2013/5/20

人工的に作り出したホタルの光の明滅を使って生体内のpH変化をモニターする技術の開発

発表者

  • 小澤 岳昌(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)
  • 服部 満(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 特任研究員)

発表のポイント

  • どのような成果を出したのか
    ホタルの光の明滅を人工的に作り出し、その明滅の速度を計ることで、生きた動物内でのpH変化を長時間安定してモニターする方法を開発しました。
  • 新規性(何が新しいのか)
    これまで生きた動物体内でのpH環境を測定することは容易ではありませんでした。今回開発した技術により、動物体内の pH変化を数時間安定してイメージングする方法を確立しました。
  • 社会的意義/将来の展望
    細胞がガン化、もしくは低酸素状態になると、細胞内のpHが低下 (酸性化) することが知られています。pHのモニタリングを通して、生体内の異常を簡便に検査する技術に繋がると期待されます。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の服部満特任研究員と小澤岳昌教授らは、北海道大学大学院保健科学研究院の尾崎倫孝教授らとの共同研究により、動物体内のpH環境変化を、人工的に作り出したホタルの光の明滅の変化として捉え、長時間モニターする方法を開発しました。

正常な細胞は、各種酵素が適切に働くことで、細胞内のpHがおよそ7.2〜7.4に保たれています。しかし、細胞がガン化や低酸素状態になると、細胞内のpHが低下する (酸性化) ことが知られています。このような細胞内のpH環境をモニターする研究は、培養細胞を用いて盛んに進められてきましたが、マウスのような生きた動物個体内のpH環境を長時間安定して観測することは容易ではありませんでした。

ホタルの光の強度や色の違いを用いたさまざまな分析法はこれまでも開発されてきました。今回本研究開発チームは、ホタルのもう一つの特徴である光の明滅現象に着目しました。特殊なホタルの光源であるルシフェラーゼという酵素を改変して、人工的に明滅できるシステムを開発しました。そして、この明滅の速度がpHに感受性があることから、安定して動物個体内のpH環境を観測する方法を確立しました。

生きた体内でのpH環境をモニターすることができる本システムは、pH変化を通して生体内の異常を簡便に検査する技術に繋がると期待されます。

発表内容

図1

図1:開発した発光プローブ「PI-Luc」。発光タンパク質ルシフェラーゼを2つの断片に分割して、それぞれLOV2タンパク質の端に繋げた。暗所ではルシフェラーゼ断片が互いに接近して結合するため発光する。青色光を当てるとLOV2に構造変化が生じ、ルシフェラーゼ断片間の距離が広くなるため消光する。グラフは、PI-Lucを導入した細胞に青色光を定期的に当てた場合の発光値の変化。照射後に発光量は一時的に減少するが、数分で元の値に回復した。 下の画像では、PI-Lucを導入した細胞集団に文字型を通して光を照射して、「PI-LUC」の形にそれぞれ消光した。白棒は1 mmを示す。

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研究の背景・先行研究における問題点

細胞の中にあるタンパク質は、その周囲の環境によってはたらきが大きく変化します。このような環境条件の重要なポイントのひとつにpHが挙げられます。細胞はタンパク質が効率よく働けるようにpHを自らコントロールし、内部のpHをおよそ7.2に保っています。また、不必要になったタンパク質を分解するための、pHが低い(酸性) 場所も区分けして持っています。ところで細胞は、異常な環境におかれることで正常なpH値を保てなくなることが知られています。例えば、酸素が欠乏している状態ではpHが減少 (酸性化) しますし、ウイルスなどに感染した場合でもpHは大きく乱れます。また、ガン化した細胞には不要なタンパク質が蓄積していますが、これはpHによるタンパク質のコントロールに異常を来していることが理由のひとつと考えられます。したがって、細胞のpHをモニターすることは、細胞のコンディションを判断するのに有効であり、pHは様々な疾患や障害において、異常な細胞を見分けるための共通したマーカーとなります。そのため、個々の細胞でのpH変化のみならず、もっと大きな細胞集団、例えば身体の組織、臓器、または炎症部位や腫瘍などのpHを測る技術が求められています。

細胞の中のpHを測定するためには、細胞を壊さずに生きたまま測る必要があります。古くから用いられている方法では、蛍光性のある標識物質 (蛍光プローブ) を細胞の中に浸透させた状態で外から光を当てて、放出された蛍光の波長からpHを計算していました。しかしながらこの方法を生きた動物個体に用いると、 細胞自身が光ってしまうため正確な値を測るのは困難です。また、長時間光を当て続けるのは細胞にとって大きなダメージとなります。したがって、生きた動物個体で、長時間安定してpHをモニターする技術の開発が急務でした。

