メダカはずっとそばにいてくれた異性に恋をする
発表者
- 東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 助教 竹内秀明
- マサチューセッツ工科大学 日本学術振興会特別研究員SPD 奥山輝大
- 東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 博士課程2年 横井佐織
- 東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 博士課程1年 磯江泰子
発表のポイント
- メダカのメスは性行動の前に「そばにいたオス」を目で見て記憶し、積極的に性的パートナーとして選択することを発見した。
- 性的パートナーの選択の際に、中心的な役割を果たす分子や神経細胞を世界に先駆けて同定した。
- メダカの基礎研究からヒトの恋愛感情や他者を区別して記憶するための分子神経機構の進化的なルーツを探れる可能性が拓けた。
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の奥山輝大博士(現マサチューセッツ工科大学)、竹内秀明助教らと基礎生物学研究所などからなる研究グループは、メダカのメスがそばにいた異性を目で見て記憶し、性的パートナーとして積極的に受け入れることを発見した。オスとメスを透明なガラスで仕切ってお見合いさせておくと、メスは目で見ていた「そばにいたオス」の求愛をすぐに受け入れ、他の恋敵のオスはメスをめぐる闘いに敗北する。さらに、性的パートナーを受け入れる際に、拒絶から受け入れへとモードを切り替えるための神経細胞を同定した。お見合いをすると、メスの脳では終神経GnRH3ニューロン(注1)とよばれる大型神経細胞の電気的活動が活性化し、この神経細胞がメスの「恋ごころスイッチ」として機能することが明らかになった。さらに、遺伝子操作により、この神経細胞の働きをコントロールすることで、メスがオスの求愛を受け入れるかどうかを人工的に操作することにも成功した。メダカの「恋ごころスイッチ」と同様の機能を持つ神経細胞をヒトの脳で探すことで、将来的にヒトが恋に落ちる仕組みがわかるかもしれない。
発表内容
1. メダカにおいて異性との面識の有無が性的パートナーを選択する決め手になる
ヒトを含む多くの動物において「相手を知っているか否か」という面識の有無が性的パートナーを選択する決め手になる例が数多くある。例えば、一夫一妻を営むハタネズミの一種は生活を共にするパートナーを他の異性と区別し、積極的に性的パートナーとして受け入れる。逆にグッピーは見知らぬ「新奇な異性」を性的パートナーとして選択する傾向がある。東京大学大学院理学系研究科の奥山輝大博士(現マサチューセッツ工科大学)、竹内秀明助教らと基礎生物学研究所成瀬清准教授、亀井保博特任准教授らの研究グループは、メダカのメスは「そばにいたオス」を目で見て記憶し、その求愛をすぐに受け入れることを見出した。さらに「そばにいたオス」と「見知らぬオス」をメスと一緒にすると、メスは両者を区別して、前者の求愛を積極的に受け入れることを見出した。このことからメダカは異性を目で見分けて記憶する能力を持っており、その能力に基づいて性的パートナーを選択すると示唆される。
2. 終神経GnRH3ニューロンが性的パートナーを受け入れるか否かを決定するスイッチとして働く
次に上記のメダカの性行動に異常が生じるメダカ変異体として「見知らぬオス」からの求愛をすぐに受け入れてしまう2種類のメダカ変異体(cxcr7, cxcr4) を同定した。これらのメダカ変異体において脳の神経回路に異常がないかを調べたところ、GnRH3脳内ホルモン(注2)を合成する大型神経細胞(終神経GnRH3ニューロン)の形態形成に異常が見つかった。そこで終神経GnRH3ニューロンが、メスにおける性的パートナーの選択にどのように関わるか検討した。まず、メスの終神経GnRH3ニューロンをレーザーで破壊すると、そのメスは変異体と同様に「見知らぬオス」の求愛をすぐに受け入れた。次に終神経GnRH3ニューロンの電気的な活動を記録した結果、特定のオスが長時間そばにいるとメス脳の終神経GnRH3ニューロンの神経活動(自発的に発火する頻度)が活発になることが分かった。