2015/2/27 (配信日2/20)

恋敵からメスを守るオスメダカ

—三角関係を制するために必要なホルモンの発見—

発表者

  • 横井 佐織(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 博士課程 3年)
  • 竹内 秀明(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 助教)

発表のポイント

  • メダカの三角関係(オス、オス、メス)において、オスはメスのそばにいながらライバルを牽制する行動(配偶者防衛行動)を示すことを発見した。
  • メダカの三角関係においてライバルオスに勝つために必要なホルモンを同定した。
  • このホルモンはヒトにも存在することから、メダカの基礎研究からヒトの嫉妬心の分子神経機構の進化的ルーツを明らかにできる可能性が拓けた。

発表概要

図1

図 : メダカの配偶者防衛行動
メダカの三角関係(オス、オス、メス)において、オスはメスとライバルオスとの間に割り込む行動を示し、メスのそばにいながらライバルを牽制する行動(配偶者防衛行動)を示す

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東京大学大学院理学系研究科の横井佐織大学院生、奥山輝大博士(現マサチューセッツ工科大学)、竹内秀明助教ら、基礎生物学研究所などからなる研究グループは、メダカの三角関係 (オス、オス、メス)において、オスがメスとライバルオスとの間に割り込む行動を示し、メスのそばにいながらライバルを牽制する行動(配偶者防衛行動)を示すことを発見した。さらに遺伝子工学を利用することで、このライバル牽制行動において恋敵に勝つために必要なホルモン「バソトシン(注1)」を同定し、このホルモンを合成できないメダカのオスは、正常なオスに負けてしまう傾向を見出した。また、このバソトシンホルモンを合成できないオスの、他オスへの攻撃行動とメスへの求愛行動を調べたところ、他のオスに対する攻撃性には異常がなかった一方で、メスに対する性的モチベーションが低下していた。よって同性に対する対抗心の異常ではなく、異性に対する性的モチベーションが低下していることが、このオスがライバルに勝てない原因となっている可能性がある。

メダカのバソトシンと同様の機能をもつホルモンは、ヒトを含む哺乳類ではバソプレッシンと呼ばれて存在している。将来的にメダカとヒトとで共通した仕組みが見つかれば、恋の三角関係において生じる独占欲や嫉妬心などのヒトの感情の仕組みが、メダカの基礎研究からわかるかもしれない。

発表内容

1. 三角関係においてメダカのオスは配偶者防衛を示す

多くの動物のオスは自らの子孫を残すために、メスに対する求愛行動やライバルのオスに対する攻撃行動など、さまざまな配偶戦略を持っている。これまで求愛行動や攻撃行動などの異性関係および同性関係の二者関係に着目した研究は数多く行われており、脳の分子機構が解明されつつある。しかしながら、自然界の動物集団内には異性と同性が共存しており、異性と交配するためには、性的パートナーとライバルの両方に同時に注意を向ける必要がある。このことに着目した行動の代表例として配偶者防衛行動が知られている。「配偶者防衛」は「オスがメスに追従し、他のオスとの交配を阻止する行動」と定義され、昆虫から霊長類までさまざまな動物種で観察が報告されている。しかしながら、研究室内で実験動物を用いて配偶者防衛を再現する行動実験手法が存在しなかったため、その分子機構についてほとんど研究がされていなかった。東京大学大学院理学系研究科の横井佐織大学院生、奥山輝大博士(現マサチューセッツ工科大学)、竹内秀明助教らと基礎生物学研究所成瀬清准教授、亀井保博特任准教授らの研究グループは、メダカの三角関係(オス、オス、メス)において、「オスがライバルオスよりもメスから近い位置を維持するように、ライバルオスとメスとの間に割り込む」という形で配偶者防衛を示すことを見出し、割り込み状態にある頻度(以下「割り込み頻度」)を算出することで、当該行動の強さを測定する行動実験手法を確立した。また配偶者防衛において優位なオス(割り込み頻度が高いオス)は劣位なオスと比較して子孫を残しやすいことを見出した。よってメダカの配偶者防衛(割り込み行動)はオスの交配成功率を上げる意義があることを示した。

