2013/3/28

メダカのウロコが証す骨の起源

発表者

  • 島田敦子(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 助教)
  • 亀井保博(自然科学研究機構基礎生物学研究所生物機能解析センター光学解析室 特任准教授)
  • 田村宏治(東北大学大学院生命科学研究科生命機能科学専攻 教授)
  • 武田洋幸(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授)

発表のポイント

  • どのような成果を出したのか
    ウロコとヒレが発生中の胚のどの細胞に由来するかをつきとめた。
  • 新規性(何が新しいのか)
    脊椎動物の骨の進化の過程を明確にした。
  • 社会的意義/将来の展望
    骨は色々な由来の細胞から柔軟に作られることを示したことで、骨の発生機構研究や再生医療研究へ基礎的知見を与えた。

発表概要

魚のウロコやヒレが発生中の胚のどの細胞から作られるかは、脊椎動物の骨の起源や進化を解く鍵となる問題であるにもかかわらず、長年謎につつまれたままだった。細胞の運命は胚発生初期にまず外胚葉、内胚葉、中胚葉に分かれ、その後それぞれ、神経系や内臓、骨などに順次分化して行く。さらに脊椎動物には第四の胚葉とも呼ばれる特別な細胞、神経堤がある。通常、これらの胚葉を超えて組織を分化させることは難しいため、細胞の由来(系譜)情報は非常に重要である。東京大学大学院理学系研究科島田敦子助教・武田洋幸教授らの研究グループは、基礎生物学研究所亀井保博特任准教授らと共同で、世界で初めて成魚まで骨の細胞系譜をたどる実験系の開発に成功し、ウロコやヒレが従来の説で考えられていた神経堤細胞由来ではなく、中胚葉細胞由来であることを明らかにした。これによって脊椎動物は予想外に「柔軟」な方法で骨を進化させてきたことがわかった。本研究は骨の発生機構や再生医療に関する今後の研究において道しるべともなる成果であり、分化誘導に関わる遺伝子の探索をより正確に行うための情報となると思われる。

発表内容

図1

顕微鏡技術の概要説明図

拡大画像

地球上で最も進化した生物は脊椎動物であり、この脊椎動物の最大の特徴は骨組織を持つことである。ウニやサンゴなどがもつ炭酸カルシウムから成る硬い組織とは違って、脊椎動物の骨はカルシウムを再利用できる全く新しいもので、リン酸カルシウムから成る。この骨を獲得したことによってカルシウムの貯蔵庫をたずさえて、海から陸上に進出できたと考えられている。では、骨はどのように進化したのだろうか。最初に出現した骨はおよそ4〜5億年前に棲息していた甲冑魚(カッチュウギョ)などが身体にまとっていた鎧のような外骨格(注1)である。この骨の構造を調べると、神経堤細胞から作られる歯の象牙質にそっくりだった。神経堤細胞とは脊椎動物だけがもつ多分化能細胞で、脊椎動物に特有の器官を作り出してきたと考えられている。事実、ウロコのすぐそばにある色素細胞や水の流れを感知する側線細胞などは神経堤細胞由来であることが確かめられており、さらに太古の外骨格の姿を残しているウロコやヒレについても、実験的な証拠がないまま神経堤細胞に由来すると類推されてきた。その結果、骨は神経堤によって獲得されたとする説が長年信じられてきた。これまでの骨の分類学や進化学は、このような類推の上に築かれた曖昧なものだったのである。

そこで、東京大学大学院理学系研究科島田敦子助教・武田洋幸教授らの研究グループは、基礎生物学研究所亀井保博特任准教授らと共同で、メダカを用いて2種類の長期細胞系譜解析法を開発し、上記学説の再検証を行った。一つめの技術は「細胞・組織移植(注2)」で、骨細胞だけが緑色(GFP)蛍光を発する遺伝子改変メダカの胚から小さな組織を取り出して別の胚に移植する方法、二つめの技術は「光による細胞標識法(注3)」で、光(赤外線)をメダカ胚の特定の細胞に照射して温め、生涯緑色(GFP)蛍光を発するようにさせ、その細胞の一生を観察する方法である。これらの方法を使ってウロコとヒレが胚のどの細胞に由来するかを調べたところ、どちらも従来の説で考えられていた神経堤細胞ではなく、ウロコ・背ヒレ尾ヒレは体幹筋や背骨などを作る体節中胚葉という細胞に由来、胸ヒレは心臓などを作る側板中胚葉という細胞に由来することが明らかとなった。

