ペプチドや経口摂取した薬剤の吸収に関わる輸送体の構造と機能を解明
発表者
- 道喜 慎太郎(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 博士課程2年)
- 加藤 英明(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 博士課程3年)
- 石谷 隆一郎(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 准教授)
- 濡木 理(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 教授)
発表のポイント
- 経口摂取した薬剤の吸収に関わる膜タンパク質POTの立体構造を、POTに基質が結合した状態かつ高分解能で解明し、薬剤の輸送メカニズムを原子レベルで明らかにした。
- 従来は別の場所に結合すると考えられていた水素イオンと薬剤が、同じ位置に結合することを明らかにした。
- 今回の発見は、より吸収効率の高い薬剤の開発に寄与する可能性がある。
発表概要
経口摂取した抗生物質や抗ウイルス薬などの薬剤の吸収は、小腸の柔突起に存在する膜タンパク質輸送体のPOTファミリータンパク質が担っています。POTは原核生物から人間を含めた高等真核生物に至るまで存在しており、その輸送メカニズムを理解することは吸収効率の高い薬剤を開発するためには重要です。しかし、これまでの報告はすべてPOTが基質と結合していない状態の立体構造であり、分解能も不十分であったため、POTの輸送メカニズムは依然不明でした。
今回、東京大学大学院理学系研究科の濡木理教授、石谷隆一郎准教授、オックスフォード大学生物化学科のSimon Newstead博士らは、タンパク質POTの立体構造を、水素イオンとその基質である薬剤アラフォスファリンと結合した状態かつ、高分解能(0.19 nm)で解明することに成功し、POTの輸送メカニズムも明らかにしました。さらに、従来は水素イオンと薬剤はそれぞれPOTの異なる場所に結合すると考えられていましたが、今回の成果により同じ位置に結合することが分かりました。
今回の研究成果は吸収効率の高い薬剤の設計に寄与する重要な情報であり、選択的に薬剤を輸送するドラックデリバリーシステムの開発、という将来的な目標の達成につながると期待されます。
発表内容
小腸の柔突起で行われるタンパク質の吸収は、アミノ酸だけでなくオリゴペプチドの形でも行われており、膜タンパク質輸送体であるPOTファミリータンパク質が担っています。POTは、原核生物から私たち人間を含めた高等真核生物まで広く保存されており、細胞膜を介した水素イオンの濃度勾配を輸送エネルギーとして利用します。POTに水素イオンと基質であるペプチドが同時に結合することで、細胞外側に開いている状態 (outward-open) から中間体状態 (occluded) を経て細胞内側に開いている状態 (inward-open) へと構造変化する輸送メカニズムが提唱されています(図1)。これまでPOTの立体構造についていくつか報告はありましたが、報告されたPOTの立体構造は全て基質を結合していない状態のものであり、また分解能も不十分であったため、POTがどのようにしてオリゴペプチドを輸送しているかは依然不明でした。加えて、POTはβラクタム系抗生物質(セファレキシン等)や抗ウイルス薬(バラシクロビル等)など、ペプチドに類似した構造を持つ薬剤も基質として輸送することが知られています。
本研究では、好熱性細菌 Geobacillus kaustophilus 由来POT全長の発現・精製を行い、脂質中に膜タンパク質を再構成して結晶化する脂質キュービック法(注1)を用いることでPOTの結晶を調製することに成功しました。続いて、大型放射光施設SPring-8(注2)を利用したX線結晶構造解析(注3) によって、POTの単体構造と水素イオンと薬剤(アラフォスファリン)が結合した複合体構造を高分解能で決定することに成功しました。POTはそれぞれ6本のヘリックス(らせん状の構造)から成るN端バンドルやC端バンドル、それらを繋ぐ2本の付随ヘリックスで構成されていました(図2)。N端バンドルとC端バンドルの間には基質結合部位である大きな溝が存在し、その溝が細胞内側に開いている事から今回明らかにした構造はinward-openであることが明らかになりました。さらに、今回解明した高分解能の構造からは、抗生物質の一種であるアラフォスファリンがどのように結合し輸送されるかが明らかになりました(図3)。この構造から、実際に臨床で使用されているセフェム系抗生物質などと、ヒトのPOTがどのように相互作用するかについての知見が得られました。さらに、今回明らかにした立体構造に基づいて、計算機を用いた分子動力学シミュレーション(注4)を行いました。その結果から、水素イオンや基質がPOTに結合することにより、どのようにしてinward-openとoutward-open間の構造変化が起こるかなどが明らかになりました。
POTの輸送メカニズムの解明は、体内の薬剤分布をコントロールするドラックデリバリーシステムにも重要な知見を与えるものです。経口吸収効率が悪いため従来経静脈投与する必要があるような薬剤でも、もし経口投与が可能になれば、投薬のための通院が不要となり患者のQOL(生活の質)の大幅な改善につながります。将来的には、本研究の結果によって明らかになったPOTの基質認識メカニズムに基づき、既存の薬剤をよりPOTに認識され、輸送されやすいように改変し、経口吸収効率を上げることが可能になると期待されます。
発表雑誌
- 雑誌名
- 「米国科学アカデミー紀要」
- 論文タイトル
- Structural basis for dynamic mechanism of proton-coupled symport by the peptide transporter POT
- 著者
- Shintaro Doki, Hideaki E. Kato, Nicolae Solcan, Masayo Iwaki, Michio Koyama, Motoyuki Hattori, Norihiko Iwase, Tomoya Tsukazaki, Yuji Sugita, Hideki Kandori, Simon Newstead, Ryuichiro Ishitani, and Osamu Nureki
用語解説
- 注1 脂質キュービック法
- 3次元的に連続する状態層の脂質に膜タンパク質を再構成してから結晶化する方法。1998年にLandau, Rosenbuschらによって考案された比較的新しい結晶化法である。↑
- 注2 大型放射光施設SPring-8
- 兵庫県佐用郡に位置する世界最高性能を誇る大型放射光施設であり、強いX線を用いた実験・解析が可能。↑
- 注3 X線結晶構造解析
- タンパク質等の生体高分子の立体構造を明らかにする手段の一つであり、タンパク質結晶にX線を当てることで原子レベルの構造を決定することが可能。構造解析には、解析する分子から構成された結晶を得る必要がある。↑
- 注4 分子動力学シミュレーション
- 多数の原子・分子を含む系について、古典力学におけるニュートン方程式を解くことで、その系の動的過程(ダイナミクス)を解析する手法。タンパク質の構造に適用することで、その構造が水溶液中あるいは細胞膜中でどのように変化するかを調べることが可能となる。↑