2013/7/13 (配信日7/12)

ニッケルナノ粒子をカルベンで活性化した新しい高分子固定化触媒を開発!

~架橋基と配位子の二つの役割を担うカルベン~

発表者

  • 小林 修(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)

発表のポイント

  • ニッケルナノ粒子の高分子への固定化を達成し、高分子固定化ニッケル触媒がCorriu–Kumada–Tamao反応(注1)に有効であることを示した。
  • 新規かつ高活性なニッケル触媒の開発に成功した。
  • 触媒開発と分析技術の発展の相乗効果が期待され、人と環境にやさしく、持続可能な社会の発展を支える化学および化学技術に貢献する。

発表概要

人と環境にやさしく、持続可能な社会の発展を支える化学および化学技術、「グリーン・サステイナブル・ ケミストリー」には、金属ナノ粒子を固定化した触媒の開発が重要である。金属ナノ粒子を固定化した触媒は触媒活性が高く、反応後の分離が容易で、実用性が高い一方で、金属の漏出や触媒の劣化が問題である。

東京大学大学院理学系研究科の小林修教授らの研究グループは、カルベン(注2)構造を巧みに高分子の構造に取り込むことによって、高活性なニッケル固定化触媒の開発に成功した。本研究では触媒の耐溶剤性を高めるためにイミダゾール(注3)部位を、高分子をつなぐ架橋部位として導入した。架橋によって、イミダゾール部位は塩基性の条件下でニッケルナノ粒子のカルベン配位子として機能し、ニッケルナノ粒子を固定化できた。このようにして調製した高分子固定化ニッケル触媒は、重要な炭素—炭素結合生成反応であるCorriu–Kumada–Tamao反応に有効であり、高収率、高い基質一般性、および触媒の回収・再使用を達成した。新たに開発した触媒の構造解析には核磁気共鳴(NMR)や電子顕微鏡などの複数の最先端の技術を用いた。本研究の成果は、触媒開発と分析技術との相乗効果により可能となったものである。

今後はこれらの技術のさらなる相乗効果によりナノ粒子の固定化技術の大きな発展が見込まれ、グリーン・サステイナブル・ケミストリーの技術としての実用化や、金属ナノクラスターの科学の発展につながると期待される。

発表内容

図1

図1:架橋によるN-ヘテロ環状カルベン部位生成と金属ナノ粒子の活性化

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図2

図2:開発したニッケルナノ粒子固定化触媒によるCorriu–Kumada–Tamao反応

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図3

図3:本手法を適用して合成したカップリング生成物の例(収率68%~98%)

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金属ナノ粒子を固定化した触媒は、グリーン・サステイナブル・ケミストリーの技術として極めて重要である。中でも遷移金属のナノ粒子によるカップリング反応(注4)は、分子骨格である炭素-炭素結合を生成する反応としてパラジウムを中心として活発に開発されている。しかしパラジウムは高価であり地殻存在量が少ないことが問題となっている。ニッケルはパラジウムと同族元素であるが、はるかに安価であり、存在量も多いことからパラジウムの代替として有望な金属元素である。しかし触媒としてのニッケルナノ粒子の固定化の例は極めて少なく、炭素-炭素結合生成に用いられた例はほとんどない。

研究グループはこれまでに、独自に開発した高分子カルセランド法(polymer-incarcerated method, PI法)(注5)を活用することにより、ポリスチレンを基本骨格とした高分子に還元的に調製した金属ナノ粒子を固定化した触媒を数多く開発してきている。これらの触媒は一般に高い活性を有し、かつ高い活性を維持したままリサイクルが可能であることが大きな特長である。金や白金、パラジウムをはじめとする数多くの金属の固定化を達成してきているが、ニッケルナノ粒子の固定化に関する触媒開発は未実施であった。そこで今回研究グループは、ニッケルナノ粒子の高分子への固定化に取組み、カルベン構造を巧みに高分子の構造に取り込むというこれまでの金属の場合とは異なる新しい手法によって固定化を達成した。

金属ナノ粒子を固定化する高分子担体の条件として、金属漏出を抑える設計であることが必須である。このため、金属粒子を囲い込み、かつ溶媒への高分子の溶解を抑制する目的で金属の取り込み後に高分子側鎖の架橋反応を行なう必要がある。今回、これまで用いていなかったイミダゾール基を架橋可能な構造として用いた。このイミダゾール基は、架橋後に塩基性条件においてN-ヘテロ環状カルベン(注6)に変換されニッケルナノ粒子の配位子として機能するため、一石二鳥のエレガントな設計である(図1)。触媒調製の検討の結果、上記高分子を担体とし、N-ヘテロ環状カルベン配位子を高分子構造に有する固定化ニッケル触媒が、モデル反応であり重要な炭素-炭素結合生成反応の一つであるCorriu–Kumada–Tamao反応に有効であり、高収率、高い基質一般性を達成した(図2、3)。ニッケルの漏出は観測されなかった。さらに、触媒の回収・再使用も可能であった。N-ヘテロ環状カルベン配位子がニッケルナノ粒子の漏出を抑制し、触媒の劣化は反応後の触媒の洗浄や塩基処理により抑制できた。

