2014/12/01

繁殖状態のセンサーとしてはたらく脳内ニューロンを発見

発表者

  • 岡 良隆 (東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授)
  • 長谷部 政治 (東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 博士課程1年)
  • 神田 真司 (東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 助教)

発表のポイント

  • 脳の視床下部にある特定のニューロンが、動物の繁殖状態に応じて神経活動や遺伝子発現を劇的に変化させるセンサーとしてはたらくことを発見
  • 繁殖状態を容易に実験的に制御できるメダカを用い、蛍光タンパク質で脳内の特定のニューロンを標識して、その活動を記録することで、そのセンサー機能を証明
  • 脊椎動物の繁殖期に特有な生理機能や行動を制御する脳内の神経回路と内分泌系を結ぶ相互作用のしくみの解明につながると期待

発表概要

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の岡良隆教授らの研究グループは、脳内の特定のニューロンが、動物の繁殖状態に応じて神経活動や遺伝子発現を変化させることにより繁殖状態のセンサーとしてはたらき、繁殖期(注1)に特有な行動や生体の恒常性(注2)を制御することを発見した。

多くの動物は繁殖期になると生殖腺が発達し、非繁殖期にはない性行動を見せるが、これらを協調的に制御する脳内のしくみについては未だ不明な点が多い。同グループは2008年にメダカでKiss1ニューロンと呼ばれるホルモンや脳内生理活性物質を作り出すペプチドニューロン(注3)を発見した。kiss1を含むキスペプチン(注4)をコードする遺伝子の塩基配列は脊椎動物で広く保存され、その遺伝子発現は繁殖期に分泌の高まる性ステロイドホルモンに大きな影響を受けることが脊椎動物共通の特徴であることが近年わかってきた。しかし、1年のうちで繁殖する時期が決まっている(季節繁殖性)動物種において、キスペプチンニューロンの機能を細胞レベルで詳細に解析するための実験手法は存在しなかった。

同グループは、脊椎動物の中でも季節繁殖性がはっきりしているメダカを用いて、Kiss1ニューロンを緑色蛍光タンパク質(GFP、注5)で標識した遺伝子改変メダカの作製に初めて成功した。加えて、生体内に近い状態を保ったまま取り出した丸ごとのメダカ脳の標本を用いることによって、Kiss1ニューロンの活動が解析可能となった。このような小型で透明なメダカ脳の特長を活かした実験手法の確立が今回の発見に繋がった。

発表内容

図1

図1:視床下部の Kiss1ニューロンの神経活動記録
A. 緑色蛍光タンパク質(GFP)で識別した視床下部のnucleus ventralis tuberis(NVT)とよばれる部位にあるKiss1ニューロンに記録電極を近づけ、神経活動を記録した。左枠内が取りだしたメダカの全脳。
B~D. 繁殖状態と非繁殖状態のメダカから記録した視床下部のKiss1ニューロンの神経活動。繁殖状態では視床下部のKiss1ニューロンはオス、メスともに多様な発火様式を示す(図B,D)。一方、非繁殖状態では、オス、メス共に神経活動が見られないサイレントの割合が顕著に高く、低い神経活動を示すことがわかる(図C,D)。

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図2

図2:メダカにおけるKiss1ニューロンの繁殖期に特有な生理機能制御の模式図

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多くの脊椎動物は、繁殖期になると非繁殖期とは異なる特有の行動(生殖行動・攻撃行動等)や、生体内の恒常性などを示すようになることが知られている。この繁殖期に特有の行動・恒常性の制御には、繁殖期に生殖腺(注6)から活発に分泌される性ステロイドホルモン(男性ホルモン・女性ホルモン)が重要であるとされている。しかし、この性ステロイドホルモンに応じた繁殖期特有の行動や恒常性を制御する脳内のしくみは未だ不明である。この繁殖期に特有な生理機能制御の担い手として、研究グループは、メダカで2008年に発見したキスペプチンニューロンに注目して研究を進めてきた。

