2013/12/12 (配信日12/9)

世界最小の多細胞生物の発掘

— 4細胞で2億年間ハッピーな生きた化石 "しあわせ藻" —

発表者

  • 新垣 陽子 (東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 博士課程1年)
  • 豊岡 博子 (東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 特任研究員)
  • 野崎 久義 (東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 4個の細胞からなるシンプルな生物、"しあわせ藻"(シアワセモ)の形態が多細胞生物としての基本的な特徴を持つことを世界で初めて明らかにしました。
  • 世界最小の多細胞生物の発見は単細胞生物と多細胞生物の境界を明確に定義し、生物学の教科書の刷新をもたらす成果です。
  • 最もシンプルな多細胞生物 シアワセモを今後の研究に用いることで、単細胞生物から多細胞生物への進化の過程が分子レベルで解明されると期待されます。

発表概要

私たちヒトのような複数の細胞から構成される多細胞生物は、単細胞生物から進化したと考えられています。このような単細胞生物から多細胞生物への転換は、さまざまな真核生物で起きたと推測されていますが、そのメカニズムは謎に包まれています。緑藻の群体性ボルボックス目は単細胞生物から多細胞生物の中間段階にあたる種が現存するため、単細胞生物から多細胞生物への転換を明らかにする格好の生物群(モデル生物群)です。

今回、東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻の新垣陽子大学院生(博士課程1年) と野崎久義准教授らの研究グループは、群体性ボルボックス目(注1)の中で4細胞性と最も細胞数が少なく、かつ約2億年前という最も初期に出現したシアワセモ("しあわせ藻"[今回研究グループが命名]、学名 Tetrabaena socialis(注2)を用いて、多細胞生物としての基本的な形の特徴を発見しました。シアワセモでは各細胞が個体の一部分として機能するために単細胞生物とは異なる細胞構造を持っていること、4細胞が統一のとれたきれいな四葉のクローバー型の配置を作りだすために発生の初期に娘細胞同士が原形質の架橋構造で連絡していることが明らかになりました。

4細胞の多細胞生物は現在知られているものの中で最も細胞数が少ないシンプルな多細胞生物で、群体性ボルボックス目が進化し始めた2億年前から存続している初期多細胞生物の "生きた化石" であるとも言えます。今後シアワセモを用いることによって、単細胞生物から多細胞生物への進化の過程を分子レベルで解明する研究の進展が期待されます。

発表内容

図1

図1:単細胞生物クラミドモナスと群体性ボルボックス目の系統関係の模式図。

これらの生物の多細胞化は約2億年前に起きたと推定されており、単細胞生物のクラミドモナスから多細胞生物のボルボックスまで、多細胞化を現時点で段階的に研究できる "タイムマシン生物群" とも言われる(文献6)。クラミドモナス (Chlamydomonas reinhardtii)、 シアワセモ( "しあわせ藻" Tetrabaena socialis)、ゴニウム (Gonium pectorale)、 アストレフォメネ (Astrephomene gubernaculifera)、 パンドリナ (Pandorina morum)、 ユードリナ (Eudorina elegans)、 プレオドリナ (Pleodorina japonica)、 ボルボックス (Volvox carteri)。系統関係は(文献 5, 6) に基づいて作成。

拡大画像

図2

図2:シアワセモの光学顕微鏡像と模式図。

(A) 4細胞の鞭毛に焦点を合わせた光学顕微鏡像。各細胞から2本ずつ長さの等しい鞭毛が伸びている。(B) 4細胞の細胞中央部に焦点を合わせた光学顕微鏡像。各細胞に1個ずつ眼点と呼ばれる光を受容する感覚器官を持っている (矢尻)。(C) シアワセモを鞭毛側から見たときの模式図。(D) 4細胞を側面から見た光学顕微鏡像。細胞中央表面に眼点 (矢尻)がある。(E) 4細胞の側面からの模式図。鞭毛直下に核、その核を包むようにカップ型の葉緑体、葉緑体表面に眼点がある。本研究の成果に基づいて作成。黒色のスケールバーは10μm(マイクロメートル)。