研究内容

本研究開発チームはまず、従来の蛍光性のプローブではなく、生物発光を利用したプローブの開発に新しく取りかかりました。生物発光はホタルの光に代表されるとおり、外から光を当てなくても自ら光る化学反応です。新しく開発した発光プローブには、ホタルの光を生み出す元となっている発光タンパク質「ルシフェラーゼ(注1)」とともに、イネ科の植物がもっている「LOV2(注2)」というタンパク質を使いました。このLOV2は、青い光を当てるとその構造が変化し、さらに光を止めると元の構造に戻る性質があります。ルシフェラーゼを2つに分割して、それぞれをLOV2の両端に繋げました。この融合タンパク質は、通常通りルシフェラーゼの発光を観察できますが、青い光を当てると一時的に発光が弱まり、しばらくするとまた元の強さに回復しました (図1)。そこで、この新しい発光プローブをPI-Luc (Photo-Inactivatable Luciferase) と命名しました。PI-Lucの発光は照射する光によって自在にコントロールすることができるため、PI-Lucをもった細胞集団を使って文字を書くこともできます。

このPI-Lucに青色光を当てた後の発光の回復時間を計測すると、酸性であるほど回復が遅くなることを発見しました (図2)。つまり、発光の回復時間を測ることで周囲のpHをモニターすることができます。PI-Lucを実際に生きたマウス足先の皮下に導入して外から光を照射すると、やはり発光が一時的に減少し次第に回復しました (図3)。 この回復する速度を画像に変換することで、生きたマウス体内でのpH環境をイメージングすることに成功しました。このイメージング技術を用いることで、血管を止めて酸欠状態にしたマウスの足先でのpHの低下を時間経過とともに捉えることに成功しました。

社会的意義・今後の予定など

本研究開発では、生きた動物個体内でのpH環境を長時間安定してモニターすることを実現しました。 多くの炎症や悪性腫瘍はそのマーカーとなる物質が発見・開発されておらず、PI-Lucを用いたpHの測定法は、生体内の異常を簡便に検査する技術に繋がると期待されます。 また、手術時の止血処置などで臓器が酸化ストレスを受けると障害を引き起こす場合があり、そのようなストレスからなる臓器障害のメカニズムを解析するツールとしての利用が予想されます。

本研究開発は、 JST先端計測分析技術・機器開発プログラム(要素技術タイプ)、 科学研究費補助金 若手研究(S)、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業、三菱財団自然科学研究助成、日本科学協会 笹川科学研究助成、に支援をいただきました。

発表雑誌

雑誌名
「Proceeding of the National Academy of Sciences of the United States of America」
(オンライン速報版:5月20日の週に公開)
論文タイトル
Sustained Accurate Recording of Intracellular Acidification in Living Tissues with a Photo-controllable Bioluminescent Protein
著者
Mitsuru Hattori, Sanae Haga, Hideo Takakura, Michitaka Ozaki and Takeaki Ozawa

図2:PI-Lucの発光回復時間とpHとの関係。 左のグラフは、それぞれのpH下でPI-Lucに青色光を当てたときの発光値の回復曲線を示す。pHによって回復の時間が異なる。右のグラフは、pH値ごとの発光の回復時間を計算してグラフ上にプロットした。pHが低いほど (酸性) 回復時間が長くなる。下の画像は、PI-Lucをもつ細胞集団に青色光を当てた後、写真の画素 (ピクセル) 毎に発光の回復時間を計算して色変換したもの。結果、細胞内のpHをイメージングする事に成功した。

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図3:生きた動物個体内でのpH変化イメージング。上の連続画像は、PI-Lucを導入したマウスの足先を撮影した発光画像。青色光を照射した後、20秒間ずつカメラを露光して発光を撮影した。発光が一度弱まった後再び回復した。白棒は10 mm を示す。下の画像は、発光回復時間を利用したマウス足先のpH変化イメージング。止血処理を行い、その際のpH変化をPI-Lucの発光回復時間イメージングを利用してモニターした (下段)。止血時に酸性領域が増加している事が確認された。白棒は10 mm を示す。

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用語解説

注1 ルシフェラーゼ
ホタルなどの発光生物において、発光を伴う化学反応を触媒するタンパク質酵素。生物内に存在する発光化学物質と反応することで、発光が生じる。基礎研究においては、調べたい遺伝子の中にルシフェラーゼ遺伝子を組み込むことで、その遺伝子からどれくらいタンパク質が作られているかを発光の強さから調べることができる。
注2 LOV2
植物がもつ光受容体タンパク質フォトトロピンの一部分の名称。青色の光を吸収することで構造が変化する。この構造変化によって、植物が光の方向へ曲がる現象や、葉の気孔の開閉などが引き起こされる。