このキスペプチンニューロンは、2000年代にヒトを含む哺乳類において、キスペプチン遺伝子Kiss1やキスペプチンと細胞膜上で結合する受容体であるGpr54遺伝子の変異や欠損により生殖機能不全になることが発見されている。それ以来、生殖機能に必須な神経機構として世界中の研究者から注目されてきた。最近になり、哺乳類以外の多くの脊椎動物においてもキスペプチンをコードする遺伝子の塩基配列が保存されているだけではなく、さらに機能的にも多様な複数のキスペプチン神経系よりなること等もわかってきた。研究グループはこれまでの研究結果から、メダカなどの真骨魚類においては、キスペプチンは哺乳類で見られるような直接的な生殖制御機能をもたないものの、脊椎動物全体に共通するキスペプチンニューロンの特徴として、繁殖期においてのみ分泌される性ステロイドホルモンの受容体を細胞膜上に発現し、性ステロイドホルモンからの刺激によって自らの遺伝子発現を変化させるという性質(性ホルモンへの感受性)を示すことがわかってきた。そのため、脊椎動物全般においてキスペプチンニューロンは、生殖機能に限らない、さまざまな生体内機能の繁殖状態に応じた制御において重要な役割を果たしていると予測される。

しかし、これまでの研究は、季節繁殖性がはっきりとしたマウス・ラットなどの実験動物を対象としたものが中心であり、季節繁殖性がはっきりしている動物において、キスペプチンニューロンを細胞レベルで解析できる実験手法は存在しなかった。

そこで、今回研究グループはメダカを実験対象として選択し、キスペプチン神経回路の細胞レベルでの解析を可能にする実験手法を確立した。メダカは季節繁殖性がはっきりしている動物であり、昼と夜の時間の長さ(日長条件)を変えるだけで生殖状態を制御することができるため、自然な生殖状態に応じたキスペプチンニューロンの活動変化を見ることができる。また、メダカを用いるもう一つの利点として、脳が小さく透明性も高いために、生体内に近い状態の脳を丸ごと取り出してプラスチック製の実験用容器(ディッシュ)に入れて、厳密な神経活動の解析を行える。これは、マウス・ラットなどの実験動物の脳では不可能な実験を可能にする点で特筆すべきである。

脳を構成するニューロンは、生きた脳を顕微鏡で見ただけではほとんど見分けがつかない。そこで、今回研究グループメダカのKiss1ニューロンそれのみにおいて、緑色蛍光タンパク質(GFP)が発現するよう遺伝子改変したメダカを作製し、生体内に近い状態を保ったまま取り出した丸ごとの脳において蛍光によりKiss1ニューロンを識別できるようにした。また、この脳の組織標本を形態学的に解析することで、Kiss1ニューロンの細胞体の分布や軸索(注7)が伸びている脳領域も判明し、性ホルモンへの感受性を示す視床下部のKiss1ニューロンは視床下部内に加えて視索前野、脳下垂体などの本能行動や恒常性の制御に関わる脳領域に軸索を伸ばして情報を伝えることがわかった。

作製した遺伝子改変メダカを用いて、繁殖期と非繁殖期における視床下部Kiss1ニューロンの神経活動の解析を行った。遺伝子改変メダカから取り出した全脳を記録用のディッシュに移し、顕微鏡下で緑色蛍光を示す視床下部Kiss1ニューロンに記録電極を近づけて神経活動を記録した(図1A)。昼の時間が長い長日条件下で飼育して繁殖状態になったメダカは、視床下部の Kiss1ニューロンが多様な神経活動を示し、中には非常に高い神経活動をしているものも見られた(図1B,D)。一方で、昼の時間が短い短日条件で飼育し非繁殖状態にしたメダカでは、大半の視床下部のKiss1ニューロンが非常に低い神経活動を示すことが明らかになった(図1C,D)。

