光電変換機能を示す二次元物質「ボトムアップ型」ジピリン亜鉛錯体ナノシート
発表者
- 西原 寛(化学専攻 教授)
- 坂本 良太(化学専攻 助教)
発表のポイント
- 光電変換(注1)機能を示す「ボトムアップ型」と呼ばれる新しいタイプのナノシート(注2)を創成した。
- 従来の「ボトムアップ型」ナノシートに関する研究において顧みられていなかった機能性を追求した。
- 新しいタイプの機能性ナノシート創製につながることが期待される。
発表概要
近年、「ナノシート」が注目を集めており、新規ナノ材料としての大きな期待が寄せられています。2010年のノーベル物理学賞の対象となったグラフェン法(注3)を含め、現在主流のナノシートは結晶性層状化合物から層を剥離する方法で作製する「トップダウン型」ナノシートです。一方で、分子・イオンから二次元構造を直接紡ぎ上げることで合成する「ボトムアップ型」ナノシートに関しては、「トップダウン型」に比べ、構造・組成・バリエーションの高い自由度という利点があるものの、これまで構造構築手法の開発に主眼が置かれ、機能創出は達成されていませんでした。
東京大学大学院理学系研究科化学専攻の西原寛教授・坂本良太助教らの研究グループは、有機分子(ジピリン)と亜鉛イオンからボトムアップ的に組み上げられるジピリン亜鉛錯体ナノシートを創製し、その光電変換材料としての応用可能性を実証しました。
本研究成果の直接的な発展による実用的な光電変換系の構築に加え、本研究成果が鏑矢となることで「ボトムアップ型」ナノシートの研究領域が活性化し、イノベーション創成に繋がることが期待されます。
発表内容
近年、究極的な厚さが単原子層に達する二次元物質「ナノシート」が新規ナノ材料として注目を集めています。最も著名な例は2010年のノーベル物理学賞の対象となったグラフェン(注3)です。高キャリア移動度、高熱伝導性、スピン輸送能など、グラフェンは特異・有用な物性を示すことから、エレクトロニクス・スピントロニクス・フォトニクスにブレイクスルーをもたらす新規ナノ材料として精力的に研究されています。このような状況のもと、二次元物質に関するプロジェクトが国内外で立ち上がっています。
グラフェンを含め、現在主流のナノシートは結晶性層状化合物から層を剥離する方法で作製する「トップダウン型」です。一方で化学者の間では、構成要素(有機分子および金属原子・イオン)からナノシートを紡ぎ上げる「ボトムアップ型」ナノシートの合成手法を確立してきました。「ボトムアップ型」は、「トップダウン型」に比べて構造・組成・バリエーションの高い自由度という利点があるものの、これまで構造構築手法の開発に主眼が置かれ、そのナノ材料としての有用性はこれまでのところ未知数でした。
このような背景のもと、研究グループは金属錯体(注4)を基本単位とした、「ボトムアップ型」金属錯体ナノシートの機能性ナノ材料としての利用価値を実証することを当面の目標に設定し、研究を推進してきました。実際に、研究グループは、2013年に報告した「ジチオレン金属錯体ナノシート」が高導電性を、また2015年に発表した「テルピリジン金属錯体ナノシート」はエレクトロクロミズム(注5)をそれぞれ示すことをこれまでに明らかとしています。
今回、研究グループは、2種類の「界面合成法」を用いて「ジピリン亜鉛錯体ナノシート」(図1a)を作製し、その光電変換材料としての応用可能性を 実証しました。ひとつは、「液液界面合成法」という手法を用います。まず、水と油(有機溶媒)それぞれに酢酸亜鉛、ジピリン配位子(注6)を溶解させ、両者を重ねると油と水の分離が起こり二層となります。これを数日放置すると二層が接している面(界面)にてナノシートが成長します(図1b)。ジピリン配位子の濃度を調整することで自在に厚みが制御できます(6−800ナノメートル〔1ナノメートルは10-9メートル〕、5−670 層に相当)。なお、髪の毛の直径は100 マイクロメートル(1マイクロメートルは10-6メー トル)程度で、いかにこの厚みが薄いかがわかります。一方で、究極的に薄い単原子層ナノシートを得るためには、「気液界面合成法」を用います。この手法で は酢酸亜鉛の水溶液の表面にジピリン配位子の有機溶液をごく微小量散布します。有機溶媒はただちに揮散し、今度は気液界面にて反応が進行し、単原子層ナノ シートが生成されます(厚さ1.2ナノメートル、図1c)。界面合成法は室温・大気下で行うことができるため、簡便で低コストかつ環境にやさしい手法です。
