福島原発事故時の20km避難区域内外の人の流れの携帯電話の位置情報を用いた見積
発表者
- 早野龍五(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 教授)
- 足立龍太郎((株)ゼンリンデータコム 営業戦略室)
発表のポイント
- 福島第一原子力発電所事故による初期被ばくの解明には、放射性物質、特に放射性ヨウ素の拡散シミュレーションと、各地点における滞在人数、双方の把握が欠かせない。
- これまで、福島第一原発事故時の住民の避難行動については、避難住民の聞き取りないしはアンケート調査が唯一の方法であった。
- 携帯電話の位置情報が事故時の人数分布推定に使えることに気づいた東京大学の早野龍五は、ゼンリンデータコムの協力を得て、20km避難区域内外の人の流れを可視化し、放射性ヨウ素の影響が最も多かったと思われる時期の福島第一原発周辺地域の人数分布を、客観的に推定した。
発表概要
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授 早野龍五は、携帯電話の位置情報が、福島第一原発事故時の原発周辺地域の人数分布の把握に使えることに着目し、ゼンリンデータコムの協力を得て、グローバル・ポジショニング・システム(GPS)付き携帯電話の利用者から許諾を得て取得した位置情報を、個人特定できないよう統計化した「混雑統計®」データを用いて解析した。
「混雑統計®」データによれば、事故前の20km圏内の人数は約76,000人、放射性ヨウ素濃度が最も高かったと考えられている3月14日深夜から3月15日深夜にかけての人数は、最大でも約2000人と推計された。しかし、ここに放射性ヨウ素の影響を受けやすい幼児がどれだけいたかは、このデータだけからは分からない。
これまで行われてきた、聞き取り調査や問診票などのように、記憶に頼ることなく、客観的なデータを用いて事故当時の人の流れを明らかにしたのはこれが初めてである。
この手法は、今後、初期の内部被ばく及び外部被ばくの影響評価に有用と考えられる。
発表内容
①研究の背景・先行研究における問題点
福島第一原子力発電所事故による初期被ばく、特に放射性ヨウ素の寄与については、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)を用いた推計や、最近の世界保健機関(WHO)のレポートで、幼児の甲状腺等価線量が100mSvを超える地域があったとされ、健康影響が心配されている。
このうち、福島第一原発から20km圏内については2011年3月12日に避難指示が出されていることから、WHOレポートでは健康影響評価の対象となっていない。しかし、これまで避難住民の聞き取り調査以外には20km圏内人数等、人の流れを客観的に示すデータは存在しなかった。
②研究内容(具体的な手法など詳細)
GPS付き携帯電話は最近広く普及している。ゼンリンデータコムでは、許諾を得て取得した位置情報を統計処理し、観光流動・交通流動等の分析に用いているが、今回、このデータが福島原発事故時の原発周辺地域の人数分布の把握に使えることに着目した早野は、ゼンリンデータコムの協力を得て250mメッシュ内の1時間毎の人数推計値を求め、特に避難区域となった20km圏内にいた人数を客観的に推計した。
なお、福島県内における当時のデータ取得率は約0.7%であり、人数の推計誤差(国勢調査結果との比較から求めた)は、ある領域内の人数が10,000人と推計された場合で約20%、1,000人の場合で約50%である。
ちなみに、図1は、事故前の3月10日の0時~24時(左)と、放射性ヨウ素の影響が最も多かったと思われる3月15日の0時~24時(右)において、人数分布を緑の点で表示し、SPEEDIによって予測された、ヨウ素131の1歳児に対する甲状腺等価線量分布(一番外の青線が100mSv)と重ねたものである。
データからは以下のことが明らかになった(図2参照)。
- 1. 2011年3月10日には、朝、福島第一原発方面に向かって人々が出勤し、夕方に退勤する様子が見える。この日の20km圏内の人数は約76,000人であった。
- 2. 3月11日 21:23に3km圏内、12日5:44に10km圏内、12日18:25に20km圏内に避難指示が出されるごとに、当該圏内の人数が減り、その外側の人数が増える様子が見える。
- 3. 3月13〜14日にかけて、停電等によって携帯基地局が機能を停止し、データが収集できていない時期があるが、福島第一原発直近を除く多くの地点では3月14日の日中にデータ収集が再開された。なお、3月15日以降、避難指示区域外(>20km)での人口が逓減しているのは、屋内退避地域(30km圏内)となった地域から、住民が圏外へ避難したためである。
- 4. 放射性ヨウ素濃度が最も高かったと考えられている3月14日深夜から3月15日深夜にかけての、20km圏内の人数は、最大でも約2000人と推計された。しかし、ここに放射性ヨウ素の影響を受けやすい幼児がどれだけいたかは、このデータだけからは分からない。
③社会的意義・今後の予定 など
今回の手法を用いれば、福島第一原発事故後の初期被ばく(内部被ばく及び外部被ばく)を、聞き取りやアンケート調査とは独立に、客観的に解明することが可能となる。また、本論文ではメッシュ単位で統計処理された1時間毎の人数推計値データのみを用いているが、ベクトルや滞在といった行動記録を再構築することも可能であり(※)、当時の避難行動の解明と、初期被ばくの影響評価に有用と考えられる。
※データは、個人情報との関連性はありません
発表雑誌
- 雑誌名
- 「Proceedings of the Japan Academy Series B」(オンライン版5月10日)
- 論文タイトル
- Estimation of the total population moving into and out of the 20 km evacuation zone during the Fukushima NPP accident as calculated using "Auto-GPS" mobile phone data
- Proc. Jpn. Acad., Ser. B 89 (2013) 196.
- 著者
- Ryugo S. Hayano1, Ryutaro Adachi2
-
- 1. Department of Physics, The University of Tokyo, Tokyo, Japan.
- 2. Network Service Division, New Business Planning Office, ZENRIN Datacom Co., LTD., Tokyo, Japan
- DOI番号
- 10.2183/pjab.89.196