暑さに負けない「植物の受精」の仕組みを解明
発表者
- 福田裕穂(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授)
- 遠藤暁詩(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 特任助教)
発表のポイント
- 花粉に高温耐性を誘導するための、花粉とめしべのコミュニケーションの仕組みを発見しました。
- めしべは高温にさらされると、花粉の活性低下を軽減させるシグナル分子を花粉に送ることを初めて明らかにしました。
- 来たるべき気候変動に備えて、高温ストレス耐性をもつ作物の育種が今後さらに重要になります。この仕組みの理解が深まることで、これまでにない高温ストレス耐性品種の開発が可能になります。
発表概要
植物の受精過程は温度変化に非常に敏感で、花粉は特に高温に脆弱です。そのため植物には、ある程度の高温においても受精できる温度耐性の仕組みがあることが予想されていましたが、その詳細は未だ明らかになっていませんでした。東京大学大学院理学系研究科の福田裕穂(ふくだ ひろお)教授らの研究グループは、モデル植物シロイヌナズナを用いて、花粉とめしべのコミュニケーションを担い、一過的に気温上昇した際でも正常な受精を維持するために機能するCLE45ペプチドおよび受容体を明らかにしました。
シロイヌナズナを高温にさらすと、花粉の高温耐性を強化するCLE45ペプチドが、新たにめしべ内部の花粉管(受粉後、花粉から胚珠に向けて伸びる管)の通り道にそって生産されるようになりました。このペプチドは花粉管に受容され、このシグナルにより高温においても花粉の活性が低下することなく受精が成立しました。これは高温環境に植物が適応するための新しい仕組みの発見です。
ほとんどの作物やその他の有用植物は、その作物が栽培できる限界耕作地よりはるか良好な条件で栽培されています。温度ストレスは、その収穫量に大きな影響をもたらします。今回発見された仕組みを利用することで、高温ストレス耐性植物作出のための、新規な技術開発が期待されます。
発表内容
近年、地球規模の気候変化の問題が注目されています。中でも植物は、季節や日々の気温変化にさらされて生活しているため、気候変化は将来的に植物の生活に大きく影響する可能性があります。温度変化は特に植物の受精、その結果として種子の実りに重篤な影響を及ぼします。たとえば、開花時に、イネでは35˚C、オオムギでは25˚Cを越える高温にさらされると種子の実りが悪くなります。中でも花粉は最も高温条件に弱いことがわかってきました。実験的に花粉だけに高温処理を施してから受粉させると、花粉の活性が低下し、受精できなくなります。ところが自然交配下では、過度に高い温度でなければ、同じ高温処理を植物個体全体に施しても受精は正常に行われ、結実します。したがってそこには何らかの温度耐性の仕組みが存在することが予想されていましたが、その正体は分かっていませんでした。
福田教授らの研究グループは、植物の細胞間コミュニケーションを担うCLEペプチド(CLV3/ESR-related peptide)のひとつが、花粉管が通過する場所でめしべから花粉管に受け渡されることによって、高温下でも花粉の活性が維持されて受精できるようにしていることを明らかにしました。実験に用いたモデル植物、シロイヌナズナは通常22˚Cで育成されますが、30˚Cの高温にさらしても、その生殖過程は数日間は正常に進行します。しかし、シロイヌナズナの花粉を取り出して30˚Cで培養すると、花粉は花粉管を伸ばすもののそのミトコンドリア活性は急激に低下してしまいました。ところがCLEペプチドの一つであるCLE45ペプチドを加えて花粉を培養したところ、30˚Cにさらしても花粉のミトコンドリア活性が維持されていることが分かりました。さらに、植物において通常の温度(22℃)ではCLE45はめしべの先端だけで発現しますが、30˚CにさらすとCLE45の発現領域がめしべ内部の花粉管の通り道にそって拡大することがわかりました (図1)。この観察結果とよく対応して、CLE45 の遺伝子発現を阻害すると、22℃では正常な結実率(種ができる確率)が得られましたが、30˚Cにさらすと結実率が低下しました。つまり、30℃という高温にさらされると植物は、花粉管が通過する場所に予めCLE45ペプチドを蓄積させることで、花粉のミトコンドリア活性を維持して、花粉管がめしべを通過できるようにしていました。その結果、高温においても正常な受精が成立すると考えられました。加えて本研究グループは、CLE45ペプチドのシグナルを受容する花粉管の受容体を2種類同定することにも成功し、SKM1、SKM2と名付けました。これらは膜貫通型の受容体で、予想通り、花粉管で強く発現していました。これらの受容体の機能を抑制すると、高温での花粉のミトコンドリア活性と結実率が低下しました。以上の結果から、CLE45シグナルはSKM1/SKM2を介して花粉管に伝達され、高温における花粉の活性低下を防ぐ役割を担うことが分かりました (図2)。
自然条件下では、すべての作物や有用植物が多かれ少なかれ温度ストレスを被る危険性にさらされています。CLE45 遺伝子の発現を誘導する仕組みはどうなっているのか、CLE45ペプチドが花粉管内でどのようなシグナルを伝えているのか、さらにはこの温度耐性に関わる因子を明らかにすることで今後、新たな高温耐性の分子育種の方法の創出が可能になると期待されます。
なお、本成果は、基礎生物学研究所の松林嘉克教授・篠原秀文助教との共同研究によるものです。
発表雑誌
- 雑誌名
- 「Current Biology(オンライン版)」8月1日掲載予定
- 論文タイトル
- A novel pollen-pistil in interaction conferring high temperature tolerance during reproduction via CLE45 signaling
- 著者
- Satoshi Endo, Hidefumi Shinohara, Yoshikatsu Matsubayashi, and Hiroo Fukuda