配信日2013/6/3

大気大循環の3次元構造を記述する新理論

発表者

  • 佐藤薫(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 教授)
  • 木下武也 (情報通信研究機構 統合データシステム研究開発室 研究員)

発表のポイント

  • どのような成果を出したのか
    大気中の波が駆動する物質循環、及び、波の伝播方向を空間3次元において記述する理論式を新たに導出した。
  • 新規性
    これまで、波の駆動する物質循環を3次元に記述する理論式は、ロスビー波(注1)と大気気重力波(注2)(大気中の浮力を復元力とする波)のいずれかの内部波にしか適用できないものであった。本研究では両者の特性を含む統一分散関係式(注3)を導出し、全ての波に適用可能な3次元理論式を新たに導出した。
  • 社会的意義/将来の展望
    近年、観測技術やモデル分解能の向上により、今まで以上に高精度な大気現象の理解が求められている。本理論は、このような観測・モデルデータを解析する上で重要なツールであり、これを用いて物質循環と波の3次元構造を詳細に解析することで、気候全体の理解と、それに基づく気候予測精度の向上がもたらされると考えられる。

発表概要

大気中に存在する内部波は大きくロスビー波と大気重力波の2種類の波に分類される。オゾンや二酸化炭素等の物質循環はこれらの波によって駆動されると考えられている。しかし、これまでの研究は、2次元の理論式を用いるものが多く、緯度高度断面における東西平均物質循環が主に議論されてきた。ところが、最近の観測技術やモデル分解能の向上により、限られた緯度経度において物質輸送や波活動の大きい領域が存在することがわかってきた。そこで2次元の理論式を3 次元に拡張する研究がいくつか行われてきた。しかし、2次元の理論式と異なり、先行研究で導かれた3次元の理論式は、ロスビー波または大気重力波にのみ適用できるものであった。

東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻の佐藤薫教授らの研究グループは、これに対して、ロスビー波と大気重力波両者の特性を含む統一分散関係式を導出し、これを基に両者を含む波が駆動する物質循環と波の伝播を記述する統一的な3 次元理論式の導出に成功した。また、得られた3次元理論式が、先行研究によるいずれかの波に対する理論式と、そこで用いられた条件下で一致することも示した。今後、高解像度観測データおよび高分解能モデルデータに本研究で導出した3次元理論式を適用し、局所的な物質輸送を引き起こすメカニズムを解明することで、大気質や気候変動の中長期的な予測精度の向上に貢献できるものと考えられる。たとえば、赤道成層圏で作られ大気循環に乗って中高緯度運ばれ層を形成するオゾンの輸送経路や、極域での激しいオゾン破壊によりオゾン層が失われた大気の中低緯度への輸送経路について、定量的な把握が可能となる。

発表内容

①研究の背景・先行研究における問題点

大気中の物質循環は、様々なスケールの波により駆動されていることがわかっている。東西平均場における波と物質循環の相互作用を記述する理論式は、1970年代にAndrewsとMcIntyreにより導出され (変形オイラー平均 (Transformed Eulerian-Mean : TEM) 系と呼ぶ)、 広く用いられてきた。その結果、成層圏 (高度約10~50 km) の物質循環 (ブリュワ・ドブソン循環) は総観規模 (数千km) ~惑星規模スケールの波 や大気重力波によって、また、中間圏 (高度約50~90 km) の夏極から冬極に流れる物質循環は主に大気重力波によって駆動されていることがわかってきた。しかしながら、これら物質循環の東西成分や経度依存性については、ほとんど解明されていない。また近年、観測技術やモデル分解能の向上により、これまでの気候予測モデルにおいてその作用のみパラメータとして扱われていた大気重力波と呼ばれる小スケールの内部波も、解像可能な波として扱える時代となった。その結果として、東西平均を用いる解析では見られなかった、局所的に物質輸送や波活動の大きい領域が存在することがわかってきた。そこで、TEM 系を3 次元に拡張する研究がこれまでいくつか行われてきた。しかし、これらの研究で導出された3次元理論式は、ロスビー波や大気重力波といった限られた波にのみ適用できるものや単色波を仮定したものしかなかった。

