ブラックホールを取り囲む円盤での活発なガス落下と宇宙線生成
発表者
- 星野真弘(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 教授)
発表のポイント
- ブラックホールの周りに形成される降着円盤(注1)で宇宙線が効率よく作られることをシミュレーションにより明らかにした。
- 降着円盤では、従来考えられていたよりも短時間でガスが中心天体に落下できることをシミュレーションにより明らかにした。
- 降着円盤の研究は、天の川銀河中心に位置する大質量ブラックホール周りの降着円盤を始め、さまざまな降着円盤やそれに伴う宇宙ジェットなどの理解に貢献できる。
発表概要

図:(a)降着円盤と宇宙ジェットの模式図、(b)降着円盤の部分系で行った3次元粒子コードの結果。円盤が12回転して乱流が十分発達した状態。青の線が磁力線、赤のシートで挟まれた領域はガス密度が高い領域。密度が高い領域で磁気リコネクションが活発に起きている。(c)エネルギースペクトルの時間発展。横軸が静止質量で規格化したエネルギー、縦軸が粒子数。時間が経過するにしたがって宇宙線が効率よく生成されている。
拡大画像東京大学大学院理学系研究科の星野真弘教授は、ブラックホールの周りに形成される降着円盤(注1)で宇宙線が効率よく作られ、従来考えられていたよりも短時間でガスが中心天体に落下できることをシミュレーションにより明らかにしました。
原始星や中性子星などを始めとして、宇宙では普遍的に、中心天体の周りをガスが周回運動をすることで降着円盤が形成されています。しかし、ガスが中心天体に落下するには、周回運動の速度を減速させることが必要です。これまでの研究では、ガスの密度が高く粒子間の衝突が頻繁に起きる「衝突系」の円盤について、電磁流体波(注2)による乱流が生成され回転速度の減速が起きることが知られていました。
今回の研究では、粒子間の衝突がほとんど起きない「無衝突系」の円盤について、数値シミュレーションに成功し、磁気リコネクション(注3)に支配される乱流生成を介して、ガス降着率が増大し同時に宇宙線も効率よく作られることを明らかにしました。
今回明らかになった無衝突系降着円盤の速度減速メカニズムと宇宙線生成は、活動銀河核(注4)などの大質量ブラックホール周りの円盤の理解に欠かせないプラズマの基本プロセスであり、降着円盤から放出される宇宙ジェット(注4)の解明にも重要だと考えられます。
発表内容
天体の周りを重力により引っ張られ回転運動するガスは、遠心力と重力が釣合い降着円盤と呼ばれる円盤状の分布をしています。しかしこのガスが中心天体に向かって落下し可視光やX線などの輻射を放出するのは容易ではありません。なぜなら、もしガスの塊が少し中心に向かって落下すると天体を周回している速度が上昇し遠心力が重力より大きくなるため、ガスの塊は元の位置に引き戻されるからです。いかにしてガスを中心天体に落下させて重力エネルギーを解放させるかは天文学上の未解決問題でしたが、1989年にバルバス(Balbus)とハウルリー(Hawley)は、円盤に少しでも磁場が存在すると、電磁流体波によってガスの周回運動速度の均一化がおき、同時にMRIダイナモ作用(注5)によって磁場が増幅され、その乱流場のもとでガスが落下できることを提唱しました。この電磁流体波を介したガスの落下のメカニズムは、磁気回転不安定(Magneto-Rotational Instability, MRI)と呼ばれ、現在の降着円盤におけるガス落下を説明する標準的なモデルとなっています。
しかしこれまでの磁気回転不安定は、ガスの衝突が頻繁に起きる降着円盤で議論されていました。一方、天の川銀河中心などに位置するブラックホール周りの降着円盤を始め、大質量天体の周りではガスの衝突がほとんど起きない無衝突系の円盤を形成していることが観測的にも明らかになってきました。そのため衝突系だけでなく無衝突系のガス円盤も含めて統一的に理解する必要がありました。
