2015/2/16 (配信日2/12)

星間空間に存在する大きな有機分子の吸収線を多数発見

発表者

  • 濱野哲史(東京大学大学院理学系研究科附属天文学教育研究センター・博士課程3年/日本学術振興会特別研究員)
  • 小林尚人(東京大学大学院理学系研究科附属天文学教育研究センター・准教授)
  • 河北秀世(京都産業大学 神山天文台・台長)

発表のポイント

  • 星間空間に存在する大きな有機分子による微弱な吸収線(注1)を新たに15本発見しました。
  • 次世代の高感度赤外線分光器WINEREDを用いて星のスペクトル(注1)上の微弱な吸収線を高精度に捉えることで、その検出が初めて可能になりました。
  • 今後も星間減光(注2)の大きな領域でも大きな有機分子による吸収線を調べることで、宇宙における有機分子の生成過程や「生命の起源」の解明につながることが期待されます。

発表概要

図1

図1. WINEREDで取得された2つの星のスペクトル(左)と観測の概念図(右)。星間物質による減光が無いリゲルという星のスペクトル(上)と、星間減光を受けているHD20041という星のスペクトル(下)を表示している。HD20041のスペクトルのみに、視線上の星間物質中に含まれる有機分子による吸収線「DIB」(赤線)が検出される。ここで表示している3つのDIBは、星のある特定の波長の光を1%程度以下しか吸収しておらず、非常に微弱な吸収線であることが見て取れる。(図中の有機分子の図:M. Hammonds氏提供)

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図2

図2.今回、特に顕著なDIBを検出した「はくちょう座OB2星団」の赤外線写真(NASA)と、WINEREDで取得したはくちょう座OB2星団の星(No.3, 10, 12)のDIBのスペクトル(右下)。

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図3-1 図3-2

図3. WINERED(上)と神山天文台荒木望遠鏡(下)の写真。

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星間物質(注3)の背景に位置する星のスペクトル上には、「ぼやけた星間線」と呼ばれる微弱な吸収線が多数検出されます。「ぼやけた星間線」は星間物質中の大きな有機分子による吸収線であると考えられています。しかし、「ぼやけた星間線」を引き起こしている有機分子は未だにわかっていません。その解明のためには、赤外線による観測が重要となります。赤外線波長帯による観測によって、これまでの可視光による観測が困難であった領域でも「ぼやけた星間線」を調べることが可能となり、「ぼやけた星間線」を引き起こしている物質の解明に大きく前進することが期待されています。しかし、分光器の性能などのさまざまな困難により赤外線波長帯を用いた系統的な観測的研究はこれまでなされていませんでした。

今回、東京大学大学院理学系研究科の濱野哲史大学院生らの研究グループは、京都産業大学神山天文台との共同研究によって、0.91-1.36μm(マイクロメートル)の赤外線波長帯において、世界で初めてとなる25天体を観測した系統的な赤外線による「ぼやけた星間線」の探査を行い、その結果新たに15本の「ぼやけた星間線」を発見することに成功しました。

本研究は、東京大学と京都産業大学の研究者が参加する
LIH(Laboratory of IR High-resolution Spectroscopy)によって開発された次世代の高感度赤外線分光器WINERED(ワインレッド)を用いて、多数の星の高精度な分光観測を行うことで可能となったものです。今後、これまで観測が難しかった分子雲などの減光の大きい多様な環境において、今回発見した赤外線波長帯の「ぼやけた星間線」を調べていくことで、大きな有機分子の生成過程、さらには宇宙における「生命の起源」の解明につながることが期待されます。

発表内容

観測している星と観測者との間に星間物質がある場合、その星のスペクトルには、星間物質に含まれる原子・分子やそのイオンによる吸収線が検出されます。いわば星のスペクトル上の「影」を見ることでその星間物質の組成や密度などの性質を調べることが可能になります。既知の原子や小さい分子による吸収線に加えて、幅が太いという特徴を持った「ぼやけた星間線」(diffuse interstellar band, 以下「DIB」とする)と呼ばれる、微弱な吸収線が多数検出されます。DIBを引き起こしている物質は、その発見以来約1世紀もの間解明されていない謎であり、天文学における最も古い「未解決問題」のひとつとして知られています。現在ではさまざまな観測的証拠から、星間空間に存在している芳香族炭化水素(注4)やフラーレン(注4)といった大きな有機分子が最も有力であると考えられています。DIBを引き起こす物質を解明することによって、星間空間における有機分子の多様性、普遍性への理解が飛躍的に進むことが期待されています。

