2013/3/28

薬剤耐性病原菌出現の原因となる多剤排出輸送体の構造・機能解明と薬剤候補の発見

発表者

  • 濡木理(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 教授)
  • 菅裕明(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)
  • 田中良樹(当時:東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 特任研究員
  • 現:京都大学大学院医学研究科分子細胞情報学 特定研究員)

発表のポイント

  • どのような成果を出したのか
    病原菌が抗生物質などの薬剤を排出する原因となる膜タンパク質輸送体MATEの高分解能立体構造を解明し、薬剤排出のメカニズムを明らかにした。また、MATEとその機能を阻害する環状ペプチドとの複合体構造を解明した。
  • 新規性(何が新しいのか)
    今までMATEがいかにして多様な薬剤を認識し、排出するかの機構は明らかでなかったが、今回の構造によりそれが原子レベルで明らかになった。また、特殊環状ペプチドがどのようにMATEの機能を阻害するかが明らかになった。
  • 社会的意義/将来の展望
    今回の発見、特に阻害環状ペプチドとの複合体構造は、院内感染などの原因となっている多剤耐性菌に対する有効な抗生物質を創製するための基盤となる。

発表概要

東京大学の研究グループ(代表:東京大学大学院理学系研究科 濡木 理 教授および菅裕明教授)は、病原菌が抗生物質などの薬剤を排出する原因となる膜タンパク質輸送体MATEの高分解能立体構造を解明しました。このタンパク質は原核生物から高等真核生物に至るまで存在しており、その機能を理解することは抗生物質の効果的な利用のために重要であると考えられています。

これまで低分解能で解析されたMATEの構造についての報告はありましたが,その詳細な機能の理解には至っていませんでした.今回,濡木 理 教授の研究グループは,MATEのより高分解能の構造と輸送基質との複合体構造を解明しました.その結果,膜貫通ヘリックスの一つが内側へと折れ曲がることで抗生物質の結合ポケットが失われ,細胞外に抗生物質が吐き出されることが示唆されました.この膜貫通ヘリックスの動きこそが、これまで未解明であった抗生物質の排出機構の要であることが明らかになりました。また、同大学の菅 裕明 教授の研究グループとの共同研究により、大腸菌において発現させたMATEの輸送活性を阻害する特殊ペプチドが発見され、さらにその特殊環状ペプチドとMATEの共結晶化にも成功、阻害様式も明らかになりました。今回の結果は、MATEの薬剤排出における新規の構造変化を明らかにすることで阻害剤設計の基礎となる情報を与えたばかりか、阻害剤開発の足がかりとなり得る化合物も発見されており、今後、院内感染等で問題を引き起こす多剤耐性菌の新規抗生物質の開発に寄与することも期待されます。

本研究成果は、英国科学誌ネイチャー電子版に3月27日 (英国時間18時・日本時間3月28日午前3時)付けで公開されます。

発表内容

多剤排出輸送体は構造・作用の異なる薬剤を広範に認識し排出する輸送体であり、原核生物から高等真核生物まで広く存在しています。細胞において毒性のある物質を能動的に排出することは細胞の抗生物質耐性に関与するものであり、化学療法を中心としている現代医学にとって、重要な研究対象となっています。本研究では、多剤排出輸送体に分類されるファミリー(注1)の一つであるMultidrug And Toxic compound Extrusion (MATE) を解析対象としてX線結晶構造解析を行ないました。2010年には、Na+駆動型 V.cholerae 由来MATEの立体構造が決定されており、 12本の膜貫通 (Transmembrane: TM) ヘリックスで構成され、6つのTMが束になり、その間には細胞外側に開いた大きな空間が存在することが知られています。しかし、分解能が3.65 Å(読み:オングストローム)と低く、多様な抗生物質を排出する仕組みは明らかになっていませんでした。

今回、好熱性古細菌 Pyrococcus furiosus 由来MATE全長の結晶構造を、脂質中に膜タンパク質を再構成して結晶化する脂質キュービック法(注2)を用いることで最高2.1 Å分解能で決定することに成功しました。明らかにした構造は、2つの状態の単体構造と輸送基質との複合体構造、特殊ペプチドとの複合体構造です。2つの単体構造のうちの一つは既知構造と一致した構造をとっており、空間内部表面の大部分が疎水的なアミノ酸側鎖によって構成されている一方で、 TM1-6(N-lobe;添付図上側参照)の細胞外部分に酸性残基の集中した部位が存在することが分かりました。また、基質複合体構造から、N-lobe側に抗生物質結合ポケットが存在することが分かりました。単体構造の一方は既知の構造から変化が見られ、TM1ヘリックスがプロリン残基を基点にして折れ曲がり、内部空間側へ入り込む構造をとっていました(添付図下側参照)。2つの単体構造を比較すると、酸性残基の集中する部位のアミノ酸配置が大きく変化していることが明らかになり、この部位へのプロトンの結合が構造変化と関連し、抗生物質の排出を行なっているという仮説を提唱しました

さらに、RaPID (Random Peptide Integrated Discovery) ディスプレイ法により選択された、MATEの抗生物質排出機能を阻害する特殊結合ペプチドとの複合体の構造決定を行いました。複合体構造から、特殊ペプチドは上述の抗生物質結合ポケットに入り込む形で結合していることが明らかになり、MATEの構造変化を抑制することで排出機能を阻害していると考えられます。

以上の結果は、多剤排出輸送体に対する阻害剤設計に資することが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
「Nature」(オンライン版:3月27日)
論文タイトル
Structural basis for the drug extrusion mechanism by a MATE multidrug transporter
著者
Yoshiki Tanaka, Christopher J. Hipolito, Andre´s D. Maturana, Koichi Ito, Teruo Kuroda, Takashi Higuchi, Takayuki Katoh, Hideaki E. Kato, Motoyuki Hattori, Kaoru Kumazaki, Tomoya Tsukazaki, Ryuichiro Ishitani, Hiroaki Suga & OsamuNureki

用語解説

注1 多剤排出輸送体に分類されるファミリー
多剤排出輸送体は、現在までに1つのABCトランスポーターと4つの陽イオンの濃度勾配エネルギーを利用する二次性能動輸送体に分類されている。
注2 脂質キュービック法
3次元的に連続する状態層の脂質に膜タンパク質を再構成し、その中で結晶化を行なう。1998年にLandau, Rosenbuschらによって考案された比較的新しい結晶化法である。