細胞内カルシウム濃度の制御機構の一端が明らかに
発表者
- 濡木 理(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 教授)
- 石谷 隆一郎(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 准教授)
- 西澤 知宏(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 特任助教)
発表のポイント
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どのような成果を出したのか
細胞内のカルシウム濃度の調整に関わる膜輸送体の高分解能の立体構造を解明し、水素イオン濃度勾配を利用してカルシウムイオン輸送する分子機構を明らかにした。 -
新規性(何が新しいのか)
カルシウム-カチオン交換輸送体(CaCA)ファミリーにおける、イオン輸送の分子機構が明らかになった。 -
社会的意義/将来の展望
筋疾患などの治療薬の設計などにつながることが期待される。
発表概要
細胞内のカルシウムイオンは、筋肉の収縮の制御など、シグナル分子として非常に重要な役割をもっており、その濃度は様々なタンパク質により複雑に制御されています。陽イオン-カルシウム交換輸送体(CaCA)ファミリーと呼ばれる一群の膜輸送体は、ナトリウムイオンや水素イオンなどの濃度勾配を利用してカルシウムイオンを細胞外へと輸送し、細胞内カルシウム濃度を一定に保っています。しかし、この膜輸送体がどのようにして二種類の陽イオンを逆向きに輸送するのか、詳細な分子機構はこれまでに明らかになっていませんでした。
今回、東京大学の研究グループ(代表:東京大学大学院理学系研究科 濡木 理 教授および石谷 隆一郎 准教授)は、福岡大学医学部薬理学教室(岩本 隆宏 教授、喜多 紗斗美 講師)、名古屋大学生命農学研究科産業生命工学(Maturana Andres Daniel准教授)らとの共同研究により、(CaCA)ファミリーに属する、水素イオン-カルシウム交換輸送体の立体構造を高分解能で解明しました。明らかになった構造では、水素イオンと-カルシウムイオンの結合する部位が細胞内に開いた状態を取っており、TM1とTM6という二本のαへリックス(注1)が滑るような動きをすることで、水素イオンとカルシウムイオンの結合部位が細胞内外に開かれた状態を交互に切り替えることが明らかになりました。今回の結果は、長らく不明であったCaCAファミリーにおける分子機構の一端を解明するものであり、将来的には筋疾患の治療薬の開発などへとつながることが期待されます。
本研究成果は、米国科学振興協会Science電子版に日本時間5月24日午前3時付けで公開されます。
発表内容
細胞内のカルシウムイオンはシグナル分子として非常に重要な役割をもっており、たとえば筋肉の収縮は筋細胞内のカルシウム濃度の上昇に応じて行われます。細胞内カルシウム濃度は様々なタンパク質により複雑に制御されており、そのうちの一つであるCation/Calcium antiporter (CaCA)スーパーファミリーに属する一群の膜輸送体は、ナトリウムイオンや水素イオンの細胞内外の濃度勾配を利用してカルシウムイオンの輸送を行い、細胞内のカルシウム濃度の調節に関わっています。哺乳類の心筋ではCaCAファミリーに属する、NCXと呼ばれるナトリウム-カルシウム交換輸送体が、細胞内からカルシウムを排出することで、心筋の周期的な拍動を可能にしています。このため、CaCAタンパク質は創薬のターゲットとしても注目を集めています。2012年に古細菌 Methanococcus jannaschii (注2)由来のナトリウム-カルシウム交換輸送体(NCX_Mj)の立体構造が、CaCAファミリーの立体構造としては初めて報告されました。しかし、複数の状態を遷移することで細胞内外のイオンの交換を行う膜輸送体において、一つの状態における情報だけでは、分子の全体の構造変化を理解するのは非常に困難でした。
今回、東京大学大学院理学系研究科 濡木 理 教授らの研究グループは、CaCAファミリーに属する、好熱性古細菌の一種である Archaeoglobus fulgidus (注3)由来のプロトン(水素イオン)-カルシウム交換輸送体(CAX_Af)の立体構造を、X線結晶構造解析(注4)の手法を用いて、2.3Å(注5)分解能で明らかにしました(図1)。結晶中のCAX_Afは、分子の中央に存在する水素イオンとカルシウムイオンの結合部位(H+/Ca2+結合ポケット)(図1)が細胞内に向けて開いた状態をとっていました。これは過去に報告されたNCX_Mjの結晶構造とは反対側に開いた状態でした。NCX_Mjの結晶構造との比較から、TM1とTM6という二本のαヘリックスが滑るように動くことで、CAX_Afの細胞の内と外側に向いた部分に、交互に親水性のくぼみを形成し、イオン透過経路を作り出すことが明らかになりました(図2)。研究グループは、この二本のαヘリックスを「ゲーティングバンドル」と命名しました。
