域は、様々な太陽系初期176Hf/177Hf同位体比が提案されていたことに起因する従来のマントルHf同位体進化の不確かさを示している。

拡大画像

珪長質な大陸地殻の存在は、水と生命の惑星・地球の主要な特徴の一つであり、大陸地殻の進化を理解することは地球惑星生命科学において主要な課題です。この地殻進化を調べるツールとして、ルテチウム−176(176Lu)から176Hfへの放射性壊変(注5)を利用したHf同位体トレーサーがありますが、この同位体トレーサーを精確に適用するためには、太陽系形成時の176Hf存在量を決定する必要がありました。

東京大学大学院理学系研究科の飯塚毅講師らの研究グループは、隕石に含まれるジルコン鉱物(図1)を用いて、太陽系の176Hf初期存在量を正確に決定することに成功しました。さらに、この太陽系の176Hf初期存在量で校正されたHf同位体トレーサーを地球試料に適用した結果、珪長質地殻が誕生直後(45億年前)の地球に存在していたことを明らかにしました。この結果は、地球が数千万年以内にマグマオーシャンから冷却固化し、さらには、生命を育む上で必要不可欠なリンやカリウムなどがその表層に濃集していたことを示すもので、初期地球の熱史や初期生命進化の解明に繋がると期待されます。

発表内容

これまでに知られている惑星の中で、地球固有の特徴の一つは、珪長質な大陸地殻が存在することです。この大陸地殻の形成には、地球における海洋の存在とプレートテクトニクスの稼働が重要な役割を果たしたと考えられます。また、大陸地殻は高濃度で様々な不適合元素(注6)を含有しており、それらの元素にはウランやトリウムなどの地球内部の重要な熱源となっている放射性元素や、リンやカリウムなどの生命活動に重要な役割を果たしている元素が含まれます。したがって、大陸地殻がいつから存在するのかという問題は、地球惑星生命科学にとって主要な研究課題です。

珪長質な大陸地殻の形成年代を調べる方法の一つとして、176Luから176Hfへの放射性壊変(半減期357億年)に基づくHf同位体トレーサーがあります。不適合元素に富む珪長質な地殻は低いLu/Hf比をもつため、その地殻内部での176Hf/177Hfの成長はマントルのそれに比べて遅くなります。したがって、古い時代に形成された珪長質地殻ほど、その中の現在の176Hf/177Hf同位体比は低くなります(図2A)。この性質を利用して、地殻物質中の現在のHf同位体組成から、その地殻がいつ形成されたのかをたどる(トレースする)ことが可能となります。しかし、Hf同位体組成から地殻の形成年代を精確に推定するためには、太陽系形成時の176Hfの存在量(もしくは176Hf /177Hf同位体比)を決定する必要があります。先行研究では、太陽系初期に形成された隕石の現在の176Lu/177Hf及び176Hf/177Hf同位体比を測定し、その比から逆算して太陽系形成時45.67億年前の176Hf/177Hf同位体比を推定していました。しかし、多くの隕石のLu-Hf同位体組成は変質の影響を受けているために、様々な太陽系初期176Hf/177Hf同位体比が提唱され、どの値が正しいのか決着がついていませんでした。その結果、地球最初の珪長質地殻の形成年代の見積もりには、45.5~43億年前までの数億年の不確かさがありました(図2B)。

そこで、東京大学理学系研究科の飯塚毅講師らの研究グループは、太陽系初期に形成された隕石中のジルコン鉱物について高精度ハフニウム同位体分析を世界で初めて行うことにより、太陽系形成時の176Hf/177Hf同位体比を決定しました。ジルコン結晶は、物理化学的に安定であり、非常に低いLu/Hf比をもつために、その結晶化時の176Hf/177Hf同位体比を保持することができます(図2)。したがって、太陽系初期に形成された隕石中のジルコン結晶中には太陽系の初期176Hf /177Hf同位体比が記録されていると推定されます。太陽系の初期176Hf /177Hf同位体比を決定する上での隕石ジルコンの有用性は、30年以上前から指摘されていましたが、ジルコンは隕石中に稀にしか存在せず、存在しても非常に小さく、これまでは高精度で分析することができませんでした。しかし近年、飯塚毅講師らの研究グループは、太陽系初期に形成されたAgoult隕石から比較的粗粒(~80 µm)なジルコンを発見し(図1)、さらに、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻に設置されている高感度プラズマイオン源質量分析計(注7)を用いてこれらのジルコン粒子のHf同位体組成を高精度で決定することに成功しました。

