2014/3/4 (配信日3/4)

新たに見つかった子宮内での精子選抜機構

— 精液は子宮内で精子を守る —
※本件は、国立成育医療研究センターから配信された案件です。

発表者

  • 河野 菜摘子(国立成育医療研究センター生殖・細胞医療研究部/学振特別研究員)
  • 宮戸 健二(国立成育医療研究センター生殖・細胞医療研究部/室長)
  • 吉田 薫(桐蔭横浜大学先端医用工学センター/講師)
  • 吉田 学(東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所/准教授)

発表のポイント

  • どのような成果を出したのか
    • 精嚢から分泌される精漿タンパク質SVS2を欠損したオスマウスの精子は正常だが、体内では卵に受精できず、産仔が得られない。
    • SVS2が結合していない精子は子宮内の殺精子因子によって死滅する。このメスの殺精子作用(攻撃)と精漿による保護作用(防御)のバランスが子宮内精子の選抜機構となる。
  • 新規性(何が新しいのか)
    子宮内では精子は常に殺作用に晒されていること、精液の一成分がこの子宮の殺精子作用から精子を守っていることを初めて示した。
  • 社会的意義/将来の展望
    受精に関わる精漿の役割の一端が明らかになったことで、将来的にヒトでも男性不妊の原因解明につながり、さらに新たな治療法の開発が期待できる。

発表概要

ヒトを含む哺乳類では、精子はメス体内の腟、子宮を通過して卵管に進入し、卵管内で待っている卵へたどり着いて受精が成立します。古くから、卵管まで進入した精子の受精能は高いこと、精漿には精子の受精能を抑制する働きがあることは知られていましたが、メス生殖器内での精子の受精能を調節する機構は不明でした。

今回、(独)国立成育医療研究センター生殖・細胞医療研究部の河野菜摘子研究員、宮戸健二室長と、東京大学理学系研究科の吉田学准教授、桐蔭横浜大学の吉田薫講師らの共同研究グループは、精嚢から分泌される精漿タンパク質Seminal Vesicle Secretion 2 (SVS2)を欠損したオスマウスを用いて、交尾後のメス生殖器内での精子の挙動を詳細に調べました。その結果、子宮には精子の受精能を高める働きはなく、逆に精子を殺して排除しようとする働きがあること、SVS2は精子の細胞膜を保護することで子宮の殺精子作用から精子を保護し、卵の待つ卵管へ精子を送り届ける作用があることが明らかになりました。即ち、メスとオスによる精子への攻撃と防御のバランスが子宮内での競合的な精子選抜を引き起こし、これによって選ばれた精子が卵管で待つ卵と受精可能となる仕組みがあると考えられ、この結果は子宮と精漿の役割に関するこれまでの知見を覆すものでした。

SVS2の相同遺伝子はヒトにも存在し同様の機能を持つと予測されます。従ってヒトにおいても子宮内での精子への攻撃と防御のバランスが崩れると不妊になる可能性があります。今後は、今回の成果をさらに発展させ、ヒトの不妊の原因究明および新たな治療法の開発に繋げていきたいと考えています。

発表内容

図1

図1:メス生殖器におけるSVS2の精子保護機能

精液中にSVS2が存在する場合、精子はSVS2を表面にまとい子宮でも生存可能となる(a)。SVS2が存在しない場合、子宮の殺精子因子によって精子は死滅する(b)。(a)で見られたSVS2による精子の保護および(b)で見られた子宮の殺精子効果のバランスによって精子は選抜される仕組みがあると考えられる。

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1. 精漿タンパク質SVS2は体内受精に必要である

多くの動物において、精子は卵に受精するために非常に特化した形態・機能を有しており、精子形成が完了した時点で転写および翻訳は行われていないと考えられています。精子とともにメス生殖器へ運ばれる精漿には、精子の運動能や受精能を制御し、受精効率を高める働きがあると古くから考えられてきましたが、実際に体内で観察を行うのは困難でした。(独)国立成育医療研究センター生殖・細胞医療研究部の河野菜摘子研究員、宮戸健二室長と、東京大学理学系研究科の吉田学准教授、桐蔭横浜大学の吉田薫講師らの共同研究グループは、精漿(注1)に多く含まれている精嚢(注2)分泌タンパク質SVS2を欠損させたオスマウスを用いて体内受精の仕組みを解析しました。

SVS2を欠損させたオスマウスの精子は、野生型のオスと同様に体外受精では高い受精率を示しましたが、自然交配では産仔がほとんど得られませんでした。その原因の一つとして、腟栓(注3)の形成不全が考えられましたが、腟栓の代替物としてシリコンを用いて人工授精を行ったところ、SVS2非存在下では依然として受精率が極めて低い結果を得ました。一方、同様の実験においてSVS2存在下では高い受精率を示したことから、SVS2は体内受精に必須な因子であることが明らかになりました。

2. 精漿タンパク質SVS2は子宮内精子を保護する

次に電子顕微鏡を用いて解析を行ったところ、SVS2非存在下では精子は子宮内で細胞膜が破壊され、死滅していることが明らかとなりました。回収した子宮内液を体外で精子に添加したところ、有意に精子の生存性が低下し、精子が凝集する様子が観察されました。これらの結果から、子宮内には精子を死滅させる液性因子が存在すること、また精漿中のSVS2はその因子から精子を保護する作用があることが明らかになりました。この結果は、精漿タンパク質が精子の受精能を制御するとする従来の考えに反する、予想外の結果となりました。

3. 研究の波及効果、今後の課題

以前の河野らの研究から、SVS2は精子の受精能を制御すると予想していましたが、今回の研究から子宮において殺精子因子から精子を保護する働きを持つことが明らかとなりました。このメスとオスによる精子の攻撃と防御のバランスが子宮内での競合的な精子選抜を引き起こし、これによって選ばれた精子が卵管で待つ卵と受精可能になる仕組みがあると考えられます。ヒトではSVS2の相同遺伝子であるSemenogelin-I, II (注4)が同様の機能を持つと予測されるため、ヒトにおける不妊原因の一つに精漿タンパク質または子宮内の殺精子因子が関与する可能性が考えられます。

発表雑誌

雑誌名
Proceeding of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル
Seminal vesicle protein SVS2 is required for sperm survival in the uterus
著者
Natsuko Kawano, Naoya Araki, Kaoru Yoshida, Taku Hibino, Naoko Ohnami, Maako Makino, Seiya Kanai, Hidetoshi Hasuwa, *Manabu Yoshida, *Kenji Miyado, Akihiro Umezawa (* corresponding author)
DOI番号
10.1073/pnas.1320715111
アブストラクトURL
http://www.pnas.org/content/early/2014/02/27/1320715111.abstract

用語解説

注1 精漿
精液における液性成分。精巣上体および副生殖腺からの分泌物で構成される。
注2 精嚢
副生殖腺器官の一つ。他に前立腺、尿道球線などがあるが、ヒトやマウスでは精液の約8割が精嚢由来だと言われている。
注3 腟栓
精嚢から分泌されたSVS2が前立腺のトランスグルタミナーゼによって架橋されることで、交尾後に腟内に形成される栓。マウスを含むげっ歯類および霊長類に見られる。
注4 Semenogelin-I, II
ヒト精嚢分泌タンパク質の一つ。精液のゲル化を引き起こし、精子の運動能や受精能を制御すると言われてきた。マウスSVS2の相同遺伝子であるが、アミノ酸の相同性は低い。進化速度の速い遺伝子であるため動物種の交尾形態によって変化してきたと考えられている。