このことから、終神経GnRH3ニューロンは通常状態では、「見知らぬオス」の求愛の受け入れを抑制する働きがある(破壊すると、受け入れを抑制できなくなる)が、神経活動が活性化すると「そばにいたオス」を性的パートナーとして受け入れるためのスイッチがオンになると示唆される。さらに、GnRH3脳内ホルモンの機能が欠損したメスのメダカ変異体を作製したところ、オスを長時間見ても、GnRH3ニューロンの神経活動は活性化せず、「そばにいたオス」の求愛をすぐに受け入れなかった。これらの結果から、GnRH3脳内ホルモンは終神経GnRH3ニューロン自身の神経活動を促進する働きがあり、性的パートナーを受け入れるスイッチをオンにするために必要であることが示された。
3. 研究の波及効果、今後の課題
本研究では、メダカにおいて異性を目で見て記憶し、性的パートナーとして積極的に受け入れる神経機構が解明された。これまでGnRHは、脳下垂体において生殖腺刺激ホルモンの分泌を促進し、生殖腺の機能を活性化するGnRH1としての働きのみが注目され精力的に研究されてきたが、本研究ではGnRH3が脳内ホルモンとして働き、性的パートナーの選択に関わることを初めて証明した。ヒトで機能的に類似する神経細胞を見つけることができれば、将来的にヒトが恋に落ちる神経機構や他者を覚えて区別するために必要な神経機構が見つかるかもしれない。
本研究は東京大学大学院理学系研究科の奥山輝大博士(現マサチューセッツ工科大学 日本学術振興会特別研究員SPD)、竹内秀明助教らが、基礎生物学研究所成瀬清准教授、亀井保博特任准教授らと共同で実施しました。本研究は基礎生物学研究所重点共同利用研究課題(10-104)、JSPS科研費(23300115)、日本学術振興会特別研究員制度、細胞科学研究財団育成助成制度、包括脳ネットワークによる助成により進められました。またナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)メダカから様々なバイオリソースの提供を受けました。
発表雑誌
- 雑誌名
- 「Science」
- 論文タイトル
- "A neural mechanism underlying mating preferences for familiar individuals in medaka fish"
- 著者
- Teruhiro Okuyama, Saori Yokoi, Hideki Abe, Yasuko Isoe, Yuji Suehiro, Haruka Imada, Minoru Tanaka, Takashi Kawasaki, Shunsuke Yuba, Yoshihito Taniguchi, Yasuhiro Kamei, Kataaki Okubo, Atsuko Shimada, Kiyoshi Naruse, Hiroyuki Takeda, Yoshitaka Oka, Takeo Kubo, Hideaki Takeuchi
映像制作:(株)ドキュメンタリーチャンネル・藤原英史 / 東京大学・竹内秀明
用語解説
- 注1 終神経GnRH3ニューロン
- ペプチド(多くのアミノ酸よりなる化学物質)を産生する神経細胞で、多くの脊椎動物脳に共通して存在する。今回Scienceに発表する論文の共著者でもある東京大学大学院理学系研究科の岡良隆教授によって同定され研究されてきた。終神経とよばれる部位に神経細胞体が存在し、脳内に極めて広く軸索を延ばしてGnRH3ペプチドを放出することにより、広範囲の脳部位の機能修飾にかかわると考えられている。↑
- 注2 GnRH3
- GnRH (生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン) は10個のアミノ酸 からなるペプチドホルモンであり、そのペプチドをコードする遺伝子がメダカなどでは3種類(gnrh1, gnrh2, gnrh3)存在する。gnrh1~3はそれぞれ脳の視索前野、中脳、終神経とよばれる部位のみに発現する。今回研究対象となったGnRH3ニューロンは、生殖医療分野でもよく知られる視索前野のGnRH1ニューロン(下垂体からの生殖腺刺激ホルモン放出を促進する働きを持つ)とは、構造も機能も異なることが、岡教授らの研究でよくわかっている。↑