拡大画像

緑藻の群体性ボルボックス目と近縁な生物群では、単細胞のクラミドモナスから500以上の細胞から構成されるボルボックスにいたるまで、単細胞生物から多細胞細胞生物の中間段階にあたる種が現存します。そのため、これら現存する生物同士を比較して実験生物学的に単細胞生物から多細胞細胞生物の進化の過程を研究できるモデル生物群であるとされています (図1)。東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻の野崎准教授らは、群体性ボルボックス目を対象にした研究は、多細胞動物や陸上植物に共通する発展的な形質の起源と進化が解明できるとの考えのもと、これまでにオスとメスの進化を遺伝子・ゲノムレベル明らかにしてきました(文献1, 2)。今回は進化生物学で長年謎に包まれていた単細胞生物から多細胞生物への転換のメカニズムを解明する目的で、群体性ボルボックス目の中で最も細胞数の少ない4細胞性のシアワセモ("しあわせ藻"、学名 Tetrabaena socialis)に注目しました(図1)。シアワセモは日本や南極をも含む世界各地に分布する淡水藻類で、4個の細胞が四葉のクローバーのようにきれいに並んで見えます(図2)。最近の研究によればシアワセモは群体性ボルボックスの中で最も初期、今から約2億年前に出現したと考えられています(図1)(文献3, 4)。

シアワセモを含む群体性ボルボックス目は、単細胞生物のクラミドモナスに似た細胞が、細胞壁で結合しています(図1, 2)。しかし、多細胞生物が1個体として成り立つためには、各細胞が全体の部分として機能する必要があり、単細胞生物とは異なる細胞構造をとります。また、群体性ボルボックス目は生殖細胞が体細胞分裂で親と同じ細胞数まで増殖して次の世代(娘群体)となります。この過程で分裂直後の娘細胞同士が互いに連絡して多細胞体全体の形が作られ維持されます。ゴニウムやボルボックスなどの細胞数の多い種では、原形質間架橋と呼ばれる架橋構造で分裂直後の娘細胞同士が連絡しています。このような「個体の部分としての細胞構造」と「細胞同士の連絡のための構造」という2つの特徴は、多細胞生物の基本的かつ重要なものと考えられています (文献5)。しかし、米国の研究グループのように(文献4)4細胞性シアワセモは多細胞生物に特徴的なこれらの構造をもたない、4個 の単細胞生物が集合しただけの生物と解釈され、シアワセモではこれらの特徴の有無について、これまで調べられていませんでし た。

今回新垣大学院生と野崎准教授らの研究グループは、シアワセモの同調培養系(注3)を確立し、特定の細胞構造のタンパク質を染色する免疫蛍光染色法(注4)で観察したところ、シアワセモは単細胞生物であるクラミドモナスとは異なる特徴を備えていることが明らかとなりました (図3)。クラミドモナスは回転対称な鞭毛の根元を含む細胞構造を持ちますが、シアワセモは多細胞生物であるゴニウムやボルボックスと同様に非回転対称な細胞構造を持っており、シアワセモの4個の細胞がそれぞれ多細胞個体の一部として機能していることが示唆されました。さらに、透過型電子顕微鏡(TEM)(注5)を使ってシアワセモの娘群体の発生中の細胞を観察すると、娘細胞同士が原形質間架橋で連絡していることが明らかとなりました(図4)。この原形質間架橋によりシアワセモの娘細胞同士が連絡し、きれいな四葉のクローバー型になれることがわかります。今回、シアワセモにおいて単細胞生物とは基本的に異なる「細胞構造」と「原形質間架橋」が観察されたことは、シアワセモが単に単細胞が4個寄り集まった生物ではなく、4個の細胞が統合されてひとつの多細胞生物を形作っていることを意味しています。また、これらの特徴は群体性ボルボックス目の細胞数の多いゴニウムやボルボックス等に見られる一般的なものであり、群体性ボルボックス目の多細胞化の最も初期の4細胞の段階で獲得されていたと推測されます。したがって、4個の細胞から成るシアワセモは、約2億年前に "幸運にも"4個の細胞が統合され、現在まで生き残った "生きた化石"であり、世界で最も細胞数の少ない多細胞生物であると言えます。

