2015/03/30

大気中の酸素は全球凍結イベントによってもたらされた!?

発表者

  • 原田 真理子(地球惑星科学専攻・博士課程2年)
  • 関根 康人(地球惑星科学専攻・准教授)
  • 田近 英一(東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻・教授)

発表のポイント

  • 大気中の酸素濃度が約22億年前に急上昇したのは、全球凍結イベント(注1)の必然的な帰結であったこと、その際に酸素の“オーバーシュート” (注2)が生じたことを、理論モデルを用いて明らかにした。
  • 酸素濃度の急激な上昇イベントの原因やその必然性及び具体的なメカニズムを初めて明らかにした。
  • 私たちが呼吸している酸素が全球凍結イベントによってもたらされたとするまったく新しい地球史観を提唱する。今後は,酸素濃度上昇と生物進化の関係が注目される。

発表概要

図1

図 1. 大気中酸素レベルの変遷と全球凍結イベントの関係(左)と生物の純一次生産に対する酸素レベルの変化(右)。今回、理論モデルを用いて得られた結果を赤線で示す。(左):約24億5000万年前以前の大気中酸素レベルは現在の十万分の一(10-5)以下だったと考えられている。大気中酸素レベルは、約22億年前に終わった全球凍結イベント(水色の▲印)の直後に急上昇したと考えられている。今回の理論モデルでは、大気中酸素濃度は1万年程度の時間スケールで急激に上昇し、約100万年後には現在とほぼ同じレベルにまで達した後、約1億年かけて現在の百分の一(10-2)レベルにまで低下するという“オーバーシュート”が生じることが示された。これは地質学的証拠からの示唆を理論的に裏付けるものである。(右)純一次生産(生物の光合成によって単位時間当たりに無機物から有機物が作られる量)に対して大気中の酸素レベルがどのような値を取るかは決まっており,黒い線で表される(実際に取り得る状態は,実線で表されている)。同じ図に今回の計算結果(赤い実線)もプロットされている。純一次生産の擾乱(変動)が青い矢印で表される程度では酸素レベルは大きくは変化せず、再びもとの安定なレベルに戻る(可逆的な変化)。これは25億年前以前にあったとされる酸素濃度の微妙な変化に対応する。しかし、赤い右矢印で示されるような大きな擾乱(変動)が生じた場合には、大気中の酸素は高いレベルに変化して、もとには戻らない(不可逆的な変化)。このような大きな擾乱は、全球凍結イベントによってのみ引き起こされる。ただし、酸素濃度が増加した直後においては、酸素の収支が厳密にはバランスしておらず、地球内部から供給される還元的な物質の酸化によって酸素は徐々に消費され、約1億年かけて最終的に現在の10-2程度の安定なレベルになる。これが酸素のオーバーシュートのメカニズムだと考えられる。

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図1

図 2. 南アフリカ共和国トランスバール累層群にみられる地質層序と理論モデルによる計算結果の比較。トランスバール累層群では、マクガニンダイアミクタイト層と呼ばれる氷河性堆積物が赤道域で形成されたことが分かっており、全球凍結イベントの記録であると考えられている。その上部にはオンゲルク層と呼ばれる溶岩層がはさまっているが、その最上部の氷河性堆積物直上にはホタゼル層と呼ばれるマンガン酸化物の鉱床が形成されている。これは地球史上初めて酸素分子によって海水中に溶存していたマンガンイオンが酸化沈殿したことを示すもので、環境中の酸素濃度が上昇した証拠だと考えられている。トランスバーグ累層群では、この上部に炭酸塩岩(ムーイドライ層)が堆積している。これは、いわゆる全球凍結イベント直後の“キャップカーボネート”層(全球凍結イベントでは氷河性堆積物を覆うように炭酸塩岩が厚く堆積しており,キャップカーボネートと呼ばれている。それは全球凍結期間中に大気中に蓄積した膨大な量の二酸化炭素が炭酸塩鉱物として急速に沈殿したものだと解釈されている)に相当するものである。その上部のマペディ層には赤色砂岩(酸素が含まれる大気条件下で土壌が化学風化作用を受けたもの)が形成されており、さらにその上部のルクナウ層では硫酸塩(海水中の硫酸イオンが沈殿したものだが,硫酸イオンの存在は酸素が含まれる大気条件下で大陸表面が化学風化作用を受けたことに由来する)が沈殿している。今回のモデルでは、このような堆積物の形成順序を再現でき、それらが堆積した時間スケールやメカニズムについても推定できた。

