光の波面を90度スイッチングする光磁石!
発表者
- 大越慎一 (東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)
- 井元健太 (東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士課程3年)
- 所裕子 (元東京大学大学院理学系研究科化学専攻 特任助教、現在筑波大学数理物質系 准教授)
- 吉清まりえ (東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士課程1年)
- 高野慎二郎 (東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士課程1年)
- 生井飛鳥 (東京大学大学院理学系研究科化学専攻 助教)
発表のポイント
- キラル光磁石を初合成し、物質から出てくる光の波面を水平と垂直の間で可逆的に光スイッチングするという新現象を発見しました。
- 世界で初めてのキラル光磁石の開発成功例です。また、物質から出てくる光の波面を水平と垂直の間で可逆的に光スイッチングする現象も初めて報告します。
- 最先端の光科学と物質科学を融合させて達成された本成果は、光記録デバイスや光センサー、光コンピューター、光通信技術などへの応用が考えられます。
発表概要
光で物理的性質が変化する材料、特に光により直接的に磁性を変化(光スイッチング)できる磁性材料である「光磁石」は、磁場や熱を必要とせず非接触で磁気的な性質を変換できるため、開発が望まれています。
東京大学大学院理学系研究科化学専攻 大越慎一教授の研究グループは、光で応答する磁性材料にキラル(不斉)構造(注1)を付与することで、物質から出てくる光の波面(偏光面)(注2)を水平と垂直の間で可逆的に光スイッチングする新現象を発見しました。
研究グループが今回新しく開発した物質は鉄(Fe)イオンとニオブ(Nb)イオンをシアノ基 (-CN-)で3次元的に架橋したキラル構造をもつ磁石で、この物質に青色光 (波長 473 ナノメートル) と赤色光 (波長 785 ナノメートル) を交互に照射することで、可逆的に磁石の磁力を変えることができる新しいタイプの磁石です (以下、この新しい磁石をキラル光磁石と呼びます)。このキラル光磁石を用いて、非線形光学効果(注3)の一つである第2高調波 (物質にある波長の光を入射すると、半分の波長の光が出射してくる現象) の研究を行いました。その結果、光照射前の非磁石状態では、入射面に対して水平な波面の光入射に対して、垂直な波面の光の出射が観測されましたが、その状態に青色光を照射して磁石状態 (光磁石状態I) にすると、水平な波面の光の出射が観測されました。また、引き続き、赤色光を照射して磁力が弱い磁石状態 (光磁石状態II) にすると、垂直な波面の第2高調波に戻りました。このように、青色と赤色の光で磁石の状態を変えることで、第2高調波として出射される光の波面を可逆的に90度スイッチングすることに成功しました (図1)。これまでにキラル光磁石は報告例がなく、本物質が世界で初めての開発成功例となります。また、このような新しい物質を作り出したことで、キラリティと磁気的性質とが相関し、物質から出てくる光の波面が90度光スイッチングする現象の創出に成功しました。このスイッチング現象は、最先端の光科学と物質科学を融合させて初めて達成できたものであり、従来のファラデー効果とは全く異なった現象で、光記録デバイスや光センサー、光通信技術などへの応用が期待されます (大越慎一ら,特許出願2013-209102)。
本研究成果は、科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) 「プロセスインテグレーションに向けた高機能ナノ構造体の創出」研究領域 (研究総括:入江正浩 立教大学理学部教授) における研究課題「磁気化学を基盤とした新機能ナノ構造物質のボトムアップ創成」 (研究代表者:大越慎一) によって得られ、英国時間2013年11月24日(日) 午後6時に英国科学雑誌Nature Photonics (ネイチャー・フォトニクス) のオンライン速報版で公開されます。
発表内容

