2013/8/22 (配信日8/19)

採餌飛行をするミツバチの脳で活動する新規な神経細胞「中間型ケニヨン細胞」の発見

発表者

  • 金子九美(元・東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 博士課程大学院生)
  • 久保健雄(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授)

発表のポイント

  • ミツバチ脳の高次中枢(キノコ体)で発現する遺伝子mKastの解析から、キノコ体の新規な神経細胞「中間型ケニヨン細胞」を発見し、それが採餌飛行をする働き蜂で活動(神経興奮)することを発見した。
  • ミツバチ脳の高次中枢が、遺伝子発現プロフィル(強く発現する遺伝子の種類)の異なる3種類のケニヨン細胞から構成されることを発見し、その内の2種類が採餌飛行をするミツバチで活動することを示した。
  • 「中間型ケニヨン細胞」やmKastの機能解析は、ミツバチのダンスコミュニケーション(ダンス言語)の神経機構の理解に貢献すると期待される。

発表概要

花蜜や花粉を見つけて帰巣したミツバチの働き蜂は、採餌飛行時に記憶した餌場の距離と方向を、ダンスコミュニケーション(注1)により仲間に教えます。このコミュニケーション能力には、ミツバチの脳の高次中枢であるキノコ体(注2)が関与すると推察されていましたが、その仕組みについては分かっていません。一方、これまでキノコ体の傘(カップ型構造)の中には、細胞体の大きさで区別される2種類の神経細胞:大型と小型のケニヨン細胞(注3)、が存在すると考えられていました。

東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻の金子九美博士と久保健雄教授らのグループは今回、ミツバチ脳における新規遺伝子mKastの発現解析を通じて、大型と小型のケニヨン細胞の境界域にmKastを強く(選択的に)発現する新しい種類のケニヨン細胞が存在することを見いだし、これを「中間型ケニヨン細胞」と命名しました。さらに採餌飛行をする働き蜂の脳では、小型ケニヨン細胞に加えて、中間型ケニヨン細胞の一部が活動していることを世界に先駆けて示しました。今後、小型や中間型のケニヨン細胞、mKastの機能解析を進めることで、ミツバチのダンスコミュニケーションの神経機構の理解が深まると期待されます。

発表内容

図1

図1:ミツバチのダンスコミュニケーション

(A) 中央の尻を振っている働き蜂が尻振りダンスを踊り、周りの働き蜂はそのダンスに追従することで、ダンスの情報を読み取る。(B) 尻振りダンスでは垂直軸の上を巣から見た太陽の方向と見なし、そこから餌場の方向へのずれがダンス軸の左右への傾きとして表わされる。尻を振りながら直進するダンス時間が長いほど、巣から餌場への距離が遠いことを表す。

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花蜜や花粉を採集して帰巣したセイヨウミツバチ(Apis mellifera L.)の働き蜂は採餌飛行の際に記憶した餌場の位置をダンスコミュニケーションにより仲間に伝えます。ダンスコミュニケーションでは、巣から見た太陽の方向と餌場への方向のずれがダンス軸の垂直軸からの傾き、ダンス時間が巣から餌場への距離を示し、記号的コミュニケーションの一種とされています(図1)。ヒトの言語は記号的コミュニケーションの代表例ですが、記号的コミュニケーションを行う動物は稀で、その神経機構は不明です。ヒトの大脳皮質に言語能力を司る言語野があるように、あるいはミツバチの脳にも、ダンスコミュニケーション能力を司る「ダンス言語野」が存在するかもしれません。

ミツバチの脳には視覚中枢(視葉)、嗅覚中枢(触角葉)などの他、記憶・学習や感覚統合を司る高次中枢(キノコ体)が存在します(図2A)。キノコ体を構成する神経細胞はケニヨン細胞とよばれ、キノコ体の傘の内側の両端には細胞体が大きい大型、傘の内側の中央部には細胞体が小さい小型ケニヨン細胞が存在すると考えられてきました(図2B)。ミツバチでは他の多くの昆虫に比べてキノコ体が発達しており、高次行動と関連する可能性が推察されてきました。久保教授らのグループはこれまで、ミツバチの高次行動の神経基盤を探る目的で、ミツバチ脳のキノコ体で選択的に発現する遺伝子を検索し、大型と小型のケニヨン細胞のどちらかで選択的に発現する遺伝子を多数同定してきました。

ところが今回、金子博士らはミツバチ脳の視覚中枢の働きを調べる目的で視葉で選択的に発現する遺伝子を検索した結果、その内の一つ(mKast: middle type-Kenyon cell-preferential arrestin related protein と命名)が視葉で発現する他に、キノコ体で特徴的な発現パターンを示すことを見いだしました。さらにmKast遺伝子のミツバチ脳での発現パターンをin situ ハイブリダイゼーション法(注4)で調べたところ、mKastは大型と小型のケニヨン細胞の境界域に存在する新種のケニヨン細胞で発現することが判明しました(図3)。このケニヨン細胞は、細胞体の大きさが大型と小型のケニヨン細胞の中間であったことから、金子博士らはこれを「中間型ケニヨン細胞」と命名しました。ミツバチのキノコ体の傘の内部には実は遺伝子発現プロフィルが異なる3種類のケニヨン細胞が存在していたのです。興味深いことにキノコ体の大型ケニヨン細胞で選択的に発現するCaMKII(注5)と、中間型ケニヨン細胞で選択的に発現するmKastが視葉では別々の神経細胞で発現していました(図4)。このことは、ミツバチ脳のキノコ体は同じ遺伝子発現プロフィルをもつ神経細胞が集団をなすことで形成されることを示しています。