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大気中の酸素濃度は約22億年前に急上昇したとされている。一方、南アフリカ共和国には、同時期に全球凍結イベントが生じ、その直後に酸素濃度が増えたことを示唆する地質学的証拠が見つかっている。しかし、両者の因果関係を含め、これまで酸素濃度が急上昇した原因はよく分かっていなかった。東京大学大学院理学系研究科の原田真理子(博士課程2年)、同新領域創成科学研究科の田近英一教授、同理学系研究科の関根康人准教授は、全球凍結イベントからの脱出直後に必然的に大気中の酸素濃度が急上昇することを、理論モデルを用いて初めて明らかにした。さらに、酸素濃度はいったん現在のレベル近くまで達した後、現在の百分の一に低下したとする、酸素の“オーバーシュート”が生じたことも同モデルにより示した。酸素濃度はこのあと約6億年前にも再び急上昇して現在のレベルになるが、その際にも全球凍結イベントが関係していた可能性が強く示唆される。私たちが呼吸している酸素が全球凍結イベントによってもたらされたとする新しい地球史観の提唱には大きな意義がある。今後は、このときの酸素濃度上昇と生物進化との関係が注目される。

発表内容

地球大気の主成分である酸素は、もともと大気中には存在しなかったが、いまから約24.5~20億年前の原生代(注3)初期に急激に上昇して、現在の百分の一レベルになったと考えられている(図1左)。この事象は大酸化イベント(注4)と呼ばれている。最近では、酸素濃度は大酸化イベントの際にいったん現在とほぼ同じレベルにまで急激に上昇した後、約1億年かけて現在の百分の一レベルにまで低下したと考えられるようになってきた。これは酸素の“オーバーシュート”と呼ばれている。しかしながら、これまで酸素濃度はどのような理由でなぜこの時期に急激に上昇したのかなど、大酸化イベントの原因やメカニズムはよく分かっていない。また、酸素のオーバーシュートがなぜ生じたのか、それが約1億年という長期間にわたったのはなぜかについてはまったく分かっていなかった。さらに、南アフリカ共和国に露出するトランスバール累層群とよばれる地層からは、当時全球凍結イベントが生じたこと、その直後に酸素濃度が上昇したことを示唆する証拠が見つかっていた。しかしながら、両者の因果関係はこれまでよく分かっていなかった。

今回、東京大学大学院理学系研究科の原田真理子(博士課程2年)、同新領域創成科学研究科の田近英一教授、同理学系研究科の関根康人准教授は、全球凍結イベントからの脱出直後には、大気中に大量の二酸化炭素が蓄積していることに注目し、理論モデル(気候=大気化学=海洋生物化学環結合モデル)を用いて、全球凍結直後の地球環境変動の結果として必然的に大気中の酸素濃度が急激に上昇することを明らかにした。

全球凍結状態から脱出するためには、火山活動によって大気中に二酸化炭素が大量(~0.7気圧相当)に蓄積する必要がある。その強力な温室効果によって氷が融解すると、今度は地球全体がきわめて高温環境(~50℃)になるため、地表面は激しい化学風化作用(注5)を受け、海洋にはリン(注6)などの栄養塩(注7)が大量に供給されることになる。その結果、海洋では異常なほどの富栄養化が生じ、海洋表層において光合成を行うシアノバクテリアの爆発的な大繁殖が引き起こされ、大量の酸素が生産されて一気に放出される。これによって、それまで現在の十万分の一以下の安定レベルにあった酸素濃度は、1万年程度という短い時間スケールで急激に上昇し、約100万年後には現在とほぼ同じレベルに達することが示された(図1右)。この過剰な酸素は、火山活動によってもたらされる還元物質(注8)によって徐々に消費され、約1億年かけて新たな安定レベル(現在の約百分の一レベル)に到達する。これが酸素オーバーシュートのメカニズムであると推定される。また、全球凍結イベント直後の海水中からは、まずマンガンや鉄の酸化物が沈殿し、その後に炭酸塩鉱物、さらに硫酸塩鉱物が沈殿する、というトランスバーグ累層群にみられる堆積層序(地層を構成する堆積物の順番)を理論モデルによって再現することができた(図2)。

すなわち、約22億年前に生じた酸素濃度の急激な上昇イベントは、同時期に生じた全球凍結イベント直後に必然的に生じたこと、その際に酸素濃度はオーバーシュートし、約1億年かけて新たな定常レベルに遷移したことが、今回初めて明らかになった。私たちが呼吸している酸素が全球凍結イベントによって必然的にもたらされたという新しい地球史観の提唱という点において、今回の研究成果には大きな意義がある。