今回の研究によって、いままで謎に包まれてきた脊椎動物の骨の進化の過程がようやくはっきりと見えてきた。脊椎動物にはタイプが全く違う外骨格(注1)と内骨格(注4)があるが、これまでは、外骨格は神経堤細胞から、内骨格は主に中胚葉細胞からそれぞれ対応して作られると考えられてきた。今回、体幹部を覆う典型的な外骨格(ウロコとヒレ)が複数の種類の中胚葉細胞由来だったことから、骨は由来する胚細胞の種類にはほとんど制約されず、色々な細胞によって「柔軟に」作られることが決定的となった。もともとは魚の形だった脊椎動物が、カエル、鳥、ヒトに至まで次々と姿を変えることができたのは、このような骨の発生の「柔軟さ」によるものだったのかもしれない。本研究は骨の発生機構や再生医療に関する今後の研究において道しるべともなる成果であり、分化誘導に関わる遺伝子の探索(注5)をより正確に行うための情報となると思われる。

本研究は以下の研究費助成のもとで行われた。
科研費:新学術領域研究(22127002)、特定領域研究(17017003)
文部省グローバルCOEプログラム
基礎生物学研究所個別共同利用研究課題(10-361、11-339)

発表雑誌

雑誌名
「Nature Communications」(オンライン版:3月28日)
論文タイトル
Trunk exoskeleton in teleosts is mesodermal in origin
著者
Atsuko Shimada, Toru Kawanishi, Takuya Kaneko, Hiroki Yoshihara, Toru Yano, Keiji Inohaya, Masato Kinoshita, Yasuhiro Kamei, Koji Tamura and Hiroyuki Takeda
(著者日本語表記:島田敦子(東大)、河西 通(東大)、兼子拓也(東大)、吉原大樹(東北大)、矢野十織(東北大)、猪早敬二(東工大)、木下政人(京大)、亀井保博(基生研)、田村宏治(東北大)、武田洋幸(東大))
DOI番号
10.1038/ncomms2643

用語解説

注1 外骨格
頭蓋骨、歯、ウロコなど、体の周辺にある骨で、軟骨をへずに直接リン酸カルシウムを沈着させて骨化する。皮骨とも呼ばれる。従来は頭部と同じく神経堤由来と考えられていたが、本研究で体幹部外骨格の由来が中胚葉であることがわかった。
注2 「細胞・組織移植」
骨が緑色蛍光を発し、かつ全身が赤色蛍光を発する遺伝子組み換えメダカの細胞や組織を、別のメダカ胚に移植することで、成長後の蛍光色により細胞の由来を解析する方法。本研究で用いた遺伝子組み換えメダカは東京工業大学の猪早敬二助教(共著者)と京都大学の木下政人助教(共著者)らが作製した。
注3 「光による細胞標識法」
生体内の局所や細胞に赤外線を照射して温めて熱ショック反応を起こさせて遺伝子発現を誘導する方法。赤外線を利用するため細胞への害が少なく、また動物・植物両方で応用することができる。2009年に亀井らにより開発され、IR-LEGO(InfraRed Laser Evoked Gene Operator)法と呼ばれる。現在は基礎生物学研究所でこの技術による動物・植物での共同利用研究が進められている。今回遺伝子発現顕微鏡による系譜解析に使用したメダカ胚は、京都大学の木下政人助教(共著者)らの協力により2つの遺伝子組み換えメダカを交配して生涯GFPを発現するように工夫されている。本研究はIR-LEGOが生物学的な重要な発見に応用された初めての例である。(図も参照)
注4 内骨格
背骨や四肢の骨など体の中心部にある骨で、いったん軟骨を経た後に骨化する。外骨格とは独立に獲得され、進化してきたとされる。
注5 分化誘導に関わる遺伝子の探索
細胞の運命は胚発生初期に外胚葉、内胚葉、中胚葉に分かれ、以降それぞれ、神経系や皮膚、消化管や内臓、筋肉や血管などに順次分化していく。神経堤(神経冠とも言う)は第四の胚葉とも呼ばれ、末梢神経、グリア細胞などに分化する。通常これらの胚葉の種別を超えて組織を分化させることは難しい。再生研究においては、発生・分化過程で働く遺伝子の制御によって再生する組織の分化制御を行おうとしているので、細胞の由来(系譜)情報は非常に重要な情報である。