本研究により、シアワセモ が世界最小の多細胞生物であることが明らかとなりました。シアワセモは群体性ボルボックス目の中でも最も初期に出現した生物であり、本研究の成果は単細胞生物から多細胞生物への転換の初期段階を明らかにするものであり、進化の研究のブレイクスルーになるものです。クラミドモナスやボルボックスの全ゲノム情報はすでに解読、公開されており、現在野崎准教授らのグループは国際共同研究でシアワセモの全ゲノムの解読を進めています。これらのゲノム情報を比較することで、今回明らかになった多細胞化の初期で起きた形の進化を将来的にはゲノムレベルで理解できるようになると期待されます。

本研究は、東京大学大学院理学系研究科と名古屋大学、米国カンザス州立大学との共同研究で行われました。また、日本学術振興会特別研究員制度(新垣陽子25-9234)、科学研究費補助金(挑戦的萌芽研究、課題番号24657045、代表者 野崎久義; 基盤研究(A)、課題番号24247042、代表者 野崎久義)、ならびに「植物科学最先端研究拠点ネットワーク」の支援を受けました。

参照文献

  1. Nozaki H, Mori T, Misumi O, Matsunaga S, Kuroiwa T (2006) Males evolved from the dominant isogametic mating type. Curr Biol 16: 1018-1020
  2. Ferris P, Olson BJ, De Hoff PL, Douglass S, Casero D, Prochnik S, Geng S, Rai R, Grimwood J, Schmutz J, Nishii I, Hamaji T, Nozaki H, Pellegrini M, Umen JG (2010) Evolution of an Expanded Sex-Determining Locus in Volvox. Science 328: 351-353.
  3. Nozaki H, Misawa K, Kajita T, Kato M, Nohara S, Watanabe MM (2000) Origin and evolution of the colonial Volvocales (Chlorophyceae) as inferred from multiple, chloroplast gene sequences. Mol Phylogenet Evol 17:256-268.
  4. Herron MD, Hackett JD, Aylward FO, Michod RE (2009) Triassic origin and early radiation of multicellular volvocine algae. Proc. Nati Acad Sci U S A 106: 3254-3258.
  5. Kirk DL (2005) A twelve-step program for evolving multicellularity and a division of labor. BioEssays 27: 299-310.
  6. Hiraide R, Kawai-Toyooka H, Hamaji T, Matsuzaki R, Kawafune K, Abe J, Sekimoto H, Umen J, Nozaki H (2013) The evolution of male-female sexual dimorphism predates the gender-based divergence of the mating locus gene MAT3/RB. Mol Biol Evol 30: 1038-1040, cover.

発表雑誌

雑誌名
「PLOS ONE」(オンライン版:アメリカ東部時間12月11日)
論文タイトル
The Simplest Integrated Multicellular Organism Unveiled
著者
  • 新垣陽子 (東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 博士課程1年)
  • 豊岡博子 (東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 特任研究員)
  • 浜村有希 (名古屋大学 大学院理学系研究科 生命理学専攻 ライブイメージングセンター チーフコーディネーター)
  • 東山哲也 (名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所: WPI-ITbM、名古屋大学 ERATO東山ライブホロニクスプロジェクト 教授)
  • 苗加彰 (東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 修士課程2年)
  • 廣野雅文 (東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 准教授)
  • Bradley J. S. C. Olson (アメリカ カンザス州立大学 助教)
  • 野崎久義 (東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 准教授)
Yoko Arakaki, Hiroko Kawai-Toyooka, Yuki Hamamura, Tetsuya Higashiyama, Akira Noga, Masafumi Hirono, Bradley J. S. C. Olson, Hisayoshi Nozaki
アブストラクトURL
http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0081641