全球凍結イベントにともなう酸素濃度の急激かつ大規模な上昇によって、地球環境は嫌気環境から好気環境(注9)へと不可逆的に遷移した。本研究では、この遷移に要する時間がわずか1万年程度という極めて短時間であることを初めて示した。この時間は生物が遺伝的変異(注10)によって環境変化に順応していくのに要する時間スケールよりも短い。そのため、嫌気環境に適応していた当時の生物にとって、好気環境への変化は破局的な環境変化となり、酸素呼吸を行う好気的な生物の大躍進がおきたのかもしれない。実際、このような酸素濃度の上昇は、原生代初期の真核生物(注11)の出現と密接な関係にあったのではないかということも示唆されている。同じ現象が約6億3500万年前の原生代後期における全球凍結イベント直後にも生じた可能性があり、それによる酸素濃度の上昇が多細胞動物の出現につながった可能性もある。今後は、原生代後期における全球凍結と酸素濃度上昇の関係を明らかにするとともに、酸素濃度上昇と生物進化の関係に注目し、酸化還元環境の遷移の生物進化への影響を明らかにしていきたい。

発表雑誌

雑誌名
Earth and Planetary Science Letters
論文タイトル
Transition to an oxygen-rich atmosphere with an extensive overshoot triggered by the Paleoproterozoic snowball Earth
著者
Mariko Harada*, Eiichi Tajika, and Yasuhito Sekine
DOI番号
10.1016/j.epsl.2015.03.005
要約URL
http://dx.doi.org/10.1016/j.epsl.2015.03.005

用語解説

(注1)全球凍結イベント
地球表面全体が氷で覆われた超寒冷化現象のこと。約23億~22億2200万年前(マクガニン氷河時代)、約7億3000万~7億年前(スターチアン氷河時代)、約6億6500万~6億3500万年前(マリノアン氷河時代)の少なくとも3回生じたことが分かっている。スノーボールアース・イベントとも呼ばれる。
(注2)酸素のオーバーシュート
大気中の酸素濃度が、約22億~21億年前にほぼ現在のレベルにまで到達し、その後低下して現在の百分の一(~千分の一)レベルの新たな安定状態に達したらしいこと。最近の地質学的研究によって、このような描像が示唆されるようになった
(注3)原生代
いまから25億~5億4100万年前の地質時代区分のこと。
(注4)大酸化イベント
いまから約24億5000万~約20億年前に生じたとされる大気中酸素濃度の急激な上昇イベントのこと。大気中の酸素レベルは、それまで現在の十万分の一以下だったのが、このイベントを通じて現在の百分の一にまで上昇したと考えられている。
(注5)化学風化作用
主として、雨水や地下水に溶けた二酸化炭素(炭酸)により酸性を呈した水が、地表の岩石を構成する鉱物を溶かす化学反応のこと。温度依存性(温度が高いほど反応速度が速くなる性質)を持つ。化学風化によって溶け出たカルシウムなどの陽イオンは、河川を通じて海洋に流入し、炭酸水素イオン(HCO3-)と反応して炭酸カルシウム(CaCO3)などとして沈殿することにより、二酸化炭素を消費する役割を担っている。
(注6)リン
生物の必須元素(~栄養塩)のひとつ。生体内では、遺伝情報を担うDNAやRNAのポリリン酸エステル鎖、生体エネルギーを担うATP(アデノシン三リン酸)、細胞膜を構成するリン脂質など、生体の基本的な構成物質の生合成に必要不可欠な元素。
(注7)栄養塩
生命維持に不可欠な元素。代表的なものにリンや窒素がある。たとえば,現在の海洋の大部分においては、表層に供給されるリンのフラックス(単位時間当たりの供給量)が海洋の植物プランクトンの光合成活動(純一次生産)を制限している。
(注8)還元物質
火山活動や海底熱水活動によって地球内部から水素、メタン、一酸化炭素、二価鉄、などの還元形態の物質が供給される。これらは最終的には酸素によって酸化されるものと考えられる(水素の大部分は最終的には宇宙空間に散逸する)。
(注9)嫌気環境と好気環境
酸素を含まない環境を嫌気環境、酸素を含む環境を好気環境という。また、嫌気環境に適応して酸素を必要としない生物のことを嫌気性生物、好気環境に適応して酸素呼吸を行う生物のことを好気性生物という。私たちヒトや動物、それらを含む真核生物の多くは、好気性生物である。
(注10)遺伝的変異
生物のDNAの塩基配列が、ある確率で変異を起こすこと。これによって生物の構造や代謝などの特徴にも変化が生じうるため、長期的に周囲の環境変化に適応していくことも可能になる。
(注11)真核生物
生物は、真正細菌、古細菌、真核生物の3つのドメインに分類される。このうち真核生物は、細胞内に細胞核を持ち、ミトコンドリアや葉緑体などの細胞小器官を持つもので、動物、植物、菌類、原生生物などが含まれる。約20億年前に古細菌に真正細菌が共生することによって誕生したと考えられている。たとえば,ミトコンドリアは酸素呼吸を行う好気性生物(現在のαプロテオバクテリアの近縁種と考えられている)が細胞内共生したものではないかとされている。