道はひとつじゃない
発表者
- 上田 貴志(東京大学大学院 理学系研究科生物科学専攻 准教授)
- 海老根 一生(東京大学大学院 理学系研究科生物科学専攻 特任研究員)
- 井上 丈司(東京大学大学院 理学系研究科生物科学専攻 博士課程修了)
発表のポイント
- 植物の液胞へタンパク質を運ぶ経路には、他の生物と共通の経路に加え、植物が独自に開拓した少なくとも2つの経路が存在することを発見した。
- 植物が、動物と比較しはるかに複雑な液胞への輸送の仕組みを進化の過程であみ出してきたと結論づけた。
- タンパク質や糖の貯蔵など、ヒトの生活に密接に関わる植物の液胞のはたらきを最適化・強化することで、高機能植物の開発が見込まれる。
発表概要
植物の液胞は、動物のリソソーム(注1)や酵母の液胞と同様に、不要物の分解というはたらきを持っている。このはたらきに加え、植物の液胞はさらに、栄養分となるタンパク質や糖の貯蔵など、動物のリソソームや酵母の液胞にはない、農学的にも重要な多彩な役割を持つ。この植物の液胞の機能は、液胞ではたらいたり、液胞内に貯蔵されたりするタンパク質が正しく輸送されることにより成り立っている。しかし、植物がさまざまなタンパク質をどのように液胞へと運んでいるのかはこれまでよく分かっていなかった。
東京大学理学系研究科の上田貴志准教授、海老根一生特任研究員らは、アブラナ科のシロイヌナズナを用いて、どのような仕組みでさまざまなタンパク質が植物の液胞に運ばれているのかを調べた。その結果、植物には他の生物と共通する液胞への輸送経路に加え、植物が独自にあみ出した輸送経路が少なくとも2つ存在することが分かった。
このことから、植物は動物よりもはるかに複雑な液胞への輸送経路を進化の過程で開拓することにより、多彩で複雑な液胞の機能を獲得することができたと結論づけた。タンパク質や糖の貯蔵など、ヒトの生活に密接に関わる機能を持つ植物の液胞の機能を最適化・強化することで、高機能植物の開発が期待される。
発表内容

今回明らかになった液胞への輸送経路のモデル。液胞には、小胞体、ゴルジ体、トランスゴルジネットワーク(TGN)などのオルガネラから、①RAB5とRAB7が直列に制御する経路、②RAB5のみが制御する経路、③いずれのRABとも異なる因子(AP3)が制御する経路、によってタンパク質が運ばれている。種子貯蔵タンパク質、SYP22、VAMP713はそれぞれの経路で運ばれる積み荷タンパク質。
真核生物の細胞の中には、膜で包まれた多様な細胞小器官(オルガネラ)(注2)が存在しており、それらが細胞内でさまざまな役割を分担することにより、生命が維持されている。それぞれの細胞小器官がきちんとはたらくためには、そこで機能するべきタンパク質が、それぞれの正しい目的地に輸送されることが必要である。細胞小器官ではたらくタンパク質の多くは、タンパク質工場の役割を担う小胞体という細胞小器官で合成され、その後それぞれの目的地へと輸送される。この輸送を担うのが、2013年のノーベル医学生理学賞の授賞対象となった"膜交通"(注3)と呼ばれる仕組みである。
植物の細胞の中にも、液胞をはじめとするたくさんの種類の細胞小器官が存在し、それらは膜交通により互いに物質のやりとりをおこなっている。植物の液胞は、動物のリソソームや酵母の液胞と同じように不要物を分解するはたらきをもっている。これに加え、液胞は大豆や米ではタンパク質を貯蔵したり、ミカンやブドウの果実においては糖や有機酸、色素などを貯蔵したりする役割をもっており、ヒトの生活に深く関わる細胞小器官である。また、植物の液胞には、細胞の体積を増やして植物のからだを大きくする役割もある。これらのはたらきは、動物のリソソームや菌類の液胞にはない、植物の液胞に独自のものである。このように複雑で多様な植物の液胞の機能を実現するためには、正確かつ大量にタンパク質を輸送する膜交通の仕組みが必要である。しかし、その仕組みについてはこれまであまり明らかにされていなかった。