これらのナノシートは透明電極に貼り付けることができ、この修飾電極が光電変換特性を示すことを見出しました(図1d)。具体的には、色素増感太陽電池(注7)の陽極と同等の機能を発現することを実証しました。
近年、新規材料としての「ナノシート」開発が文科省の平成26年度戦略目標に設定されるなど、ナノシートの重要性・注目度は飛躍的に増大しています。グラ フェンに代表される「トップダウン型」ナノシートは次世代のエレクトロニクスを担う電子材料として世界各国の電機メーカーも研究に参入しており、基礎研究 レベルを超えた熾烈な開発競争が繰り広げられています。魅力的な物性を有し、ナノ材料として機能する「ボトムアップ型」ナノシートを提案できれば、学術界 のみならず産業界からも注目を集めることが期待されます。なお、今回の研究成果については既に特許出願(出願番号:特願2014-84073)を行っています。
本研究の一部は、以下の科学研究費補助金による経済的援助により行われました。
研究課題番号 24750054, 25107510, 26708005, 26107510, 26620039, 21108002, 26220801,26248017, 26110505, 26410093
新学術領域研究「配位プログラム」(領域番号2107)、「人工光合成」(領域番号2406)、「原子層科学」(領域番号2506)、「分子アーキテクトニクス」(領域番号2509)
発表雑誌
- 雑誌名
- Nature Communications(オンライン版4月2日掲載)
- 論文タイトル
- A photofunctional bottom-up bis(dipyrrinato)zinc(II) complex nanosheet.
- 著者
- Ryota Sakamoto, Ken Hoshiko, Qian Liu, Toshiki Yagi, Tatsuhiro Nagayama, Shinpei Kusaka, Mizuho Tsuchiya, Yasutaka Kitagawa, Wai-Yeung Wong and Hiroshi Nishihara
- DOI番号
- 10.1038/ncomms7713
- 要約URL
- 6713
用語解説
- (注1)光電変換
- 光エネルギーを電気エネルギーに変換する現象。例えば、太陽電池の発電現象。↑
- (注2)ナノシート
- 原子一個~数個分の厚みを有する二次元物質。↑
- (注3)グラフェン
- 炭素のみによって構成された二次元物質。グラファイト(黒鉛)はグラフェンが積層したものに相当する。高いキャリア移動度など特異・有用な物性を有することから、様々な応用展開が期待されている。↑
- (注4)金属錯体
- 有機物を中心とする配位子と金属原子・イオンからなるハイブリッド分子。↑
- (注5)エレクトロクロミズム
- 電圧を加えることとそれに伴う電子の授受によって色が変化する現象。ボーイング787の電子シェードはこの原理を利用したものである。↑
- (注6)ジピリン配位子
- 2-(2H-ピロール-2-イリデンメチル)-1H-ピロールを基本骨格とする有機物質。2つの窒素原子が1つの金属イオンに対して包み込む様に結合(キレート)するため、安定な金属錯体を形成する。↑
- (注7)色素増感太陽電池
- 導電性透明電極、酸化物半導体、増感色素から構成される負極を有する太陽電池。色素が可視光などを吸収することで発電プロセスが開始される。↑