これらの結果と過去の知見より、図2で示すようなメダカにおける繁殖期に特有な脳内の制御機構が想定される。繁殖期になると性ホルモンの分泌が上昇し、それを受容したKiss1ニューロンのkiss1遺伝子発現・神経活動が活性化され、Kiss1ペプチドの分泌が促進される。現在までの研究グループの成果からKiss1ニューロンは本能行動や恒常性、社会行動などを制御する脳領域・神経系への関与が示唆されており(Kanda et al., 2013)、繁殖期のみにこれらの機能を制御していると示唆される。

今回研究グループは季節性繁殖能がはっきりとし、遺伝子組み換え技術が応用可能なメダカの長所を活かし、繁殖状態に応じてKiss1ニューロンの神経活動が劇的に変化することを脊椎動物で初めて明らかにした。今後、こうしたメダカの長所を活かしたキスペプチンニューロンの解析が進むことで、未だ不明な点が多い、繁殖状態に応じたさまざまな行動・生理機能を制御する脳内のしくみが明らかになっていくことが期待される。

発表雑誌

雑誌名
Endocrinology 155(12), pp. 4868–4880(オンライン版11月21日掲載)
論文タイトル
Kiss1 Neurons Drastically Change Their Firing Activity in Accordance With the Reproductive State: Insights From a Seasonal Breeder
著者
Masaharu Hasebe, Shinji Kanda, Hiroyuki Shimada, Yasuhisa Akazome, Hideki Abe, and Yoshitaka Oka
DOI番号
10.1210/en.2014-1472
アブストラクトURL
http://press.endocrine.org/doi/abs/10.1210/en.2014-1472

用語解説

注1 繁殖期
動物が、求愛・交尾・産卵などの繁殖行動をする時期。一年のうちで、季節と関連して周期的に現れることが多いが、ヒトやマウスのように周年繁殖する動物も存在する。
注2 生体の恒常性
生体は、内分泌系や自律神経系によって、環境因子の変化にかかわらず体の内的な状態が常に一定に保たれるように調節する機能をもってこり、これを生体の恒常性(ホメオスタシス)とよぶ。
注3 ペプチドニューロン
ペプチドは、複数のアミノ酸よりなる分子で、ホルモンや脳内生理活性物質としてはたらく。ペプチドニューロンは、それらを作り分泌するニューロンのこと。
注4 キスペプチン
オーファン受容体(遺伝子クローニングにより遺伝子の配列はわかっているが結合するリガンドが未知の受容体)として知られていたGPR54受容体に結合する物質として発見されたのがキスペプチンである。武田製薬の大瀧徹らによって発見された当初は、ガンの転移(metastasis)を抑制する活性が注目されたためメタスチン(metastin)と呼ばれた。その後、メタスチンが哺乳類において脳下垂体生殖腺刺激ホルモンの強力な分泌促進作用をもつことや、思春期の生殖腺刺激ホルモン分泌開始に重要であることなどが報告され、生殖神経内分泌の研究分野で大きな注目を浴びている。このペプチドがヒトではKiss1 遺伝子産物であるということと、このkiss1 と言う名称がfirst kissを連想させること、Kiss1 遺伝子がハーシーチョコレート(キスチョコレートという製品で有名)工場のあるペンシルバニア州ハーシーのペンシルバニア大学のチームにより発見されたこと、などの理由からkissの名前を取って、現在ではメタスチンおよびメタスチン活性をもつペプチド断片を総称してキスペプチンと呼んでいる。
注5 緑色蛍光タンパク質(GFP)
下村脩博士のノーベル賞受賞で有名になった、オワンクラゲがもつ蛍光タンパク質 green fluorescent protein=GFPのこと 。この遺伝子を宿主の特定の遺伝子のプロモーターの下流に組み込み、宿主に導入・発現させることにより、特定の遺伝子を発現する細胞だけにGFPを作らせ、蛍光標識することができる。
注6 生殖腺
雄の精巣、雌の卵巣を総称する用語。
注7 軸索
ニューロンの電気的信号を脳の他の部位に伝えるケーブルとしてはたらいたり、ニューロンが作るペプチドなどの物質を遠くまで運ぶ通路としてはたらいたりする構造。