2013/12/25

顔料が高性能な電子材料に

— 高い電子移動度を示すアナターゼ型酸窒化タンタルを合成 —

発表者

  • 長谷川哲也(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)
  • 廣瀬靖(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 助教)
  • 鈴木温(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士課程1年)

発表のポイント

  • 顔料や光触媒として応用が研究されている酸窒化タンタル(TaON)が高性能な半導体材料であることを発見しました。
  • アナターゼ型の結晶構造を持つTaONの高品質な単結晶薄膜を世界で初めて合成しました。
  • アナターゼ型TaONは太陽電池や発光ダイオードなどの光デバイスの電極や水素発生用の光触媒への応用が、酸窒化物単結晶薄膜の合成技術は新材料の開発に役立つと期待されます。

発表概要

酸窒化タンタル(TaON、Ta:タンタル、O:酸素、N:窒素)は重金属を含まない顔料や光触媒としての応用が研究されています。TaONは透明導電膜や光触媒として応用されているアナターゼ型(注1)の酸化チタン(TiO2、Ti:チタン)と同じ結晶構造を持つことが知られています。しかし、これまでに合成されたアナターゼ型のTaONは、添加剤を多量に含む微細な粉末に限られていたため、その電気的性質を測定することができませんでした。

今回、東京大学大学院理学系研究科化学専攻の長谷川哲也 教授、廣瀬靖 助教、鈴木温 大学院生(博士課程1年)らの研究グループは、アナターゼ型のTaONの単結晶薄膜を合成することに世界で初めて成功し、高い電子移動度(注2)を示す高性能な半導体材料であることを明らかにしました。

アナターゼ型のTaONは、発光ダイオードや太陽電池などの光デバイスの透明電極や水素発生用の光触媒材料などに応用できると期待されます。また、アナターゼ型のTaONの単結晶薄膜を合成する技術は他の酸窒化物にも適用できるため、新たな電子デバイス材料の開発に貢献する手法として期待されます。

発表内容

図1

図1:アナターゼ型のTaONの単結晶薄膜の断面を透過型電子顕微鏡でとらえた画像(左)とその結晶構造の模式図(中央)。バデライト型のTaONの結晶構造の模式図もあわせて示す(右)。

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金属と酸素(O)、窒素(N)からなる酸窒化物は重金属を含まない顔料や光触媒材料として10年ほど前から盛んに研究されてきました。一方、合成された酸窒化物が微細な粉末に限られるために電気的性質の測定は一般に困難で、あまり知られていません。

酸窒化タンタル(TaON)は代表的な金属酸窒化物で、通常は最も安定なバデライト型(注3)の結晶構造をとりますが、いくつかの準安定な結晶構造を取ることが実験や理論計算によって報告されています。これらの準安定構造の中で、アナターゼ型のTaONは光触媒や透明導電膜として応用されているアナターゼ型酸化チタン(TiO2)と結晶構造と電子配置が同一のため、高い電気伝導性や光触媒活性が期待されます。しかし、準安定な構造をもつアナターゼ型TaONの合成にはマグネシウム(Mg)やスカンジウム(Sc)といった添加剤を多量に加える必要がありました。これらの添加剤は、TaONの電気的な性質を大きく歪めてしまう可能性があります。

今回、研究グループは試料の形状や添加剤による影響の問題を解決するために、格子定数の一致する単結晶基板上へのエピタキシャル成長(注4)によってアナターゼ型TaONの合成を試みました。試料の合成には窒素プラズマ支援パルスレーザー堆積法(注5)を用い、紫外レーザーで気化させた酸化タンタル(Ta2O5)と窒素ラジカル(注6)をLSAT(La0.3Sr0.7Al0.65Ta0.35O3)と呼ばれる酸化物単結晶上で反応させました。結晶成長の温度や結晶中の酸素量と窒素量の比などのパラメータを最適化した結果、アナターゼ型のTaONの単結晶薄膜(厚さ約40 nm)を合成することに世界で初めて成功しました(図1)。