久保教授らのグループは、2007年にミツバチから新規な最初期遺伝子kakusei(注6)を同定し、その発現を神経活動のマーカーとして、採餌飛行をする働き蜂ではキノコ体の傘内側の中央部に存在するケニヨン細胞が活動することを報告しています。今回、採餌飛行をする働き蜂の脳でのmKastkakuseiの発現領域を比較した結果、採餌飛行をする働き蜂では小型ケニヨン細胞に加えて、中間型ケニヨン細胞の一部が活動していることが判明しました(図5)。このことは採餌飛行時には主に、小型と中間型ケニヨン細胞で感覚情報の処理がなされることを示唆します。また、変態期(蛹)の脳では神経芽細胞から先ず大型ケニヨン細胞、続いて小型ケニヨン細胞が増殖・分化しますが、mKastはこれら2種類のケニヨン細胞の増殖・分化が終わってから、蛹の脳で発現しました。このことは中間型ケニヨン細胞が大型か小型のケニヨン細胞、あるいはその両者の細胞系譜から、それらの細胞特性を変更することで分化する可能性を示唆しています。

mKastはアレスチンという細胞内シグナル伝達に関わるタンパク質と共通なドメイン構造をもつ、機能未知な新規の遺伝子です。今後、mKastが中間型ケニヨン細胞にどのような細胞特性を付与するのか、中間型ケニヨン細胞がどのような神経投射をもち、ダンスコミュニケーションでどのような役割を果たすのかを解析することが必要です。ハチ目昆虫ではミツバチだけがダンスコミュニケーション能力をもちます。一方でハチ目昆虫の進化に伴ってキノコ体の構造も複雑化しています。ハチ目昆虫の進化の過程で、mKastや中間型ケニヨン細胞がどのように獲得されたかも興味深い課題です。これらの研究を通じてミツバチのダンスコミュニケーション、ひいては動物の記号的コミュニケーション能力を司る脳の仕組みの理解が深まると期待されます。

発表雑誌

雑誌名
「PLOS ONE」(オンライン版:8月21日米国東海岸時刻)
論文タイトル
Novel Middle-Type Kenyon Cells in the Honeybee Brain Revealed by Area-Preferential Gene Expression Analysis
著者
Kumi Kaneko1, Tsubomi Ikeda1*, Mirai Nagai*1, Sayaka Hori1*, Chie Umatani1, Hiroto Tadano1, Atsushi Ugajin1, Takayoshi Nakakoka1, Rajib Kumar Paul1, Tomoko Fujiyuki1, Kenichi Shirai1, Takekazu Kunieda1, Hideaki Takeuchi1 and Takeo Kubo1†
  • 1. Department of Biological Sciences, Graduate School of Science, The University of Tokyo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, JAPAN
  • † : To whom corresponding should be addressed.
  • * : These persons equally contributed to this study.
DOI番号
10.1371/journal.pone.0071732
アブストラクトURL
http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0071732

図2:ミツバチの脳とキノコ体の模式図

(A) ミツバチの脳の模式図。黄色で示す左右一対の構造体がキノコ体である。(B) (A)の左のキノコ体(黒枠)の組織染色像。従来は、このように、ミツバチのキノコ体の傘の内側には、傘内側の両側に細胞体が存在する大型と、中央部に細胞体が存在する小型の、2種類のケニヨン細胞が存在すると考えられていた。

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図3:mKastは「中間型ケニヨン細胞」で選択的に発現する

キノコ体の傘1つ当たりのmKastCaMKIIの蛍光二重in situ ハイブリダイゼーション法の結果。(A) mKastの「中間型ケニヨン細胞」における発現(白)。(B) CaMKIIの大型ケニヨン細胞選択的な発現(白)。(C) mKastCaMKIIも発現しない小型ケニヨン細胞の核染色(白)。(D) CaMKIIの発現(緑)、mKastの発現(マゼンダ)、核染色(青)を重ね合わせた図。mKastを発現する「中間型ケニヨン細胞」(マゼンダ)は大型と小型のケニヨン細胞の境界域に存在する。

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図4:視葉ではmKastCaMKIIは別々の神経細胞で発現する

(A、C) mKastCaMKIIの視葉(A)とキノコ体(C)での発現(蛍光二重in situ ハイブリダイゼーション法)と、(B) mKast発現細胞のミツバチの左脳半球における分布の模式図。mKast発現細胞(赤い点)は視葉に多いが、キノコ体では中間型ケニヨン細胞で選択的に発現する。(D-G) (A)の視葉の一部(黒枠)内でのmKastCaMKIIの発現。(D) mKast発現細胞(ピンクの鏃)。(E) CaMKII発現細胞(青の鏃)。(F)  mKastCaMKIIも発現せず、DAPIで核染色される細胞(白の鏃)。(G)  mKastCaMKIIの蛍光二重in situ ハイブリダイゼーション法。色調の説明は図3と同じ。

