原始宇宙の中性水素ガスの兆候を発見
発表者
- 戸谷 友則(東京大学大学院理学系研究科天文学専攻 教授)
発表のポイント
- 銀河間を満たす水素ガスが宇宙初期に電離されたという「宇宙再電離」に関して、再電離前に存在するべき中性水素ガスの兆候を、遠方のガンマ線バーストの観測から発見
- 今回発見した再電離前のガスの兆候は、これまでで最も不定性が少なく、直接的な方法で得られたものです。
- 人類による遠方(すなわち昔)の宇宙の観測が、ついに再電離が起こる前の時代に届き始めていることを示唆するもので、さらに大きな望遠鏡による観測へ弾みがつきます。
発表概要
宇宙に存在する元素の主成分は水素です。宇宙が約140億年前に誕生したとき、水素原子は原子核と電子がバラバラの電離状態にありました。その後、宇宙誕生後約40万年の時代に、温度低下により原子核と電子が結合して電気的に中性な原子になったことがわかっています。しかし、現在の宇宙の水素は再び電離状態にあり、宇宙誕生後約10億年の頃に、初代の銀河や星の形成に伴い水素ガスが電離された(宇宙再電離)と考えられていますが、詳しいことはまだよくわかっていません。特に、再電離が起こる前に存在したはずの中性水素ガスを検出するために遠方宇宙の観測が精力的に行われていますが、まだ決定的な証拠は得られていません。
今回、東京大学大学院理学系研究科の戸谷友則教授と国立天文台や東京工業大学などの研究者からなる研究チームは、宇宙誕生後10億年の時代に発生した、ガンマ線バースト(注1)と呼ばれる大質量星の爆発現象をすばる望遠鏡で詳細に解析し、中性原子の割合が高い水素ガスによってガンマ線バーストの光が吸収されている兆候を初めてとらえました。今回見つかった兆候は、これまでで最も不定性が少なく、直接的な方法で得られたものです。
本成果は、人類による遠方宇宙の観測が、再電離よりさらに昔の時代に踏み込みつつあることを示唆するものです。
発表内容
約140億年前に誕生した宇宙の中で、ダークマター(暗黒物質)やダークエネルギー(暗黒エネルギー)と言った未知の組成を除いた、通常物質(元素)の中で支配的な成分は水素です。 宇宙誕生直後の高温下では水素などの原子は原子核と電子がバラバラの電離状態にありました。その後、宇宙誕生後約40万年の時代に、温度低下により原子核と電子が結合して電気的に中性な原子になりました。 (これを「宇宙の晴れ上がり」と呼びます。) しかし、現在の宇宙の水素の大半は薄い銀河間ガスとして存在し、再び電離状態にあることがわかっています。 晴れ上がり以降のどこかの時点で、水素が電離された時代があったはずで、「宇宙再電離」と呼ばれています。 これがいつどのように起こったかはまだ明らかになっていませんが、有力なシナリオは宇宙誕生後約10億年の頃に、初代の銀河や星が形成されはじめ、それらが放つ紫外線により水素ガスが電離されたというものです。 したがって、再電離がいつ、どのように起きたかを明らかにすることは、初代の銀河がどのようにできたのかを知る上でも大変重要なのです。
宇宙では遠方を観測することは過去の宇宙の様子を見ることですが、近年の大望遠鏡の活躍で宇宙誕生後約10億年の頃の銀河やクエーサー(注2)、ガンマ線バースト(注1)が観測され始めています。 これらの観測がすでに再電離の時代にさしかかっているのであれば、再電離が起こる前に存在したはずの中性水素ガスがこうした遠方天体の周囲に存在することが期待されます。 そのような中性水素ガスを検出するために、遠方天体の解析がさまざまな手法で行われていますが、まだ中性水素ガスの決定的な証拠は得られていません。
こうした探査は、これまでは主に銀河やクエーサーで行われてきました。 銀河を用いる方法は、中性水素ガスの影響で銀河が見えにくくなるため、数が減って見える効果を使った間接的な方法で、理論的不定性が大きく強い結論が出しにくいという弱点があります。 クエーサーによる方法は、可視光スペクトルに現れる中性水素による吸収を直接見るものですが、クエーサーは宇宙の中でも最も銀河形成が進んだ特殊な場所にあり、また、自身の強力な光で周囲を電離してしまう効果もあって、平均的な宇宙の水素ガスの中性度を精密に測定するには不向きな面があります。 ガンマ線バーストを用いると、クエーサーと同様に中性水素を直接見られるという利点だけでなく、クエーサーの弱点を克服できるため、ガンマ線バーストを用いた宇宙再電離研究が世界的に期待されていました。 しかし、精密な解析が可能なほど明るいガンマ線バーストの発生頻度が低いことにより、強い結果が得られていませんでした。 これまでにガンマ線バーストから再電離について情報が得られた唯一のケースは2005年の GRB 050904 で、実はこのときの観測データも今回と同じ日本チームにより、すばる望遠鏡で得られたものです。 このときは銀河間の中性水素の兆候は見つからず、この時代にすでに電離がかなり進んでいるということだけが導かれました。 それでも歴史的な成果と評価され、論文 (Totani et al. 2006, PASJ, vol. 58, p485, 2006) は現在までに160回以上引用されています。