上田准教授らの研究グループは、植物には動物のリソソーム輸送経路と共通の仕組みにより制御される液胞輸送の経路のほかに、植物が独自に開拓した経路が少なくとも2種類存在することを発見した。
研究グループは、RAB タンパク質(注4)と呼ばれる膜交通の制御タンパク質の解析を通して、植物の液胞への輸送の仕組みを明らかにすることを試みた。動物においては、RABタンパク質の仲間であるRAB5とRAB7が、リソソームへの輸送経路において連続してはたらいている。ここでRAB5とRAB7が連続してはたらくためには、SAND1とCCZ1という2つのタンパク質からなる複合体が必要不可欠である。そこで、シロイヌナズナにおけるSANDとCCZ1のタンパク質のはたらきを調べたところ、シロイヌナズナにもやはりSAND-CCZ1を介したRAB5とRAB7が連続してはたらく輸送経路が存在することが明らかとなった。
しかしながら、植物の液胞輸送の経路はそれだけではなかった。研究グループが、液胞への輸送に障害のあるさまざまなシロイヌナズナ変異体において液胞への輸送と液胞の形を詳細に調べたところ、RAB5-RAB7が連続してはたらく輸送経路の他に、RAB5は必要だがRAB7が必要でない経路と、RAB5とRAB7のどちらにも依存していないように見える輸送経路が存在していることが明らかになった。さらに、それぞれの経路で異なる種類のタンパク質が輸送されていることも判明した。この結果は、動物のリソソーム輸送経路と比べ、植物の液胞への輸送経路の仕組みが進化の過程で高度に複雑化してきたことを示している。
今後、それぞれの輸送経路の仕組みをさらに解明するとともに、それぞれの輸送経路でどのようなタンパク質が運ばれているかを明らかにすることができれば、将来植物の液胞へ自在に物質を輸送させることができるようになるかもしれない。 液胞の高機能化は、植物の生長を向上させるだけでなく、ヒトが利用している植物液胞の機能の向上にもつながるため、今後のさらなる研究の進展が期待される。なお本研究は、科学研究費補助金およびさきがけ(JST)の支援を受けておこなわれた。
発表雑誌
- 雑誌名
- 「Current Biology」(オンライン版)
- 論文タイトル
- Plant vacuolar trafficking occurs through distinctly regulated pathways
- 著者
- Kazuo Ebine, Takeshi Inoue, Jun Ito, Emi Ito, Tomohiro Uemura, Tatsuaki Goh, Hiroshi Abe, Ken Sato, Akihiko Nakano, and Takashi Ueda
- DOI番号
- doi.org/10.1016/j.cub.2014.05.004
用語解説
- 注1 リソソーム
- 動物細胞の中で,不要物の分解を担う細胞小器官(注2参照)。植物の液胞や酵母の液胞に対応する細胞小器官で、これらの細胞小器官には、pHが低い(酸性である)、大量の加水分解酵素を含むなど、共通した特徴がある。↑
- 注2 細胞小器官(オルガネラ)
- 真核生物の細胞の中に存在する膜で囲まれた袋状の構造物。それぞれ、タンパク質の合成、修飾、選別、分解など、異なる役割を持つ。↑
- 注3 膜交通
- 細胞小器官の間では、膜でできた小胞に必要なタンパク質を積み込み、これを輸送先である細胞小器官へと融合させることでタンパク質の輸送が行われている。この仕組みは小胞輸送と呼ばれる。最近は、小胞輸送以外にも、小管状の輸送中間体や、オルガネラ同士の接触を介したタンパク質の輸送の仕組みが存在することが明らかにされており、これらを含めた細胞小器官の間の輸送の仕組みが、膜交通と呼ばれる。↑
- 注4 RAB タンパク質
- Ras super familyに属する低分子量GTPaseの一群で、膜交通において輸送小胞と標的膜の接着の段階を制御している。植物には8つのグループのRAB タンパク質があり、それらがそれぞれ異なる膜交通経路で機能している。↑