さらにCAX_Afの結晶構造において、カルシウムイオンの結合に関わる78番目と258番目のグルタミン酸の側鎖にはカルシウムイオンの代わりに水素イオンが結合し、周囲のアミノ酸との間に水素結合(注6)を形成していました(図3)。この水素結合は、H+/Ca2+結合ポケットの周囲のαへリックスを安定化させていて、その結果、77番目と257番目のプロリンが疎水的なパッチ(疎水性な部分がつながった構造)を形成していました(図3)。このような疎水性パッチはカルシウムイオンが結合していたNCX_Mjの結晶構造でも形成されており、ゲーティングバンドルが滑るように動いてイオン結合部位の開く方向を変えるために重要と考えられました。CAX_Afにおいても、カルシウムイオン結合に関わるアミノ酸は完全に保存されているため、カルシウムイオンが結合することによっても、この疎水性パッチが形成されると予想されました。一方、CAX_Afの結晶中では、258番目のグルタミン酸の水素イオンが外れた状態の構造も同時に観察されました。水素イオンが外れた状態では、H+/Ca2+結合ポケットの中に見られた水素結合は壊れ、2つのプロリンの距離が離れて疎水性パッチは分断されていました(図3)。したがって、CAX_Afはイオンが結合していない状態では疎水性パッチが分断され、ゲーティングバンドルの構造変化が生じないようになっていることがわかりました。これらの結果から、CAX_Afは図4に示したように、相互に排他的に結合する水素イオンとカルシウムイオンの、いずれかが結合した状態では疎水性パッチが形成され、細胞内に開いた状態から細胞外に開いた状態へ、あるいはその逆の構造変化が可能になるという分子機構モデルを提唱しました。
このように、輸送イオンの結合依存的な構造変化は、イオンが結合していない状態では構造変化が生じないようにすることで、細胞からのイオンの漏洩を防ぐために重要であり、CaCAファミリーに共通の分子機構であると考えられます。今回の結果は、細胞内カルシウム濃度の調節に重要な役割をもつCaCAファミリーにおけるイオン輸送機構の一端を解明するものであり、今後、ヒトのCaCAファミリーに対する阻害剤の開発など、筋疾患などに対する創薬開発につながることも期待されます。
発表雑誌
- 雑誌名
- 「Science」(オンライン版:5月23日)
- 論文タイトル
- Structural Basis for Counter-transport Mechanism of a H+/Ca2+ Exchanger
- 著者
- Tomohiro Nishizawa, Satomi Kita, Andrés D. Maturana, Noritaka Furuya, Kunio Hirata, Go Kasuya, Satoshi Ogasawara, Naoshi Dohmae, Takahiro Iwamoto, Ryuichiro Ishitani, Osamu Nureki

図3:CAX_AfのH+/Ca2+結合ポケットの詳細構造。78番目と258番目のグルタミン酸は水素イオンが結合し、点線で示したような水素結合を形成している(左)。右図の水色は258番目のグルタミン酸に水素イオンが結合した状態、ピンク色は水素イオンが外れた状態でのCAX_Afの構造を示している。258番目のグルタミン酸の水素イオンが外れると、赤い矢印で示したような構造変化が生じ、77番目と257番目のプロリンの距離が離れることにより、疎水性パッチが分断される。
用語解説
- 注1 αヘリックス
- タンパク質の構成要素であるアミノ酸が取りうる二次構造の一つ。↑
- 注2 Methanococcus jannaschii
- メタノコックス属に分類されるメタン生成古細菌の一種↑
- 注3 Archaeoglobus fulgidus
- アルカエオグロブス属に分類される好熱性古細菌の一種↑
- 注4 X線結晶構造解析
- 蛋白質等の生体高分子の立体構造を明らかにする手段の一つ。目的物質の結晶にX線を照射し、回折データを測定することにより、詳細な三次元構造の情報を得ることができる。↑
- 注5 Å(オングストローム)
- 長さの単位、1Åは10-10m↑
- 注6 水素結合
- 電気陰性度が大きな原子に共有結合で結びついた水素原子が、近傍に位置した酸素、窒素原子などの持つ孤立電子対と作る引力相互作用。蛋白質のような巨大分子において、分子内に多くの水素結合が形成されており、全体構造を決める大きな要素となっている。↑