地震がたくさん起こる地域が危険なのか?
発表者
- 井出哲(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 教授)
発表のポイント
- 大量データの統計分析手法を駆使して、世界中の沈み込み帯(地震発生帯)の地震発生率を推定した
- 多くの沈み込み帯ではプレートの沈み込む速度(プレート運動速度)と中規模クラス以上の地震の発生率が比例するが、この比例関係からはずれて地震の発生率が極端に少ない地域(南海トラフ近辺など)では、「ゆっくり地震」が起きており、また過去に超巨大地震が発生していることが分かった
- 世界の地震発生帯を、「一見活発だが穏やかな地域」と「一見静かだが危険な地域」の両極端の間に位置づけることで、地震リスクを評価するための基礎情報を提供できると期待される
発表概要
地震は世界中で起こるが、その起こり方に地域的な特徴はあるのか、何がその特徴を決めているのかを解明することは地震研究の長年の研究テーマの一つである。
東京大学大学院理学系研究科の井出哲教授は、世界の沈み込み帯(地震発生帯)の地震活動を対象に、最新の統計学的分析手法を用いて、各地域での標準的な(中規模クラス以上の)地震発生率を推定した。その結果、南西太平洋を中心に多くの地域で、プレートの沈み込む速度と地震発生率が比例するという常識的な関係だけでなく、この比例関係からはずれてほとんど地震が起こらない地域があることが明らかになった。そして超巨大地震は、ほとんど地震が起こらない地域で発生しており、またそこでは近年「ゆっくり地震」(注1)と呼ばれる興味深い現象も見つかっている。このパラドックスのような事実は、世界の沈み込み帯が「一見活発だが穏やかな地域」と、「一見静かだが危険な地域」という2つの極端の間に位置付けられることを示唆している。
このパラドックスを解くことが地震発生メカニズムの解明、および信頼性の高い地震リスク評価につながると期待される。
発表内容
地震は世界中で発生している。特にプレートが他のプレートに沈み込む場所、沈み込み帯では超巨大地震を含め大小さまざまな地震が起こる。頻繁に地震が起こる地域がある一方、巨大地震が起こらない地域や、そもそも地震が非常に少ない地域もある。この違いを解明することは、ここ約40年、地震研究の重要なトピックであるが、データ不足などの要因により決定的な答えは出ていない。しかしその間、世界の地震観測体制が増強され、大量データ分析の統計学的手法が開発され、最近ようやくこの問題に取り組む環境が整いつつある。
本研究では、中規模(マグニチュード4.5)より大きな地震の発生率に着目した。社会的には巨大地震、超巨大地震に注目が集まるが、これらの地震の発生頻度はあまりに低く、統計学的分析になじまない。一方、中規模の地震は発生頻度が高く、10年程度の期間でも、かなり安定して地域ごとの発生率を議論できる。またもうひとつの着眼点は、プレート運動である。最近の研究によって、地震が発生する原因には、他の地震の影響と長期のプレート運動(沈み込み)等による影響に分解することができることがわかっている。特に後者の影響は巨大地震が起きてもあまり変化しない。そこで本研究ではプレート運動等による地震発生率を推定した。
井出教授は、世界の沈み込み帯を500キロメートル×200キロメートルくらいの面積ごとに分割し、117個の地域について、プレート運動等による地震発生率を推定する(図1)。データとして米国地質調査所が公開しているANSS(Advanced National Seismic System)地震カタログ、過去約20年分を用い、地震発生率の推定には統計数理研究所の尾形良彦教授が開発した統計学的地震活動分析法(ETAS法(注2))を用いた。その結果、地震発生率と各地域のプレート沈み込み速度に正の相関が得られた(図2)。この相関はトンガ‐ケルマデック海溝やマリアナ海溝のある南西太平洋地域で特に顕著であり、単純な比例関係で良く近似される。この地域では同じような海洋プレート同士の沈み込みが進行しているからだろう。この結果は「高速なプレート運動が起これば地震はたくさん起こる」という常識的な関係を初めてはっきり示したものである。
もう一つ注目すべき結果は、この比例関係から大きく外れた地震発生率が低い地域と「ゆっくり地震」との関連を示したことである。ある程度高速にプレートが運動しているのに地震が起こらない地域の例として、アラスカ、カスケード(米国・カナダ国境付近)、ペルー、チリ、そして日本の南海トラフから琉球海溝付近が挙げられる。これらすべての地域で、近年「ゆっくり地震」が発見された。「ゆっくり地震」は長時間続く微弱な地震波「深部微動」や数日~数か月かけて起こる地殻変動「スロースリップ」の総称であり、類似の現象は東北沖巨大地震の直前にもあった可能性が指摘されている。そしてこれらの「ゆっくり地震」の起こる地域では、過去に多くの超巨大地震が起こったと考えられている。反対に普段頻繁に中規模以上の地震が起こる南西太平洋地域では、過去100年にマグニチュード9以上の超巨大地震は一つも知られていない。
本研究の成果は、地震発生のリスクについてパラドックスを提起する。プレートの運動速度が同じであれば、普段頻繁に中規模・大規模地震が起こる地域では超巨大地震は起こりにくく、普段中規模・大規模地震が起こらない地域では超巨大地震が起こるというものである。世界中の個々の沈み込み帯は「一見活発だが穏やかな地域」と、「一見静かだが危険な地域」という2つの極端な状態の間に位置づけられるものであり、その位置によって発生リスクの評価方法が大きく異なってくるだろう。しかしその分類や位置づけを定量的に行う手法はまだ確立していない。より信頼性高く地震発生の確率を予測するためには、各地域の地震活動の特徴を定量化し、その違いの原因を追究することで、このパラドックスを解く必要がある。このパラドックスには、まだメカニズムの十分に分かっていない「ゆっくり地震」も密接に関連している可能性が高い。「ゆっくり地震」も含めて巨大地震発生プロセスを解明することが今後の重要な課題である。
●この研究は以下の資金により行われた。
科学研究費補助金(日本学術振興会)基盤研究(A) 23244090
科学研究費補助金(文部科学省)新学術領域研究 21107007
発表雑誌
- 雑誌名
- 「Nature Geoscience」(オンライン版:8月11日)
- 論文タイトル
- The proportionality between relative plate velocity and seismicity in subduction zones
- 著者
- Satoshi Ide
- DOI番号
- 10.1038/ngeo1901
- アブストラクトURL
- http://www.nature.com/ngeo/journal/vaop/ncurrent/abs/ngeo1901.html
用語解説
- 注1 ゆっくり地震
- スロー地震とも呼ぶ。長時間続く微弱な地震波(深部微動または深部非火山性微動)、微動と同じだが継続時間の短い低周波地震、数十秒くらいの地震波を出す超低周波地震、数日~数か月かけて起こる地殻変動(スロースリップ)などをあわせた総称。これらの現象は過去10年くらいの間に世界中で相次いで発見されている。基本的にはプレート境界のすべり運動と考えられているが、まだ物理メカニズムに謎が多い。↑
- 注2 ETAS法
- 地震発生は過去の地震による影響と、プレート運動などのそれ以外の影響に分けられ、それぞれの影響を地震の大きさに依存したものとして、数個のパラメターで定量化する統計的地震活動解析手法。統計数理科学研究所の尾形良彦教授によって開発され、現在世界中で地震活動解析の標準的な手法となっている。↑