2015/04/04

イネの分蘖(ぶんげつ)形成を促進する遺伝子を発見

発表者

  • 平野 博之(生物科学専攻 教授)
  • 田中 若奈(東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 日本学術振興会特別研究員)

発表のポイント

  • 単子葉類のモデル植物イネにおいて、腋芽(注1)の形成の初期過程を制御する重要な遺伝子TAB1の機能を明らかにしました。
  • 腋芽形成の過程で、TAB1遺伝子とWOX4遺伝子の発現が入れ替わりながら、メリステム(注2)の幹細胞の維持を制御していることを明らかにしました。
  • イネの腋芽形成は分蘖(ぶんげつ)(注3)と呼ばれ、個体増殖に相当しますので、本研究の成果はイネなど主要作物の増産に関わる応用研究へと結びつくことが期待されます。

発表概要

図1

図. 野生型のイネでは、TAB1遺伝子の作用により腋芽が形成される。成長にともない腋芽が伸長して新たな分蘖が生じ、多くの穂が形成される。一方、TAB1変異体では、腋芽が形成されないため、分蘖が生じず、穂も1本しか形成されない。

拡大画像

植物は、腋芽が伸張することにより、シュート(葉と茎からなる植物の構造)(注4)を形成します。イネなどの単子葉植物では、腋芽をつくる仕組みは良くわかっていませんでした。今回、東京大学大学院理学系研究科の平野博之教授と同新領域創成科学研究科の田中若奈日本学術振興会特別研究員らのグループは、イネの腋芽形成の初期過程で働くTAB1という重要な遺伝子を発見するとともに、この初期過程の仕組みの一端を明らかにしました。腋芽形成過程の後期になると、 TAB1遺伝子は,WOX4遺伝子というTAB1に良く似た遺伝子へとバトンタッチされ、この2つの遺伝子の連続的な作用により腋芽の形成が制御されていることも明らかになりました。このように類似した遺伝子が入れ替わって、腋芽形成を制御していることは、これまで知られておらず、本研究により、腋芽形成のあたらしい仕組みが発見されたことになります。イネの腋芽形成は、分蘖と呼ばれており、イネにおける分蘖形成は新たな個体の増殖にも相当します。したがって、本研究成果は、分蘖形成のコントロールによる作物の増産にも発展することが期待されます。

発表内容

植物にはメリステムという未分化細胞からなるドーム状の構造があり、植物の発生・形態形成はこのメリステムの機能に依存しています。葉や花などの器官は、メリステムの一部の細胞が分化することによって、発生・成長します。茎頂メリステムは胚発生時に作られ、種子から発芽した芽生え(一次シュート)は、この茎頂メリステムだけを持っています。植物の成長にしたがって、茎と葉の間に二次的なメリステム、すなわち、腋芽メリステムが形成されます。腋芽メリステムは、数枚の葉の原基(注5)を生じた後、休眠状態に入ります。腋芽は、この腋芽メリステムと葉の原基から成り立っています。成長段階が進むと、腋芽の休眠が解除され、葉や茎が分化・成長して(腋芽の伸長)、二次シュートが形成されます(図)。

平野教授と田中特別研究員らのグループは、TAB1という遺伝子の機能が損なわれたTAB1変異体では、腋芽が形成されないこと、腋芽形成の極初期から腋芽メリステムの発生が損なわれていることがその原因であることを発見しました(図)。腋芽メリステムが形成される過程では、未分化細胞の維持に必要なOSH1という遺伝子が発現を始め、完成した腋芽メリステムまで発現が持続します。TAB1変異体では、このOSH1遺伝子の発現が極初期から非常に弱くなっているため、腋芽形成時に未分化細胞を維持できなくなると考えられます。野生型では、TAB1遺伝子は、腋芽形成の極初期から発現を始め、その発現は中期まで持続します。このTAB1の発現により、腋芽形成時の未分化状態が維持されていると考えられます。しかし、腋芽メリステムが完成する頃になると、TAB1の発現は消失し、それと入れ替わるようにWOX4遺伝子が発現し始めます。TAB1WOX4は、WOX遺伝子ファミリーに属するよく似た遺伝子で、2013年には平野教授の研究グループにより、WOX4がイネの茎頂メリステムの未分化細胞の維持に働いていることが明らかにされています。しがって、イネの腋芽形成時には、よく似たTAB1WOX4という遺伝子の発現が、入れ替わりつつ連続的に未分化細胞を維持していると考えられます。

イネでは、腋芽から形成されたシュートを分蘖と言います。分蘖の基部には、根が形成されるため、分蘖形成は、個体の増殖ともとらえることができます。通常、一つの種子から発芽した芽生えからは、10本以上の分蘖が形成され、ほぼ分蘖の数に相当する穂が形成されます。したがって、多くの分蘖の形成は、米の増産にもつながります。本研究の成果は、イネなど主要作物の増産に関わる応用研究へと結びつくことが期待されます。

(本研究は、文部科学省科学研究費補助金(基盤研究(A)および新学術領域研究「植物発生ロジック」)の研究助成を受けて行われました。)

発表雑誌

雑誌名
プラント・セル (Plant Cell)
論文タイトル
Axillary meristem formation in rice requires the WUSCHEL ortholog TILLERS ABSENT1.
著者
Wakana Tanaka, Yoshihiro Ohmori, Tomokazu Ushijima, Hiroaki Matsusaka, Tomonao Matsushita, Toshihiro Kumamaru, Shigeyuki Kawano, and Hiro-Yuki Hirano
DOI番号
要約URL

用語解説

(注1)腋芽
茎と葉との間に形成されるシュートの芽。腋芽メリステムと数枚の葉の原基(注5)からなる。
(注2)メリステム
未分化細胞からなるドーム状の構造で、茎や枝の先端に存在する。メリステムの一部の細胞から、葉や花器官などの器官が分化・発生する。
(注3)分蘖(ぶんげつ)
イネやコムギなどの作物において、腋芽が伸長して形成されたシュートのこと。シロイヌナズナなどでは、腋芽が伸張すると枝に相当する二次シュートになる。イネでは、分蘖したシュートの基部から発根するため、分蘖形成は、受精を伴わない個体形成ということができる(栄養体生殖)。
(注4)シュート
茎と葉から構成される植物の構造単位。
(注5)原基
個体の発生段階で、その形態や機能が器官としてまだ分化していない状態の細胞群。