②研究内容

私たちは、オゾン等大気微量成分の3 次元輸送を評価するために、ロスビー波と大気重力波を含む全ての内部波に適用可能な2次元のTEM方程式 系の3 次元への拡張を行うことを目的として研究を開始した。過去の研究における問題点として、ロスビー波に適用可能な理論式は準地衡流近似(注4)を用いて導出を行っていて大気重力波に適用できないこと、大気重力波を含むプリミティブ方程式系(注5)に基づく先行研究による理論式では、大気重力波の分散関係式を用いて導出を行っているためロスビー波に適用できない点が挙げられる。また、準地衡流系を用いた研究では、複数の異なる理論式が提案されている。これは波の伝播及び物質循環への寄与を表す3次元波活動度フラックスを中心に導出が進められているためである。以上をふまえ、本研究では東西平均の代わりに時間平均を使用し、プリミティブ方程式系において、特定の波の分散関係式を用いずに、物質輸送を近似的に表す3次元ラグランジュ流の式導出を行った。続いて、ロスビー波と大気重力波を含む統一分散関係式を求め、3次元波活動度フラックスを導出した。得られた3次元理論式は、準地衡流近似を用いるとロスビー波のみに適用可能な理論式に、一方、大気重力波の分散関係式を用いると重力波のみ に適用可能な理論式に一致することを確認し、本理論が過去研究の理論式を含む統一理論であることを明確化した。また本研究から、波と平均流の相互作用を記述する3次元波活動度フラックスと、波の伝播を記述する3次元波活動度フラックスが異なる形となることが避けられず、これがロスビー波の持つ性質に起因することも示した。最後に、観測データをもとに作成された再解析データ及び、高分解能モデルデータに3次元理論式を適用し、その有効性を確認した。

③社会的意義・今後の予定

本研究は、過去に行われてきた大気中の波と平均流の相互作用を3次元に記述する理論式を発展させたものであり、時間平均場からのズレとして存在する大気中全ての波に適用可能である。私たちは、この発展として、時間平均場に含まれる定在波も対象とする3次元理論式への拡張を行い、本研究結果と合わせて波の駆動する物質輸送全体の3次元的描像を理解するための解析手法の確立を目指して研究を進めている。今後、高解像度観測データおよび高分解能モデルデータに3次元理論式を適用し、局所的な物質輸送を引き起こす物理メカニズムを解明することで、より詳細な大気中の物質循環およびオゾン等大気微量成分の時空間分布の変動を把握することが可能になると期待され、大気質や気候変動の中長期的な予測精度の向上に貢献できるものと考えられる。

発表雑誌

雑誌名
「Journal of the Atmospheric Sciences」Vol. 70, No. 6, June
第1論文
第2論文

用語解説

注1 ロスビー波
コリオリ力の緯度変化 (β効果) を復元力とする大規模な波。惑星規模のロスビー波は海陸の温度差や地形の高低差などが励起源。運動量や熱を上方に運び、物質循環を引き起こす。
注2 大気重力波
浮力を復元力とする小規模な波。山岳やジェット、前線、対流などが発生源。ロスビー波と同様に上方に運動量を運び、物質循環を引き起こす。
注3 分散関係式
波の性質をあらわす波数と振動数の間の関係式
注4 準地衡流近似
流れの時間変化とコリオリ力の比に対応するロスビー数が小さい仮定の下、回転系の運動方程式を1次の項まで展開したもの。
注5 プリミティブ方程式系
地球流体力学の水平方向の運動方程式、静水圧平衡の式、熱力学方程式、状態方程式、連続の式からなる方程式系。現業の数値予報モデルに採用されている。