合成した薄膜の電気的な特性を評価したところ、結晶中の酸素や窒素をわずかに欠損させることで電子の濃度を調整することができ、優れた電気伝導性を示す半導体であることを発見しました(図2)。半導体材料における電気伝導性の指標である電子移動度は、室温で約17 cm2V-1s-1で、透明導電体として応用されているアナターゼ型のTiO2と同程度の高い値でした(図3)。

アナターゼ型のTaONは青色の光を吸収しますが、可視光領域での屈折率が約3と非常に高いため、シリコン(Si)や化合物半導体との界面での光反射による損失が小さくなります。このため、発光素子や太陽電池などの光デバイスの透明電極として用いると高効率化が期待できます。また、高い電子移動度は電子デバイス材料としてだけではなく、水素発生用の光触媒や半導体光電極としての有効性も示唆しています。

今回開発した単結晶薄膜のエピタキシャル成長技術は他の金属酸窒化物にも適用できるため、これまであまり知られていなかった金属酸窒化物の電気的な特性の理解を深め、顔料や触媒材料として考えられていた物質の中から高性能な電子材料が新たに見つかる可能性が期待されます。

本研究の一部は、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)研究領域の「元素戦略を基軸とする物質・材料の革新的機能の創出」 (研究総括:玉尾皓平理研グローバル研究クラスタ長)の研究課題「軽元素を活用した機能性電子材料の創出」および、公益財団法人 神奈川科学技術アカデミー「透明機能材料」グループの研究の一環として実施されました。また、試料評価の一部は文部科学省の支援を受けた東京大学先端ナノ計測ハブ拠点、東京大学大学院工学系研究科、筑波大学研究基盤総合センターにて行いました。

発表雑誌

雑誌名
Chemistry of Materials
論文タイトル
High-Mobility Electron Conduction in Oxynitride: Anatase TaON
著者
Atsushi Suzuki, Yasushi Hirose, Daichi Oka, Shoichiro Nakao, Tomoteru Fukumura, Satoshi Ishii, Kimikazu Sasa, Hiroyuki Matsuzaki, and Tetsuya Hasegawa
DOI番号
10.1021/cm402720d
アブストラクトURL
http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/cm402720d

図2:アナターゼ型のTaONの単結晶薄膜の透明性(上)と電気伝導性(下)

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図3:異なる条件で作製したアナターゼ型のTaONの電気特性の温度による変化。電気特性として、(a)電気抵抗率、(b)電子密度、(c)電子移動度を測定した。

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用語解説

注1 アナターゼ(Anatase)型結晶構造
TiO2の代表的な結晶構造の一つで、天然の鉱物は鋭錐石とも呼ばれる。金属陽イオンに6つの陰イオン が配位した八面体が稜を共有して3次元的に連なっている(図1中央)。TiO2以外にアナターゼ型の結晶構造を取る物質は非常に少ない。
注2 電子移動度
半導体中での電子の動きやすさ。この値が大きいほど電子が高速に移動でき、電気伝導度が高くなる。
注3 バデライト(Baddeleyite)型結晶構造
酸化ジルコニウム(ZrO2)鉱物(バッデリ石)に代表される結晶構造。金属陽イオンに7つの陰イオン が配位した十面体が稜を共有して3次元的に連なっている(図1右)。
注4 エピタキシャル成長
格子定数が一致した単結晶基板結晶の上に、類似の結晶構造を持つ薄膜結晶を成長させる手法
注5 窒素プラズマ支援パルスレーザー堆積法
窒素ガスに高周波電圧を印加して反応性の高い窒素ラジカル(注6)に分解し、紫外レーザーで気化させた原料物質と反応させて薄膜を合成する手法。
注6 窒素ラジカル
窒素は通常N2分子として存在し、分子中の全ての電子は対を形成して安定である。窒素ラジカルとはN2分子を原子状に分解したもので、対を形成していない電子を含むために化学反応を起こしやすい。