このような背景のもと、星野教授はガスの衝突が無視できるほど希薄なガス円盤について、第一原理に基づくプラズマ粒子コード(注6)を用いたシミュレーションに初めて成功しました。図に示したのは、(a)が降着円盤の模式図で、(b)は円盤の一部を切り取った部分系シミュレーションの結果です。赤色のシートで挟まれたガスの密度が高い領域が時間と共に激しく変動していることがわかります。青色の線は磁力線を表していますが、磁気リコネクションによって一部の磁力線は高密度の領域を貫いているのもわかります。この活発に変動する円盤のガス中で、ガスの圧力が磁場に平行方向成分と垂直方向成分で大きく異なる状況が作られており、磁場に平行方向圧力が大きいときは磁気リコネクションによる磁場の消失効果が弱くなり、円盤の磁気ダイナモ作用で強い磁場が作られることを見出しました。強い磁場が作られると、円盤の周回運動の減速効果が大きくなり、ガスが中心天体に向かって容易に落下できるようになります。そして図(c)に示したように、時間が経過するに従って宇宙線が効率よく生成されていることが明らかになりました。
今回明らかになった無衝突系降着円盤の磁気リコネクションと宇宙線生成は、天の川銀河の中心方向に位置する「いて座」のSag A*での観測を説明するうえでも興味深く、また活動銀河核などの大質量ブラックホール周りの円盤の理解に欠かせないプラズマの基本メカニズムです。さらに本成果は降着円盤から放出される宇宙ジェット形成の解明にも貢献するものです。
発表雑誌
- 雑誌名
- 「Physical Review Letters」(オンライン版:2月12日)
- 論文タイトル
- Angular Momentum Transport and Particle Acceleration during Magnetorotational Instability in a Kinetic Accretion Disk
- 著者
- Masahiro Hoshino
- アブストラクトURL
- http://journals.aps.org/prl/issues/114/6#sect-letters-gravitation-and-astrophysics
- DOI番号
- Phys. Rev. Lett. 114, 061101 (2015) – Published 12 February 2015
用語解説
- 注1 降着円盤
- ブラックホールや中性子星、原始星などの中心天体の周りを取り囲むガス円盤の構造。重力と遠心力が釣合って中心天体の周りを回転するガスは、一般に外側のガスは内側よりもゆっくりと回転しており、半径方向(動径方向)に回転速度が異なる微分回転運動が特徴である。ガスが中心に落下しようとすると、周回運動の速度が上がり遠心力が強くなるので、ガスは落下することができない。↑
- 注2 電磁流体波
- プラズマ中を伝播する低周波の電磁波。スウェーデンのハンネス・アルフベン博士(1970年ノーベル物理学賞受賞)によって理論的に発見された。↑
- 注3 磁気リコネクション
- 磁場ベクトルの方向が反転するプラズマ領域で、磁力線が繋ぎ変わり、その過程でプラズマが混合されるメカニズム。同時に磁場のエネルギーが、ガスの運動エネルギーや熱エネルギーに変換されるメカニズムでもある。実験室プラズマから宇宙まで、重要なエネルギー変換過程となっている。↑
- 注4 活動銀河核と宇宙ジェット
- 活動性を示す銀河の中心(核)を活動銀河核(Active Galactic Nucleus, AGN)と呼ぶ。中心の狭い領域で極めて明るく輝いたり、ほぼ光速のガスを双方向にジェット状に噴出したりする。またこのジェットを宇宙ジェットという。↑
- 注5 MRIダイナモ
- 磁場を増幅するメカニズムをダイナモ作用と呼ぶが、降着円盤では、磁気回転不安定(Magneto-Rotational Instability, MRI)によって、動径方向に存在する磁力線が作られると、降着円盤の微分回転の性質により、磁力線が引き伸ばされて磁場強度を増していくことが出来る。これをMRIダイナモとよぶ。↑
- 注6 プラズマ粒子コード
- プラズマの第一原理に基づいた計算コードであり、電磁場を記述するマックスウェル方程式と荷電粒子運動を記述するローレンツ方程式を連立させて解く。↑