海生爬虫類モササウルス類の眼の進化と適応に関する新知見
発表者
- 山下桃(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 博士課程1年)
- 小西卓哉(カナダ・ブランドン大学 助教)
- 佐藤たまき(東京学芸大学 准教授)
発表のポイント
- 白亜紀の海生爬虫類、モササウルス類(図1)の化石化した眼を現生のトカゲ類の眼と比較し、両者では骨片の並び方が共通している一方で、骨面のざらつき加減に違いが見られた。
- 両者に共通した眼の特徴は基本的な構造であるため、長い進化の過程でもなお変化していないこと、一方で異なる特徴によりモササウルス類が水中でものを見るための適応をした可能性があると示唆された。
- トカゲ類の中で唯一水生に適応したモササウルス類に注目することで、トカゲ類における眼の水生適応に対する新知見が得られた。
発表概要

図1. モササウルス類の全身骨格図と頭部、眼の部分(写真とスケッチ)の拡大図。全身骨格図はLindgren et al. (2010)を引用。モササウルス類の手足は鰭(ひれ)となっており、尾はサメのように二股に分かれている。眼があった場所には、鞏膜輪が化石化して残っている。
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図2. モササウルス類(A, B)と現生のオオトカゲ類(C)における鞏膜骨の並び方。(A) Tylosaurus proriger (標本番号:FFHM 1997-10)。(B) Platecarpus tympaniticus (標本番号:LACM 128319)。(C) Varanus dumerilii(標本番号:NSM PO 391)。すべて左の鞏膜輪の外側面である。3種類の鞏膜骨を、暗灰色(両端に隣の鞏膜骨が上から重なる)、明灰色(両端が隣の鞏膜骨の上に重なる)、白色(片側が隣の鞏膜骨の上に重なり、もう片方の上に隣の鞏膜骨が重なる)で示している。破損している鞏膜骨は斜線がかかっている。2属のモササウルス類、Tylosaurus (A)とPlatecarpus (B)はVaranus (C)の骨片とほぼ同じ並び方を示した。
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図3.Platecarpus標本における鞏膜輪の内側面と外側面の表面の異なった状態。2つのPlatecarpus標本、KU1001標本(内側面)とLACM 128319標本(外側面)に基づく。(A)KU 1001標本に見られる鞏膜輪の内側面の様子(写真とスケッチ)。(B) KU1001標本に基づく鞏膜骨の内側面の模式図。輪の中間部分(青色の領域)が粗面になっている。(C) I – I’に沿った鞏膜骨の断面図。鞏膜輪の内側の縁と外側の縁は薄くなっているが、鞏膜骨のやや内縁側の中間部分は厚くなっており、その内側面は環状の粗面になっている
拡大画像約9800万年前~6600万年前に生きていたモササウルス類は、トカゲ類の仲間であるが、完全に水中での生活に適応していたことが知られている。世界各地から多くの化石が見つかっているが、眼の中の組織は壊れやすいため観察が困難であり、ほとんど研究されてこなかった。
東京大学大学院理学系研究科の山下桃大学院生らは、モササウルス類の化石化した眼の輪っか状の組織、鞏膜輪(きょうまくりん、図1、2)を現生のトカゲ類と比較することにより、両者では鞏膜輪の骨片の並び方が共通している一方で、骨面のざらつき加減が異なることを発見した。
モササウルス類と現生のトカゲ類とでは、生活環境が異なる。モササウルス類は、生活環境が陸上から水中へ移ったのにも関わらず、現生のトカゲ類の骨片の並び方とは変化がなかったため、この構造はトカゲ類の基本的な構造であり、進化の過程でもその構造が維持されてきたと示唆される。一方、モササウルス類の鞏膜輪の内側面で見られた環状の粗面部分(ざらついた部分)は、陸上と水中では眼の焦点距離の調節の仕方が異なるため、モササウルス類が水中でものを見る(水中視覚)ために適応した痕跡である可能性が示唆された。
鞏膜輪は眼の中で化石として残りやすい唯一の組織であり、視覚機能を探るための大きな手掛かりになる。本研究で得られたモササウルス類の情報を元に、さらに多くのトカゲ類と比較することにより、モササウルス類を含むトカゲ類の視覚機能の理解がさらに進むと期待される。
発表内容