触媒の構造については、触媒が難溶性の固体であるため解析が困難であったが、最先端の核磁気共鳴技術と電子顕微鏡技術により重要な知見を得られた。核磁気共鳴法においてはFGSR-MAS-CPMG-NMR(注7)を用いて試料管を高速回転させることで、触媒前駆体におけるイミダゾール部位と、塩基処理後のN-ヘテロ環状カルベンの構造の違いを確認することができた(図4)。さらには、高分解能透過電子顕微鏡(HRTEM、(注8)) 及び走査透過電子顕微鏡(STEM、(注8))による電子顕微鏡観察により、ニッケルナノ粒子の観察を行なった(図5)。ナノ粒子のサイズは1~4 nmであった。

以上の通り、研究グループはニッケルへの配位子としてのカルベン部位を含む高分子を設計・合成することで、ニッケルナノ粒子の固定化を達成し、新規かつ高活性なニッケル触媒を開発することができた。今回の触媒開発においては、触媒設計のアイデアとともに最先端分析技術の貢献が極めて大きい。今後は両技術のさらなる相乗効果により金属ナノ粒子の固定化技術の大きな発展が見込まれ、グリーン・サステイナブル・ケミストリーの技術としての実用化や、金属ナノクラスターの科学の発展につながっていくことが期待される。さらに、N-ヘテロ環状カルベン配位子は、近年その活用研究が活発に展開されており、今回の成果をもとに高分子固定化N-ヘテロ環状カルベン配位子の研究開発が大きく発展することが見込まれる。

発表雑誌

雑誌名
「Journal of the American Chemical Society」
論文タイトル
Copolymer-Incarcerated Nickel Nanoparticles with N-Heterocycle Carbene Precursors as Active Cross-linking Agents for Corriu–Kumada–Tamao Reaction
著者
Jean-François Soulé, Hiroyuki Miyamura, and Shū Kobayashi

図4:FGSR-MAS-CPMG-NMRによる触媒の構造解析(赤のスペクトルがN-へテロ環状カルベン構造を含む)

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図5:触媒の電子顕微鏡による観察 (黒く見える粒子がニッケルナノ粒子)
(a)HRTEM, (b) STEM

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用語解説

注1 Corriu–Kumada–Tamao反応
Grignard試薬と、芳香族またはビニルハロゲン化物間のクロスカップリング反応で、炭素-炭素結合が生成する。パラジウムあるいはニッケル触媒を主に用いる。種々のクロスカップリング反応の先駆けの反応である。
注2 カルベン
電荷を持たない二配位の炭素種(通常の炭素は四配位)
注3 イミダゾール
5員環上に窒素原子を1,3位に含む含窒素芳香複素環式化合物。必須アミノ酸であるヒスチジン、アレルギー反応に関与するヒスタミンなどの天然由来に化合物にも含まれる官能基。
注4 カップリング反応
二つの化学物質を選択的に結合させる反応。同じ化学物質同士ではホモカップリング反応、異なる化学物質同士ではクロスカップリング反応と呼ばれる。2010年のノーベル賞の対象となった反応である。
注5 高分子カルセランド法(polymer-incarcerated method, PI法)
研究グループが独自に開発した、高分子への金属触媒の固定化方法。金属原料と高分子を均一溶液とした後に貧溶媒により固化させ、さらに架橋反応を行なうことで溶剤耐性の高い固定化触媒とする方法。
注6 N-ヘテロ環状カルベン
カルベン炭素の隣接位に窒素原子を有する環状カルベン。強い配位子として広く用いられる。
注7 FGSR-MAS-CPMG-NMR
FGSR-MAS (Field Gradient Swollen-Resin Magic Angle Spinning)は NMRの固体試料測定技術。磁場勾配条件下、溶媒に膨潤させた固体試料をマジック角において高速回転させることにより高分解能スペクトルを得る。CPMG (Carr-Purcell Meiboom-Gill)法は緩和時間が長いシグナルを増幅して選択的に測定する手法。発表者らは1997年、日本電子(株)(JEOL)と共同で世界初のSR-MAS-NMRを開発した。今回本研究に使用したFGSR-MAS-CPMGNMRはその発展機であり、測定には(株)JEOL RESONANCEの援助を頂いた。
注8 HRTEM, STEM
HRTEMはhigh-resolution transmission electron microscopy (高分解能透過電子顕微鏡)、STEMは scanning transmission electron microscopy(走査透過電子顕微鏡)透過電子顕微鏡は、観察対象に電子線を照射して透過した電子を拡大して観察する顕微鏡であり、走査機能も有する場合にはSTEMと呼ばれる。今回の測定ではいずれもJEM-2100Fを使用した。