2014/6/11

1つの遺伝子から2種類のペプチドが同時に合成できる?!

— 通常の翻訳システムと独立して働く人工翻訳システムの開発 —

発表者

  • 菅 裕明(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)
  • 寺坂 尚紘(東京大学理学系研究科化学専攻 博士課程3年)
  • 林 剛介(当時:東京大学理学系研究科化学専攻 特別研究員
    現:東京大学先端科学技術研究センター 助教)
  • 加藤 敬行(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 助教)

発表のポイント

  • 遺伝子からタンパク質を作る過程(翻訳)で必要なrRNAとtRNAを人工的に改変し、通常の翻訳システムとは独立して働く改変翻訳システムの開発に成功した。
  • 本システムによって、一種類の遺伝子から、二つの異なる遺伝暗号(注1)に基づき、二種類のペプチドを同時に翻訳することができた。
  • 本システムは非天然アミノ酸を含む特殊ペプチド(注2)の合成への応用が期待できる。

発表概要

DNAの塩基配列からタンパク質が作られる過程では、タンパク質の合成の場所となるリボソームとアミノ酸をリボソームへ運ぶ転移RNA(トランスファーRNA 、tRNA)が深く関与する翻訳反応があります。リボソームを構成するリボソーマルRNA(rRNA)とtRNAは互いの塩基が結合する相補的な3つの塩基対(図、図中のグアニン(G)とシトシン(C)の結合)を形成しています。これら3つの塩基対はtRNAが運んでくるアミノ酸同士をリボゾーム内で結合して、ペプチドを合成するために重要であることが示唆されていました。

東京大学大学院理学系研究科の菅裕明教授らの研究グループは、rRNAとtRNA間の結合を壊さないようrRNAとtRNAの塩基に相補的な変異を入れて、この変異によって翻訳反応がどのように変化するかを調べました。その結果、一つの変異体の組み合わせでは、通常の翻訳機構とは独立して働くシステムが機能することが分かりました。さらに、変異を加えたtRNAに通常とは異なるアミノ酸を結合して翻訳反応を進めたところ、一種類の遺伝子から二種類のペプチドを同時に作ることができました。これは、人工的に改変した遺伝暗号に従って働く改変翻訳システムの開発に成功したと言えます。

研究グループは、翻訳反応におけるrRNAとtRNAの相互作用の重要性を明らかにし、さらに遺伝暗号を改変する新しい技術の開発にも成功しました。本システムは、近年薬剤候補として注目されている、非天然アミノ酸を含む特殊ペプチドの合成への応用も期待できます。

発表内容

図1

図:天然のリボソーム・tRNAと改変リボソーム・tRNAはそれぞれ独立して働き、同じmRNAから各々異なるペプチドを翻訳する。

拡大画像

遺伝暗号に従ってメッセンジャーRNA(mRNA)からタンパク質を合成する翻訳反応は、主にリボソームとtRNAが担っています。tRNAが運んでくるアミノ酸同士を結合する反応が起きるリボソーム内では、リボソームを構成するリボソーマルRNA(rRNA)とtRNAは翻訳反応中に互いの塩基が結合する相補的な塩基対を形成しています(図、23S rRNA G2553とA部位のtRNA C75が、23S rRNA G2251、G2252とP部位のtRNA C75、C74がそれぞれ塩基対を形成)。これらの塩基対は翻訳に重要であることが示唆されており、特にG2553-C75塩基対に塩基対を保つような相補的な変異(G2553C-C75G)を導入しても、翻訳反応のうち、ペプチジルトランスファー(注3)活性は保たれるという報告がありました。しかし、このような相補的な変異が翻訳反応全体に与える影響は調べられていませんでした。

今回、東京大学大学院理学系研究科の菅裕明教授らの研究グループは、再構成無細胞翻訳系とアミノアシル化リボザイムを組み合わせたFITシステム(注4)を用いて、rRNAとtRNA間の結合を保ったまま塩基に変異を入れた変異体rRNAと変異体tRNAの翻訳活性を調べました。その結果、G2252-C74塩基対は翻訳反応への寄与が少なく、G2251-C75とG2553-C75塩基対が重要であることがわかりました。更に、G2251C/G2553CリボソームとC75G tRNAの組み合わせが、通常の変異のない(天然の)リボソームとtRNAの組み合わせとは独立した翻訳システムで働く(直交性を持つ)ことも発見しました。

さらにこの直交性を持つrRNAとtRNAの組み合わせを用いて、天然・改変tRNAそれぞれに異なるアミノ酸をtRNAに結合すること(アミノアシル化、注5)で、一種類のmRNAから各々異なる二種類のペプチドを翻訳することに成功しました(図)。これはつまり、自然界で見られる通常の遺伝暗号とは異なる遺伝暗号に従い、天然の翻訳システムとは独立して働く改変翻訳システムであると言えます。本システムは、近年薬剤候補として注目されている、非天然アミノ酸を含む特殊ペプチドへの合成への応用も期待されます。

発表雑誌

雑誌名
「Nature Chemical Biology」(オンライン版:6月8日)
論文タイトル
An orthogonal ribosome-tRNAs pair via engineering of the peptidyl transferase center
著者
Naohiro Terasaka, Gosuke Hayashi, Takayuki Katoh & Hiroaki Suga
DOI番号
10.1038/NCHEMBIO.1549
アブストラクトURL
http://www.nature.com/nchembio/journal/vaop/ncurrent/abs/nchembio.1549.html

用語解説

注1 遺伝暗号
タンパク質の設計図である遺伝情報は、アデニン(A), グアニン(G), シトシン(C), チミン(T)(RNAではチミンの代わりにウラシル(U))の4種類の塩基で書かれている。3つの塩基の組み合わせが1種類のアミノ酸に対応しており、この対応を遺伝暗号という。
注2 特殊ペプチド
生体内のペプチドを構成する20種類のアミノ酸だけでなく、それ以外のアミノ酸を含んだ特殊なペプチドをいう。
注3 ペプチジルトランスファー
翻訳反応において、リボソームP部位にあるペプチジルtRNAからA部位のアミノアシルtRNAにペプチドが転移する反応。
注4 FITシステム
Flexible in vitro translation システムの略。再構成無細胞翻訳系とアミノアシル化リボザイム「フレキシザイム」を組み合わせることで、非天然アミノ酸を翻訳反応に導入できる。
注5 アミノアシル化
tRNAにアミノ酸を結合する反応。天然ではアミノアシルtRNA合成酵素がこの反応を触媒する。