これにより、Hf同位体トレーサーを用いて地球地殻の形成年代を精確に推定することが可能となりました。その結果、45億年前には地球上に低いLu/Hf比をもつ(不適合元素に富む)珪長質な地殻が存在していたことが明らかになりました。地球は、その形成の最終段階においてジャイアント・インパクトを経験し、その際に、マグマオーシャンが形成されたと考えられており、本研究の結果は、マグマオーシャンからの冷却固化が数千万年以内に完了したことを示します。また、誕生直後の地球表層にリンなどの不適合元素が濃集していたことは、初期生命進化を議論する上でも重要です。なぜなら、リンは地球上の全生物にとって必須な元素であり、生命前駆物質の合成に重要な役割を果たしたと考えられるためです。今後は、この45億年前の珪長質地殻の形成過程をより詳細に解明することにより、当時の固体地球の構造、海洋の有無、さらには、初期生命進化について新たな知見が得られるものと期待されます。

なお、本研究は、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻とオーストラリア国立大学地球科学研究所の共同研究であり、日本学術振興会の科学研究費補助金23840013及び26220713とAustralian Research Council Discovery Grant DP109514の助成を受けて実施されました。

発表雑誌

雑誌名
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル
Meteorite zircon constraints on the bulk Lu–Hf isotope composition and early differentiation of the Earth
著者
Tsuyoshi Iizuka*, Takao Yamaguchi, Yuki Hibiya, Yuri Amelin(*責任著者)
DOI番号
10.1073/pnas.1501658112
アブストラクトURL
http://www.pnas.org/content/early/2015/04/08/1501658112.abstract

用語解説

(注1)ジルコン
ジルコンは、ZrSiO4の化学組成をもつ正方晶系の鉱物。酸性〜中性の火成岩に副成分鉱物として産する。物理化学的に安定で変質しにくく、結晶化時にウランを多く含むのに対して、鉛を殆ど含まないため、ウラン—鉛同位体により結晶化年代を高精度で決定できる。また、ルテチウム(Lu)に比べてハフニウム(Hf)を非常に高い濃度で含むため、結晶化時の176Hf/177Hf同位体比を保持しうる。
(注2)ハフニウム-176(176Hf)
ハフニウムは、原子番号72をもつ遷移金属元素の一つで、質量数174,176,177,178,179,180の6つの安定同位体がある。176Hfの存在量は、ルテチウム同位体176Luの放射性壊変(半減期357億年)(注5)により、増加している。
(注3)珪長質
珪長質とは、石英や長石などの無色鉱物に富むこと。花崗岩(御影石)などが珪長質岩に含まれる。
(注4)マグマオーシャン
マグマオーシャンとは、惑星表層の珪酸塩部分が融けた状態になり、マグマの海が形成された状態。地球では、その形成の最終段階でジャイアント・インパクトを経験した際に、マグマオーシャンが形成されたと考えられている。
(注5)放射性壊変
放射性壊変とは、ある不安定な原子核が放射線を放出し別の原子核へと壊変していくこと。壊変様式として、ヘリウム原子核を放出するアルファ壊変、電子を放出するベータ壊変などがある。放射性壊変の確率はそれぞれの核種で一定であるため、年代測定に利用される。
(注6)不適合元素
不適合元素とは、造岩鉱物に取り込まれにくい元素のことで、岩石(固相)とメルト(液相)が共存した場合に液相側に濃集することから、液相濃集元素とも呼ばれる。地殻は、マントルの部分融解により生成されたメルトが上昇し冷却固化することにより形成されるので、一般的に地殻にはマントルよりも高濃度で不適合元素が含まれる。
(注7)プラズマイオン源質量分析計
プラズマイオン源質量分析計とは、アルゴンなどの誘導結合プラズマで測定目的元素をイオン化し、異なる質量のイオンを分離・検出する装置のこと。高温(6000–10000 K)のプラズマでイオン化するため、大きいイオン化エネルギーをもつハフニウムなどを、高感度で分析することが可能である。