モササウルス類は、約9800万年前〜6600万年前に生息していた海生爬虫類の1グループである。トカゲ類の仲間であるのにも関わらず、鰭(ひれ)になった四肢やサメのように二股に分かれた尾をもち、完全に水中での生活に適応をしていたと考えられている(図1)。しかし、現在生きているトカゲ類において、このように水中で生活する種がいないため、モササウルス類がどのような生物であったか理解するのは難しい。そこで、本研究ではモササウルス類において眼の組織の記載を行い、視覚機能の観点からモササウルス類の水生適応を考察するとともに、トカゲ類における眼の進化と水生適応の解明に取り組んだ。
これまでに世界各地からモササウルス類の化石記録が報告されてきた。しかし、眼の組織は化石として残りにくく、唯一の硬組織である鞏膜輪(きょうまくりん)も破損しやすく観察が困難であるため、ほとんど研究されてこなかった。山下大学院生らは4属(Clidastes, Platecarpus, Tylosaurus, Mosasaurus)のモササウルス類について、化石化した眼の輪っか状の組織、鞏膜輪を観察し、解剖学的に記載(注1)したのち、現生のトカゲ類と比較した。鞏膜輪は、眼の中にある骨質の輪であり、十数枚の薄い骨(鞏膜骨)が瓦状に重なり合った構造(図1)である。トカゲ類や鳥類において、鞏膜骨には主に3種類の形があり、分類群(注2)ごとにその並び方が異なることが報告されている。
4属のモササウルス類のうちTylosaurusとPlatecarpusにおいて、Platecarpus標本の破損部分を除き、鞏膜骨の並び方が一致していた(図2)。さらに、この並び方はイグアナ類や他のトカゲ類など、現在生きている分類群とも一致することがわかった。TylosaurusとPlatecarpusに見られた並び方がトカゲ類全般において一般的であることから、トカゲ類における鞏膜骨の並び方は、トカゲ類の祖先である原始的なトカゲ類に共通する形質(共有原始形質)であることが示唆される。また、水中での生活に適応したモササウルス類と陸上での生活に適応した現生のトカゲ類とで、同じ配列であったことから、鞏膜骨の並び方は水生に適応しなければならないという環境の影響を受けず、系統的制約を受けていると示唆される。
鞏膜輪の形に注目すると、観察した全てのモササウルス類の標本において、鞏膜輪の開口部が中心から腹側にずれていることがわかった。一方で、陸上で生活するVaranus(オオトカゲ類)の鞏膜輪では、輪の中心部に大きな開口部がある(図2)。鞏膜輪は硬組織であるため開口部は固定されており、これらの海生爬虫類における水中の3次元的な視野に少なからず影響していた可能性があると示唆される。
また、Platecarpus標本の一つにおいて、鞏膜輪の内側面を観察することができ、初めてモササウルス類の鞏膜輪の内側面の様子を記録として残すことができた。鞏膜骨の表面の状態が外側面と内側面で異なり、鞏膜輪の内側面には輪の中間部分に環状の粗面部分が見られた(図3)。陸生のトカゲ類の鞏膜輪では、このような特徴は見られない。鞏膜輪の内側面には、焦点距離を調節するために使われる筋肉が付着する。水中と陸上では屈折率が異なるため、焦点距離の調節の方法が異なり、そのため筋肉や水晶体の形が異なることが報告されている。水生の環境に適応を果たしたPlatecarpusに見られた鞏膜輪の粗面は、水中での視覚に適応した眼の中の筋肉のつき方の変化を反映している可能性がある。
本研究は、トカゲ類における化石種と現生種の鞏膜輪を初めて詳細に比較したものである。鞏膜輪は、眼の組織の中で化石として残りやすい唯一の硬組織である。一般的に、眼などの感覚器官は化石として残りにくく、化石種の感覚機能の推定は困難である。その中で鞏膜輪は化石種の視覚機能を探る上で大きな手掛かりとなるだろう。本研究においても、トカゲ類について水生適応した種がどのような眼の組織を持つのか新しい知見を得ることができた。視覚機能をはじめとする感覚機能は生物の生活様式を大きく反映することが報告されており、化石種において感覚機能を推定することはその生態の理解に結びつくものである。今後、トカゲ類の化石種と現生種をさらに多く比較することにより、新たな視点から化石種の生態が推定されると期待される。
発表雑誌
- 雑誌名
- PLOS ONE
- 論文タイトル
- Sclerotic rings in mosasaurs (Squamata: Mosasauridae): structures and taxonomic diversity
- 著者
- Momo Yamashita*, Takuya Konishi, Tamaki Sato
- DOI番号
- 10.1371/journal.pone.0117079
- アブストラクトURL
- http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0117079