DIBの観測的研究はその発見以来、長きにわたって可視光帯を中心に進展してきました。しかし、可視光は星間物質により強く減光されるため観測できる範囲に制約があり、例えば分子雲のような減光量が大きい領域におけるDIBはこれまで詳しく調べられてきませんでした。多様な環境でDIBを生じている物質の分布を調べることで、物質の生成過程やその物理的性質の理解を深められることが期待され、DIBを引き起こす物質の解明に向けて大きく前進する可能性があります。星間減光の問題は可視光よりも透過率の高い赤外線波長帯を用いることで解決することができます。しかし、従来の赤外線分光器の性能では微弱な吸収線であるDIBを検出するのは難しく、系統的な研究はこれまでなされていませんでした。

東京大学大学院理学系研究科の濱野哲史大学院生、小林尚人准教授らと京都産業大学神山天文台の河北秀世台長らの研究グループは、京都産業大学神山天文台の荒木望遠鏡に搭載されている次世代の高感度赤外線分光器「WINERED」を用いて、25天体という数多くの星を分光観測する系統的な赤外線DIB探査を世界で初めて行い、その結果15本のDIBを新たに発見することに成功しました。WINEREDが観測範囲とする0.91—1.36マイクロメートルの赤外線波長帯では、これまでに5本のDIBしか見つかっていませんでしたが、本研究によってその数は飛躍的に増加したことになります。

本研究は、赤外線波長帯においてもDIBの高精度な観測的研究が初めて可能になったことを示す重要な成果です。今後、透過性の高い赤外線波長帯を用いることで、銀河系内の広い領域、および分子雲などの高密度環境といった、星間減光が強い領域においてDIBの観測が可能となり、DIBを引き起こしている有機分子の性質・生成過程の理解に大きな進展が期待されます。

なお、WINEREDは、東京大学と京都産業大学の研究者が参加するLIHによって新たに開発に成功した、世界最高感度を誇る近赤外線高分散分光器です。その高い感度によって、口径1.3mと世界的に見れば小口径の荒木望遠鏡でもDIBを検出できる高精度な星の分光観測が初めて可能になりました。WINEREDは2013年11月より、神山天文台において天体の科学観測を本格的にスタートしています。また、本研究は、WINEREDによる初期科学観測から得られた初めての科学的成果でもあります。現在、同グループでは、荒木望遠鏡とWINEREDを用いて、100天体以上を観測する世界最大規模の赤外線DIBサーベイを推進しています。

発表雑誌

雑誌名
The Astrophysical Journal(オンライン版:2月20日(米国時間))
論文タイトル
Near-infrared diffuse interstellar bands in 0.91-1.32μm
著者
Hamano Satoshi, Kobayashi Naoto, Kondo Sohei, Ikeda Yuji, Nakanishi Kenshi, Yasui Chikako, Mizumoto Misaki, Matsunaga Noriyuki, Fukue Kei, Mito Hiroyuki, Yamamoto Ryo, Izumi Natsuko, Nakaoka Tetsuya, Kawanishi Takafumi, Kitano Ayaka, Otsubo Shogo, Kinoshita Masaomi, Kobayashi Hitomi, Kawakita Hideyo

用語解説

注1 スペクトル・吸収線
光(電磁波)の波長ごとの強度分布を「スペクトル」という。例えば、雨あがりの虹も波長ごとに太陽光が分解された一種のスペクトルと呼べる。
天体の光がガスの中を通ると、ガス中に含まれる原子やイオンの量子力学的効果によってある特定の波長の光が吸収され、天体のスペクトル上に凹みが現れる。この凹みを「吸収線」と呼び、吸収線の大きさや現れる波長によってガス中に含まれる特定の元素の量や、運動を調べることが可能になる。
注2 星間減光
星からの光が視線上にある星間物質に含まれるダストによって吸収され、実際の明るさよりも暗く見える現象を星間減光と呼ぶ。波長の長い(赤い)光と比べて、波長の短い(青い)光の方がよりダストに吸収されやすいため、ダストによる減光を受けた星は実際の色よりも赤く見える。
注3 星間物質
恒星の間に広がる希薄な物質で、ガスと固体の塵からなる。ガスは主に水素原子とヘリウム原子によって構成されており、ごく微量ながらその他の元素やそれからなる分子も含む。希薄な星間物質はやがて収縮し分子雲となって、その中から新たな星が誕生する。
注4 芳香族炭化水素、フラーレン
ベンゼン環からなる分子を芳香族炭化水素と呼び、多数の炭素原子で構成される閉殻状の分子をフラーレンと呼ぶ。フラーレンの中ではC60が最も代表的な分子である。両者とも、星間空間で安定的に存在すると考えられており、中間赤外線に持つ輝線バンドで観測されている。