図1:a, キラル構造を有する光磁石 (キラル光磁石). b, キラル光磁石で観測される、物質から出射される光の波面の90度スイッチング現象.
に伴い、第2高調波 (SH) の光の波面が
のように光照射で90度スイッチングする現象.
オプトエレクトロニクス用材料として、光で物理的性質が変化する材料 (光相転移材料・光変換材料) の研究が現在活発に進められています。光により直接的に磁性をスイッチングできる磁性材料を開発できれば、磁場や熱を必要とせず非接触で磁気的な性質を変換でき、また高密度記録化も可能であるため、光メモリーや光コンピューターなどの光磁気メモリーや光アイソレター素子などへの応用が期待されています。
今回、大越教授らは、オクタシアノニオブ酸鉄(II) ブロモピリジン(Fe2[Nb(CN)8]・(4-BrC5H4N)8・2H2O)というキラル構造を有する3次元構造物質を開発しました (図2)。この物質は、光照射前は非磁石状態(注4)ですが、波長473 ナノメートル (nm) の青色光を照射すると、磁気相転移温度 (TC)(注5) が15 ケルビン (K、-258˚C)、保磁力 (Hc)(注6)が 3000 エルステッド (Oe) の磁石状態(注7)(光磁石状態I) に光相転移します。一方、波長785 nmの赤色光を照射するとTC = 12 K (-261˚C)、HC = 2100 Oeの磁石状態 (光磁石状態II) に光相転移します。また、光磁石状態Iと光磁石状態IIの間の相転移は青色光と赤色光照射により可逆的に繰り返すことが分かりました(図3)。この光スイッチング現象は、鉄(II)イオンのスピン状態が、低スピン状態 (S = 0)と高スピン状態 (S = 2) の間で光可逆的に相転移する光スピンクロスオーバー現象(注8)に由来します。このようなキラル構造をもつ光磁石 (以下、キラル光磁石と呼びます) は、世界で初めてです。
大越教授らは、このキラル光磁石を用いて非線形光学効果(注3)の一種である第2高調波 (SH) (入射光に対して波長が半分の光が出射する現象) の研究を行いました。まず、非磁石状態に、入射面に対して水平な波面 (偏光面)(注2)の光を入射したところ、この物質は、垂直な波面のSH光を出射しましたが (図4a)、青色光を照射して光磁石状態Iに光相転移させたものでは、波面が90度回転した水平な波面のSH光を出射することが分かりました (図4b)。また、引き続き赤色光を照射した場合は、元の垂直な波面のSH光の出射が観測されました (図4c)。本キラル光磁石では、青色光と赤色光で磁石の状態を変えることで、SH光の波面を可逆的に90度スイッチングすることに成功しました。このような第2高調波の光スイッチングはこれまでに報告例がなく、本物質が世界で初めての報告例です。
観測された90度光スイッチングのメカニズムは、以下のように説明されます。本物質の第2高調波は、キラル結晶構造に由来する成分 (結晶項) と磁性スピンに由来する成分 (磁性項) によります。前者は垂直な波面を、後者は水平な波面の第2高調波を作り出します。非磁石状態および光磁石状態IIの場合は、結晶項が主となるためSH光の波面は垂直となり、光磁石状態Iの場合は磁性項が主となるため波面は水平となります。通常の磁石のファラデー効果やカー効果などの磁気光学効果では、波面が回転する場合、楕円率変化も起こってしまうため、直線偏光は円偏光に変換されてしまいますが、本現象の場合は、楕円率変化が生じることなく、直線偏光がそのまま90度回転している点に特徴があります。このような現象は、最先端の光科学と物質科学を融合させて初めて達成できたものであり、光記録デバイスや光センサー、光コンピューター、光通信技術などへの応用が考えられます。
本研究は、Nature Photonicsの編集者からも注目されており、大越教授のインタビュー記事が近く同誌に掲載される予定です。
発表雑誌
- 雑誌名
- Nature Photonics (ネイチャー・フォトニクス)
- 論文タイトル
- 90-degree optical switching of output second-harmonic light in chiral photomagnet
- 論文タイトル訳
- キラル光磁石における第2高調波の90度光スイッチング
- 著者
- Shin-ichi Ohkoshi*, Shinjiro Takano, Kenta Imoto, Marie Yoshikiyo, Asuka Namai, Hiroko Tokoro
- DOI番号
- 10.1038/NPHOTON.2013.310

図2:Fe2[Nb(CN)8]・(4- BrC5H4N)8 ・2H2O の結晶構造. a, 単位格子. b, 非対称ユニット. c, 結晶内のらせん構造(赤線). 左側はキラル構造(+)体、右側はキラル構造(-)体.

図4:キラル光磁石で観測された光の波面90度スイッチング. a, 非磁石状態におけるSH強度の角度依存性. b, 光磁石状態IにおけるSH強度の角度依存性. c, 光磁石状態IIにおけるSH強度の角度依存性. 左図は実測データ、右図は模式図.
用語解説
- 注1 キラル(不斉)構造
- キラル構造とは右手と左手が重ね合わせられないように (図1a) 鏡像関係にあることをいう。↑
- 注2 偏光
- 光の電場成分が規則的な振動をする光のこと。特定の方向に振動する直線偏光や、円を描くように振動する円偏光などがある。↑
- 注3 非線形光学効果
- 物質に光を当てたときに起こる光学効果の大きさが、入射光強度 (光の電場の大きさ) に比例しない効果のことをいう。入射光電場の大きさの2乗、3乗に比例する光学効果を、それぞれ2次、3次の非線形光学効果と呼ぶ。物質にある波長の光を当てたとき、その半分の波長の光が物質から出射される現象を第2高調波発生 (Second Harmonic Generation: SHG) という。↑
- 注4 非磁石状態
- ここでいう非磁石状態とは、常磁性状態のことである。常磁性状態とは、熱ゆらぎによるスピンの乱れが強く、自発的な磁化が無い状態である。↑
- 注5 磁気相転移温度 (TC)
- スピンがバラバラな常磁性状態からスピンが秩序だった強磁性状態(いわゆる磁石)に相転移する温度。強磁性相転移温度あるいはキュリー温度ともいう。↑
- 注6 保磁力 (HC)
- ある方向に磁化された磁石を、磁化されていない状態に戻すために必要な反対向きの外部磁場の大きさ。磁気ヒステリシスの幅の1/2に相当する。↑
- 注7 磁石状態
- ここでいう磁石状態とは、強磁性状態のことである。強磁性状態とは、スピンの方向が揃って整列しており、全体として大きな磁気モーメントを持つ状態である。そのため、物質は自発磁化を持つ。スピンが平行に並んだフェロ磁性と、反平行に並んだフェリ磁性があり、本物質の強磁性状態はフェリ磁性である。↑
- 注8 光スピンクロスオーバー現象
- 金属イオンのスピン状態が、温度を下げることにより高スピン状態から低スピン状態に変化する現象をスピンクロスオーバー現象と呼ぶ。特に、鉄(II)イオンにおけるスピンクロスオーバー現象が知られており、FeII (高スピン; S = 2) からFeII (低スピン; S = 0) に変化する。また、光照射により低スピン状態と高スピン状態の間で転移する現象を光スピンクロスオーバー現象と呼ぶ。↑