図3:単細胞性クラミドモナス、4細胞性シアワセモ、16細胞性ゴニウムのそれぞれの細胞。白色のスケールバーはすべて1 µm。

(A〜C) 細胞構造を鞭毛側から見た免疫蛍光染色像。白い矢尻で示した四方に伸びる赤色蛍光が細胞の中で骨格に相当する鞭毛の根元から伸びる構造である。(A) クラミドモナス。骨格構造が回転対称。*印は鞭毛。 (B) シアワセモ。骨格構造が非回転対称。(C) ゴニウム。骨格構造が非回転対称。シアワセモとゴニウムは単細胞性クラミドモナスとは異なる構造を持つ。(D〜F) 鞭毛の根元の免疫蛍光染色像。鞭毛が生じる根元の構造が緑色の蛍光として観察される。矢印が鞭毛の根元、黒い矢尻が次世代の鞭毛の根元である。(D) クラミドモナス。鞭毛の根元が近接している。(E) シアワセモ。鞭毛の根元が離れている。(F) ゴニウム。鞭毛の根元が離れている。多細胞化すると集合した細胞全体が個体として運動するため、各細胞は単細胞性の生物とは異なる構造を持つようになる。鞭毛の根元が離れるものその一つと考えられている。(G, H )クラミドモナスとシアワセモの細胞構造と回転遊泳の模式図。本研究の成果に基づいて作成。

拡大画像

図4:シアワセモの細胞分裂と発生初期の透過型電子顕微鏡 (TEM) 像。

(A, B) 同じ細胞を経時的に観察するための "タイムラプス撮影"した光学顕微鏡像。シアワセモの初期発生の細胞分裂の様子がわかる。黒色のスケールバーは5 µm。上段の数字は撮影開始からの経過時間。(A) シアワセモは、4つの細胞がそれぞれ2回分裂して娘群体を作る。 (B) (A) の黒枠内の細胞を拡大したもの。娘細胞同士が矢尻で示した部分で接続していると推測された。(C) 撮影開始から84分経過した細胞に相当するTEM像。左上の娘細胞が両隣の娘細胞と原形質間架橋で連絡している (矢尻)様子を捉えている。

拡大画像

用語解説

注1 群体性ボルボックス目
池や湖などの淡水域に生育する4細胞以上が集合した緑藻の一群。各細胞には葉緑体が1個ずつ含まれ、光合成を行う。また、各細胞は長さの等しい鞭毛を2本ずつ持ち、鞭毛で遊泳する(球状の種は球体の全面に鞭毛を持つが、球体の進行方向は決まっている)。単細胞のクラミドモナスのようなものから進化したと考えられており、500細胞以上からなるボルボックスと4細胞のシアワセモとの間に、プレオドリナやゴニウムなどの進化的に中間段階の種が現存するため、多細胞化研究のモデル生物群と考えられている。
注2 シアワセモ("しあわせ藻"、学名 Tetrabaena socialis
4細胞性の群体性ボルボックス目の1種。学名 Tetrabaena socialis。単細胞生物クラミドモナスに似た細胞が4個、四葉のクローバーの様に細胞壁で結合している。幸せの象徴である四葉のクローバー状の形と、2億年前に"幸運にも"多細胞化したということから、本プレスリリースで和名「シアワセモ」を名付けた。
注3 同調培養系
培養細胞の生育段階を均一にする培養系。今回は、細胞構造を観察するための成熟した細胞と原形質間架橋を観察するための分裂直後の細胞が必要だったため用いた。
注4 免疫蛍光染色法
生物体内に異物 (抗原) が侵入したときに働く免疫系では、特定の抗原に特定の抗体のみが反応して結合する抗原抗体反応という特徴が見られる。この抗原抗体反応を利用して、蛍光色素で標識した抗体を結合させることで特定の物質を可視化する方法。通常の光学顕微鏡ではなく、蛍光を検出できる蛍光顕微鏡などで観察を行う。
注5 透過型電子顕微鏡(TEM)
特殊な樹脂に細胞を埋め込み、厚さ50~100 nm(ナノメートル)に切り出した超薄切片を観察する電子顕微鏡。細胞などの微細構造の断面を詳細に観察できるため、現在の細胞学研究では重要な装置の一つある。