2015/1/19(配信日1/14)

輸送体タンパク質SemiSWEETが糖分子を透過させるしくみ

発表者

  • 李 勇燦(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 修士課程二年)
  • 西澤 知宏(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 特任助教・JSTさきがけ研究者)
  • 山下 恵太郎(理化学研究所放射光科学総合研究センター 特別研究員)
  • 石谷 隆一郎(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 准教授)
  • 濡木 理(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授)

発表のポイント

  • 細胞の内外に糖分子を輸送する糖輸送体(注1)であるSemiSWEETタンパク質の立体構造を2つの状態でとらえることに成功しました
  • 糖分子が細胞膜を越えて輸送されるのに必要な輸送サイクル(注2)の詳細を世界で初めて明らかにしました
  • 本研究の成果により、細胞が持つ栄養輸送機構の理解につながることが期待されます

発表概要

図1

図1 SemiSWEETの結晶構造。上に細胞内に開いた“内向きに開いた状態”、下に細胞外に開いた“外向きに開いた状態”の構造をそれぞれ示しました。断面図を見ると、分子の中央にあるポケットがそれぞれ細胞内、細胞外に開いているのが分かります。

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図2

図2 SemiSWEETの構造変化。図中に黒矢印で示したように、SemiSWEETの構造変化は洗濯バサミの動きに似ています。“PQ-ループ”モチーフがこの構造変化に重要な役割を果たしています。

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図3

図3 推定される輸送サイクルの模式図。分子中央のポケットに結合した糖分子は、SemiSWEETの構造が変化することによって細胞膜を越えて輸送されると推測されます。

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ヒトや植物、バクテリアの細胞は、ショ糖やブドウ糖といった糖分子を細胞へ取り込んだり、また排出したりすることで生命活動に必要なエネルギーを得ています。細胞は細胞膜と呼ばれる囲いで覆われており、細胞膜を超えて細胞の内外に糖分子を輸送するために細胞膜には糖分子を輸送するためのタンパク質があります。近年、このような細胞への糖分子の取込みや排出をSWEETファミリー(注3)と呼ばれるタンパク質群が担っていることが分かってきましたが、その詳細な分子機構は不明な点が残っていました。

今回、東京大学大学院理学系研究科の濡木理教授、石谷隆一郎准教授らの研究グループは、バクテリア由来のSWEETファミリータンパク質であるSemiSWEETの立体構造を、2つの異なる状態で決定することに成功しました(図1)。これらの構造から、SemiSWEETは細胞膜上で細胞内に開いた“内向きに開いた状態”と細胞外に開いた“外向きに開いた状態”の2つの状態を行き来することで、糖分子を透過させることが分かりました。さらに、SemiSWEETは洗濯バサミのように動くことが示唆され、プロリンとグルタミンの2つのアミノ酸からなる“PQ-ループ”モチーフと呼ばれる構造が、この動きに必要な丁番構造(“ヒンジ”)を作っていることも明らかになりました。

今回の成果は細胞が持つ栄養輸送機構の基本的理解につながるものであり、農作物の品種改良やヒトの疾患の原因解明へ役立つことが期待されます。

発表内容

ショ糖やブドウ糖といった糖分子は、多くの生物にとって最も基本的なエネルギー源の一つです。糖分子は主に植物の葉で光合成によって作られ、根や花、種などへと運ばれてそれらの細胞の栄養源となります。また、ヒトやバクテリアの細胞は糖分子を外界から取り込むことで、生命活動に必要なエネルギーをまかなっています。このような細胞レベルでの糖分子の輸送には、糖輸送体と呼ばれる一群のタンパク質が関わっています。

糖輸送体にはいくつかの種類がありますが、その中でもSWEETファミリーは2010年に発見された新しい種類の糖輸送体です。SWEETファミリータンパク質は植物における蜜の分泌や篩管輸送(しかんゆそう、注4)、そして微生物との相互作用などに関わっており、植物の栄養輸送を担う主要な因子として注目を集めています。またSWEETファミリータンパク質はヒトやバクテリアにも存在することが分かっています。2014年にバクテリア由来のSWEETファミリータンパク質であるSemiSWEETの立体構造が決定されましたが、それらの構造はSemiSWEETが細胞外に開いた“外向きに開いた状態”と“閉じた状態”であったため、輸送サイクルの全体像を明らかにするには細胞内に開いた“内向きに開いた状態”もとらえることが必要とされていました。

今回、東京大学大学院理学系研究科の濡木理教授らの研究グループはX線結晶構造解析の手法を用いて、大腸菌Escherichia coli由来のSemiSWEETの立体構造を、“内向きに開いた状態”と“外向きに開いた状態”の両状態で決定することに成功しました(図1)。その結果、SemiSWEETは二量体分子の中心に大きな空洞を備えていること、そしてその空洞の奥には親水性のアミノ酸であるアスパラギンが露出しており、糖分子を結合できるポケットを作り出していることが分かりました。またこの分子中央のポケットは、“内向きに開いた状態”と“外向きに開いた状態”において、それぞれ細胞の内側、外側に露出していたことから、SemiSWEETは構造変化によってこの2状態を行き来して、糖の輸送経路を提供することが明らかになりました。さらに研究グループは、今回決定した2状態の構造を詳細に比較することで、プロリンとグルタミンの二つのアミノ酸からなる“PQ-ループ”モチーフが分子内に“ヒンジ(丁番。動きやすい部分の意)”を作り出していることを見出しました(図2)。この“ヒンジ”によってSemiSWEETは洗濯バサミの動きに似たユニークな構造変化を起こしていると示唆されます。これらの知見によって、今まで不明であったSWEETファミリータンパク質による糖分子の輸送サイクルの全体像が解明されました(図3)。

細胞膜を介した糖分子の輸送は、生物が環境から栄養を得るために必要なプロセスの一つです。特にSWEETファミリーは、イネなど農作物の栄養分布に重要な働きを担っていることが知られています。したがって、今回明らかになった糖分子の輸送サイクルの全体像は、SWEETファミリータンパク質の働きを原子レベルで理解することにつながり、農作物が持つ遺伝子の改変などの応用に役立つことが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
Nature Communications」(2015年1月19日)
論文タイトル
Structural Basis for the Facilitative Diffusion Mechanism by SemiSWEET Transporter
著者
李 勇燦、西澤 知宏、山下 恵太郎、石谷 隆一郎、濡木 理* (*責任著者)
DOI番号
10.1038/ncomms7112

用語解説

注1 糖輸送体
糖のような極性分子は細胞を取り囲む脂質膜を単独で透過することは難しく、脂質膜に存在する膜タンパク質である糖輸送体によって細胞内外への輸送が行われる。
注2 輸送サイクル
輸送体が複数の状態を取りながら物質を輸送する過程のこと。輸送体の種類によってそれぞれ異なるサイクルを持つ。
注3 SWEETファミリー
2010年に植物において細胞内からの糖排出に関わるとして同定された糖輸送体のファミリー。Sugars Will Eventually be Exported Transporterの頭文字を取ってSWEETと名付けられた。
注4 篩管輸送(しかんゆそう)
植物における光合成産物の長距離輸送機構。根で吸収された水分やミネラルは導管を通じて地上部の各組織へと運ばれる。一方、葉で光合成により作られた栄養分(主にショ糖)は篩管を通って植物全体の必要とされる組織に輸送される。