2013/5/28

体内の生々しい白血球の動きの観察に成功

発表者

  • 菊島 健児(東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 特任研究員)
  • 喜多 清(東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 特任研究員)
  • 樋口 秀男(東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 教授)

発表のポイント

  • どのような成果を出したのか
    手術をすることなく、マウス内の細胞を観察する装置を開発して、白血球全体の運動や白血球内部の運動を実時間で観察することに世界で初めて成功した。
  • 新規性(何が新しいのか)
    手術をしないで、細胞の動きを高精度に観察できたこと。
  • 社会的意義/将来の展望
    病気のほとんどは細胞の異常に由来する。この細胞を体の中で見ることができれば、薬のスクリーニングに利用できるだろう。喜多清特任研究員は、がん細胞の観察にも成功しているので、将来がん化の解析に繋げたい。

発表概要

東京大学の菊島健児特任研究員、喜多清特任研究員と樋口秀男教授(大学院理学系研究科 物理学専攻)は、マウスの体を傷つけることなく、白血球細胞の主要細胞である好中球を高精度に観察することに世界で初めて成功した。観察の結果、普段好中球は血管内を循環しているが、皮膚を刺激することで血管から脱出し血管外を高速に動く姿を実時間でとらえることができた。さらに、好中球内を輸送される小胞も予想外に高速に動くなどの新しい発見があった。これらのことから、好中球は細胞内の小胞も含めた全体の運動を速くすることで、患部にたどり着く時間を短くすることが示唆された。研究グループが開発した方法は、日常的に起こる免疫反応やがん細胞のイメージングに威力を発揮することが期待される。

発表内容

図1

図1:非侵襲イメージング装置

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図2

図2:血管の周りと外側に結合した好中球

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研究の背景と研究目的 

現代の医学は我々の身体の生理現象や疾患を細胞・分子レベルで解明する方向に進んでいる。この潮流の中で体の中をイメージングするためにさまざまな装置が開発された。医療分野でよく知られた装置は、内視鏡、超音波、X線CT、MRI、 PETなどである。残念ながらこれらの装置の分解能は低いので、個々の細胞を判別することが困難である。この問題を打開するために、東京大学大学院理学系研究科の樋口秀男教授の研究グループは、以前に分解能の高い光学顕微鏡と強い蛍光を発する量子ドット(直径数ナノメートルの半導体結晶)を利用した高速イメージング装置を開発し、切開されたマウスの腫瘍細胞や単一分子観察を行った(2007年 Cancer Research)。しかしながら、切開をすると出血や免疫細胞の活性化などが起こり、細胞本来の姿を観察することは困難であった。そこで、研究グループは、手術を必要とすることなく細胞や分子を観察できる装置システムの開発を目指し研究を続けてきた。

研究で開発した新しい手法

顕微鏡に用いる光は、生体内で吸収されたり散乱したりすることにより、像を暗くするだけでなく像をボカしてしまう。そこで、まず像を明るくするために、皮膚の吸収の少ない長波長の蛍光を発する量子ドットを使った。さらに蛍光材料を照らすレーザーパワーとレンズの集光度を上げ、顕微鏡の倍率を下げることで多くの光を集め明るくした。ボケを抑えるために、生体の屈折率に近いシリコンオイルを用い、厚さの薄いマウスの耳(耳殻)を観察対象とした(図1)。これらの改良により、耳中の細胞や血管が鮮明に見えるようになった。

以上のように開発されたイメージング装置を用い、白血球の中でも運動能が高くかつ主要要素である好中球を観察するため、好中球だけに結合する抗体を量子ドットに結合し、これをマウスのシッポから静脈注射した。

研究で得られた結果と知見

研究グループの開発した手術を必要としないイメージング技術を用いることにより、マウスの耳(耳殻)の血管の中を蛍光体の結合した好中球が高速に流れていくさまを観察することができた。耳に炎症がおこると好中球はまず血管の壁付近に結合し、さらには血管を抜け出して血管の裏側に密集する動画がえられた(図2)。次の日に観察すると、好中球は完全に血管から抜け出し、組織の中を激しく動き回っていた(図3)。動きにより、好中球は1分間で自分の体長ほど移動をした。好中球自身の動きだけでなく、図4の白い輝点は好中球内部に多数入った小胞(細菌などを殺す殺菌液が入っている小さな袋)であり、小胞はさまざまな運動をすることが明らかとなった。ある小胞は高速に移動し、その移動速度は過去に報告がないほど高速であった。その高速に移動している小胞はある時ほとんど止まってしまい、またしばらくすると移動を再開するといった不規則な運動であった(図4)。このような細かなことが世界で初めて発見できたことは、研究グループが開発した装置は0.013秒に1倍の画像を撮影できる高時間精度であると同時に位置分解能は0.4マイクロメートルで位置精度が0.015マイクロメートルと高性能であったからである。以上のように、好中球は細胞の中を激しく動きまわり、好中球内の小胞も高速で動くことによって、好中球はいち早く患部にたどり着こうとしていると考えられる。

研究の波及効果

医療において用いられるイメージング装置の分解能は最高でも10マイクロメートル程度と低いため、細胞すら見ることが困難である。一方、取り出した細胞を観察する生物学では、生体の中で細胞がどのように機能しているか正確に知ることはできない。これらの問題点を解決したのが今回の研究である。生体に傷をつけることなく、細胞の動きや機能を高精度高時間分解能で観察することができる。したがって、これまでよくわからなかった免疫細胞の生体内機能やがん細胞の様子を見ることができる。見ることができれば、薬を投与した際、細胞がどのように反応するかを知ることもできる可能性がある。実際研究グループは、脱毛剤を耳に塗ると好中球が動きだすのを観察することに成功している。このように今回の研究は、薬物の反応を見るのに適した非侵襲イメージングシステムである。

研究経費

科学研究費補助金(文部科学省)新学術領域研究 課題番号:23107002
「ナノメディスンの分子科学」領域計画研究
研究課題「細胞内分子機能のナノイメージングと機能のモデル解析」
科学研究費補助金(日本学術振興会)若手研究(B) 課題番号:23770171
研究課題「非侵襲観測による好中球の1分子機能解析」

発表雑誌

雑誌名
Scientific Reports 2013年5月29日号
論文タイトル
"A non-invasive imaging for the in vivo tracking of high-speed vesicle transport in mouse neutrophils"
(マウス個体の好中球内を高速に運動する小胞を非侵襲下でとらえた)
著者
Kenji Kikushima, Sayaka Kita and Hideo Higuchi.

図3:移動する好中球

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図4:途中から動き出す小胞

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