今回、東京大学・国立天文台・東京工業大学などの研究者からなる研究チームは、2013年6月6日に発生した GRB 130606Aというガンマ線バーストの可視光スペクトル(注3)を高精度で測定しました。 赤方偏移(注4) 5.913 という、再電離期に近い遠方宇宙で発生しながら、極めて明るい可視残光であったため、ガンマ線バーストによる宇宙再電離研究のために理想的な事例となりました。 精密解析の結果、周囲にある中性水素ガスによる吸収のためにスペクトルの形がわずかに変形していることがわかりました。 (統計的有意性は約99%、つまりこの兆候が統計的な偶然である可能性は1%以下です。) 研究チームは、スペクトルから読み取れるさまざまな情報を駆使して、この中性水素成分は、ガンマ線バーストの周囲の銀河間空間に中性度10%以上(全ての水素原子核のうち、10%以上が中性原子)の水素ガスが存在しているという解釈が最も自然であることを見いだしました。 ガンマ線バーストの周囲でこれほど中性度の高い銀河間ガスの兆候は、今回初めて見つかったもので、この時代に再電離前の中性水素ガスがまだ残っていることを示唆しています。
今回の結果は、人類による遠方宇宙の観測が、再電離よりさらに昔の時代に踏み込みつつあることを示唆するものであり、次世代宇宙望遠鏡や地上の30m級望遠鏡など、将来のより大きな望遠鏡で原始宇宙での銀河形成の様子がさらに明らかになることが期待されます。 また、2005年のケースに引き続き、ガンマ線バーストから再電離を探るこれまでの2例の研究が全て日本のすばる望遠鏡チームによって達成されたという点は、この新しい分野の開拓において日本の存在感を大きく高めたと考えられます。 本研究は平成19年度発足の科学研究費特定領域(領域番号468)「ガンマ線バーストで読み解く太古の宇宙」から補助を受けています。
発表雑誌
- 雑誌名
- Publications of Astronomical Society of Japan
- 論文タイトル
- Probing Intergalactic Neutral Hydrogen by the Lyman Alpha Red Damping Wing of Gamma-Ray Burst 130606A Afterglow Spectrum at z = 5.913
- 著者
- Totani, Tomonori; Aoki, Kentaro; Hattori, Takashi; Kosugi, George; Niino, Yuu; Hashimoto, Tetsuya; Kawai, Nobuyuki; Ohta, Kouji; Sakamoto, Takanori; Yamada, Toru
- アブストラクトURL
- http://ads.nao.ac.jp/abs/2013arXiv1312.3934T

今回観測された、宇宙誕生後約10億年の時代(赤方偏移 z=5.913)に発生したガンマ線バースト GRB 130606A の可視光残光のスペクトル(光の波長毎に分けた強度)。遠方の天体からの光は波長が 1+z 倍に伸びて見えるので、1215Åの水素のライマンα線は、8400Å付近になります。 この波長より短波長側の光は、ガンマ線バーストの現場ではライマンα線より短波長ですが、宇宙空間を伝搬して我々に届くまでのどこかの地点でライマンα線の波長になり、そこでその場所の中性水素原子に吸収されます。上の図で8400Åより短波長の光がほとんど吸収されているのはこのためで、このガンマ線バーストが非常な遠方であることの証拠です。ただし、ライマンα線の吸収は非常に強く、視線上の水素ガスの中性度が0.1%を越えると、上図のように、光は完全に吸収されてしまいます。ですので、これだけでは中性度が0.1%というほぼ電離した状態なのか、あるいは中性度が1に近い、再電離前の水素ガスなのか、区別がつきません。そこで今回着目したのが、赤線で囲った「減衰翼」と呼ばれる部分です。これはライマンα線の吸収の裾野が見えているもので、これを詳細に解析すれば、中性度が1に近いガスがガンマ線バーストの周囲に存在するのかどうか、判別できます。今回の解析の結果、実際に中性度10%以上という中性に近い水素ガスが周囲の銀河間空間に存在している兆候が得られました。
用語解説
- 注1 ガンマ線バースト
- ガンマ線で数秒から数十秒の間、突然明るく輝く突発天体現象。宇宙論的な遠方(およそ百億光年以上)で発生している、極めてエネルギーの大きな爆発現象です。継続時間が約2秒より長いものと短いものの二種に分かれ、今回のGRB130606Aが含まれる長い方の種族は、太陽よりはるかに大質量の星が超新星爆発を起こす際、ジェットと呼ばれるほぼ光速で細く絞られた物質流を吹き出し、それを正面から観測した際にガンマ線バーストになると考えられています。普通の超新星に比べるとずっと希な現象ですが、解放されるエネルギーもはるかに大きいものです。http://tac.astron.s.u-tokyo.ac.jp/~totani/grb_image/index.html に想像図と解説あり。↑
- 注2 クエーサー
- 銀河の中心の巨大ブラックホールにガスが降着して輝く活動銀河中心核の一種。極めて明るく遠方からでも観測できるため、長年、遠方宇宙の探索に使われてきました。↑
- 注3 可視光スペクトル
- 光を波長毎に分けて解析するものをスペクトルといいます。プリズムで光が虹色に分かれるのと同じです。スペクトルを取得する観測を「分光観測」と言います。これに対し空を画像として撮影することを「撮像観測」と言います。一般に、光を細かに分ける分光観測は、より明るい天体あるいは長時間の観測時間が必要となります。↑
- 注4 赤方偏移
- 宇宙の膨張の効果で、遠方天体からの光は波長が延びて(赤くなって)観測されます。波長が(1+z)倍に延びた天体の赤方偏移をzと定義します。今回の天体はz=5.913、すなわち、本来1216Åの水素のライマンα線が8406Åになって観測されていて、時間的には宇宙誕生後約10億年の時代に相当します。遠方の天体ほど赤方偏移が大きく、より初期の宇宙から観測されていることになります。↑