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図5:採餌飛行をする働き蜂のキノコ体では小型ケニヨン細胞と中間型ケニヨン細胞の一部が活動している

(A) In situ ハイブリダイゼーション法による、神経活動のマーカーとしてのkakuseiの発現解析。(B)  中間型ケニヨン細胞のマーカーとしてのmKastの発現解析。(C) kakusei (青)とmKast(赤)の発現が重複することを表した模式図。kakusei を発現する活動した神経細胞(青)は、mKastの発現領域の内側(小型ケニヨン細胞)と、mKastの発現領域(中間型ケニヨン細胞)の一部と重複する(赤)。

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用語解説

注1 ダンスコミュニケーション(dance communication)
花蜜や花粉を採集して帰巣したミツバチの働き蜂は尻を振りながら直進し、右に廻って元の位置に戻り、また尻を振りながら直進し、今度は左に廻って元の位置に戻るという8の字を描くダンスを踊る(図1)。8の字ダンス、尻振りダンス(waggle dance)ともいう。オーストリアの動物行動学者のカール・フォン・フリッシュ(1973年ノーベル生理学・医学賞受賞)が、このダンスが餌場の位置の情報を記号化して仲間に伝えるものであることを発見した。今では余り使われないが、フリッシュは当初このダンスコミュニケーションを「ダンス言語(dance language)」とよんだ。
注2 キノコ体(mushroom body)
昆虫の脳の高次中枢で、キノコに似た形状をもつ左右一対の構造体。ミツバチのキノコ体は、視葉から視覚情報、触角葉から嗅覚情報を受け取り、感覚統合に働く他、記憶・学習の座と考えられている。ミツバチの左右のキノコ体は各々、上向きのカップ型(傘)の構造を2つもち、ケニヨン細胞の細胞体は傘の内側と外側に存在する。キノコ体の傘と柄の部分はそれぞれケニヨン細胞の樹状突起と軸索から形成されており、傘の部分を経由して感覚情報が入力され、柄の部分を経由して運動神経やその他の神経細胞へと情報が出力される。
注3 ケニヨン細胞(Kenyon cell)
昆虫脳のキノコ体を構成する神経細胞で、名称は最初にこの細胞を記載したF. C. Kenyon(1896)に由来する。ケニヨン細胞は、細胞体が傘の内側に存在するクラスIと外側に存在するクラスIIに分類される。従来、クラスIケニヨン細胞は、細胞体が大きく傘内側の両側に存在する大型と、細胞体が小さく傘内側の中央部に存在する小型ケニヨン細胞から構成されると考えられていたが、今回、その境界面に「中間型ケニヨン細胞」が存在することが新たに判明した。
注4 蛍光二重 in situ ハイブリダイゼーション法(Fluorescent double in situ hybridization)
In situ ハイブリダイゼーション法は、特定の遺伝子を発現している細胞を同定する方法。生物の組織切片の上で、標識したcDNAとその組織で発現しているmRNAを結合(ハイブリダイズ)させ、標識しておいたcDNAを発色させて細胞を同定する。蛍光二重in situ ハイブリダイゼーション法では、2種類のcDNAを異なる色の蛍光で標識しておくことによって、各々の遺伝子を発現する細胞が同定できる。
注5 CaMKII(Ca2+/calmodulin-dependent protein kinase II)
CaMKIIはカルシウムイオンとカルモジュリンの複合体が結合することで活性化されるタンパク質リン酸化酵素。神経細胞が興奮し、細胞内のカルシウムイオンの濃度が上昇すると、CaMKIIが活性化され、様々な基質タンパク質をリン酸化する。シナプス可塑性や記憶・学習ベースとなる。ミツバチ脳の大型ケニヨン細胞で CaMKII が選択的に発現することは、大型ケニヨン細胞の神経可塑性が亢進している可能性を示唆している。
注6 最初期遺伝子(immediate early gene)kakusei
最初期遺伝子は神経細胞が活動(興奮)した際にその神経細胞で一過的に発現誘導される遺伝子で、転写因子などをコードする。kakusei覚醒 )は、木矢剛智博士(現・金沢大学特任助教)が久保研究室の大学院生であった時に、麻酔から覚醒した働き蜂の脳で誘導される遺伝子として同定した新規な最初期応答遺伝子で非翻訳性核RNAをコードする。神経活動の後、15〜30分をピークとして誘導されるので、その発現は15〜30分毎に採餌飛行を繰り返す働き蜂の脳の神経活動の良い指標となる。採餌飛行を行った働き蜂の一部が帰巣した後、ダンスを踊るが、ダンスを踊った働き蜂でも踊らなかった働き蜂でも同様な神経活動が検出されている。
Kiya, T., Kunieda, T., and Kubo, T. (2007) Increased neural activity of a mushroom body neuron subtype in the brains of forager honeybees. PLoS ONE 4, e371.