2. バソトシンホルモン(注1)は配偶者防衛で優位オスとなるのに必要である

次に、メダカの配偶者防衛に関与する分子を探索する目的で、薬物投与実験を行ったところ、バソトシン受容体阻害剤を投与したオスの割り込み頻度が低下した。次にバソトシンやその受容体を合成できないメダカ変異体を作成した結果、三角関係(変異体オス、正常オス、メス)において、変異体オスの割り込み頻度は正常オスより低く、劣位となる傾向が得られた。よってバソトシンホルモンは配偶者防衛において優位になるために必要であることが遺伝学的に示された。また、バソトシン変異体オスが正常オスに勝つことができない原因が、異性に対する性的モチベーションを失ったためか、またはライバルオスに対する対抗心を失ったためかを検証した。その結果、バソトシン変異体オスは正常オスと同程度に、他のオスに対する攻撃行動を示した一方で、異性に対する求愛頻度は正常オスよりも低く、異性に対する性的モチベーションが低いことが明らかになった。このため、バソトシンは異性に対する性的モチベーションを有するのに必要であり、このモチベーションを失ったことが、バソトシン変異体オスが配偶者防衛でライバルオスに勝てなかった原因になっていると示唆される。

3. 研究の波及効果、今後の課題

本研究により、メダカを用いることで、動物の三角関係における配偶者防衛の分子機構の一部が初めて明らかになった。哺乳類においてバソトシンと同等の機能を持つホルモンとしてバソプレッシン(注1)が同定されている。一夫一妻制を営むハタネズミの研究から、哺乳類バソプレッシンはペアーの絆を強める働きを持つことがわかっているが(注2)、三角関係における役割は分かっていなかった。実験室での観察の容易なメダカを用いて行動実験系を確立したことによって、これから分子神経機構の解明が飛躍的に進展することが期待される。今後、バソトシンが機能するメダカの神経回路を解明し、メダカと哺乳類の間の共通点を探索することで、嫉妬心や執着心など恋の三角関係において誘起される感情の神経基盤がメダカの基礎研究からわかるかもしれない。

本研究は東京大学大学院理学系研究科の横井佐織大学院生、奥山輝大博士(現マサチューセッツ工科大学)、竹内秀明助教らが、基礎生物学研究所成瀬清准教授、亀井保博特任准教授らと共同で実施しました。本研究は基礎生物学研究所重点共同利用研究課題(10-104)、個別共同利用研究(13-327, 13-608)、日本学術振興会科学研究費補助金(23300115、26290003)、文部科学省科学研究費補助金(26115508)、日本学術振興会特別研究員制度、細胞科学研究財団育成助成制度、包括型脳科学研究推進支援ネットワークによる助成により進められました。またナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)メダカからさまざまなバイオリソースの提供を受けました。

動画データ (QuickTime形式)

メダカの配偶者防衛行動 (0:00~0:10 横から撮影 0:11~0:29 下から撮影)
強いオスが、メスと弱いオスとの間の位置を維持する傾向にある。

撮影 : 前半部 (株) ドキュメンタリーチャンネル・藤原英史 / 後半部 東京大学・横井佐織

発表雑誌

雑誌名
PLOS Genetics」(オンライン版の場合:2月26日)
論文タイトル
”An Essential Role of the Arginine Vasotocin System in Mate-Guarding Behaviors in Triadic Relationships of Medaka Fish (Oryzias latipes)”
著者
Saori Yokoi, Teruhiro Okuyama, Yasuhiro Kamei, Kiyoshi Naruse, Yoshihito Taniguchi, Satoshi Ansai, Masato Kinoshita, Larry J. Young, Nobuaki Takemori, Takeo Kubo, Hideaki Takeuchi*

用語解説

(注1)バソトシン/バソプレッシン
9個のアミノ酸から構成される神経ペプチド。腎臓において水分吸収を調節するホルモンとして同定された。バソトシン/バソプレッシン受容体は脳にも発現しており、性行動や攻撃行動などさまざまな社会行動に関与することが知られている。
(注2)一夫一妻制を営むハタネズミ
北米に生息するプレーリーハタネズミは一夫一妻制を営み、つがいを形成して出産・育児を行う。プレーリーハタネズミの脳では乱婚制のヤマハタネズミと比較してバソプレッシン受容体が強く発現している。本論文の共著者でもあるヤング博士は乱婚制のヤマハタネズミの脳にバソプレッシン受容体を人工的に強く発現させると、プレーリーハタネズミのようにペアーの絆が深まることを示している(Nature 429 , 755-757, 2004)。