2013/3/4

アインシュタインは修正されるか?

— 新種のニュートリノの質量でさぐる宇宙の進化 —

発表者

  • 本橋隼人(東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 博士課程3年)
  • アレクセイA. スタロビンスキー(東京大学大学院理学系研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センター 客員教授)
  • 横山順一(東京大学大学院理学系研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センター 教授)

発表のポイント

  • どのような成果を出したのか
    有質量の第4世代ニュートリノがあると、アインシュタインの一般相対性理論に基づく宇宙モデルは観測的に棄却される一方、修正重力理論は観測と整合的に宇宙の加速膨張を説明できることを示した。
  • 新規性(何が新しいのか)
    近年実験的に示唆されている質量の第4世代の新しいニュートリノが存在する前提で観測データを再解析したところ、アインシュタインの一般相対性理論に基づく標準宇宙モデルが否定され得ることを発見。
  • 社会的意義/将来の展望
    ニュートリノ振動実験により第4世代ニュートリノが発見され、その質量が近年報告されている値に決まれば、これまで世界中の研究者が前提として用いてきたアインシュタイン理論が大幅な修正を余儀なくされ、それによって宇宙の加速膨張の起源という最大の謎が解けるかもしれない。

発表概要

現在の宇宙の膨張速度が徐々に加速しているという観測事実は、発見者に早くもノーベル賞が授与されるなど、世界に大きなインパクトを与えました。しかし、なぜ宇宙が加速膨張するのか従来のアインシュタインの一般相対性理論だけでは説明できず、加速膨張の原因究明が現代物理学の最大かつ喫緊の課題となっています。加速膨張を説明できる最も簡単な理論は、アインシュタインの一般相対性理論に基づき、新たに宇宙項という反発力を持ったエネルギー(ダークエネルギー)を導入した宇宙モデルです。一方で、一般相対性理論自体が間違っていたとする「修正重力理論」による説明も提唱されています。

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程3年の本橋隼人らは、近年の素粒子実験によって示唆されている、水素原子の十億分の一程度の質量を持った未発見の第4世代ニュートリノの存在を前提に観測データを再解析しました。その結果、アインシュタイン理論に基づく宇宙モデルでは銀河や銀河団の分布の観測結果と矛盾してしまうこと、一方、修正重力理論は、宇宙の加速膨張と銀河分布などの観測データの双方をうまく説明できることを発見しました。今後のニュートリノ実験でニュートリノ質量がこの値に確定すれば、アインシュタイン理論は大幅な修正を余儀なくされるとともに、宇宙の加速膨張の謎が解けることになるのです。

発表内容

図1

銀河の集積度を差し渡し距離の逆数に対して表した図。修正重力理論は観測データを良く再現するが、アインシュタイン理論は観測と乖離している。

拡大画像

宇宙最大のなぞ:ダークエネルギーか修正重力か?

現在の宇宙は加速的に膨張をしていることが前世紀末に発見されました。万有引力を及ぼす通常の物質しかなければ、宇宙は必ず減速膨張するはずなので、この発見は驚きをもって迎えられ、発見者には2011年度のノーベル物理学賞が授与されました。この発見は、アインシュタインの一般相対性理論が宇宙論的なスケールでは間違っているか、あるいは反発力を及ぼす宇宙項Λ(ラムダ)のようなエネルギー(これはダークエネルギーと総称されています)で宇宙が一様に満たされているか、いずれかであることを意味します。今日の標準的な宇宙進化の理論模型は、一般相対性理論に基づいて後者の立場に立つΛCDM(CDMはコールドダークマター)模型であり、さまざまな観測データをよく説明することが知られています。その反面、観測から示唆されるΛの値は理論的に予測される値と120ケタもずれているため、前者の立場に立つ研究も活発に行われています。

素粒子ニュートリノの最新データ

一方、宇宙の構成要素としては、バリオン(元素)、ダークマターとともにニュートリノも重要であり、1立方センチメートルあたり数百個のニュートリノが宇宙空間にあまねく存在しています。弱い相互作用を受けるニュートリノは3種類(3世代と呼びます)あることが知られていますが、その著しい特徴は、ゼロでない質量を持っていたとすると、世代間で移りあって他の世代のニュートリノに化けるニュートリノ振動と呼ばれる現象が起こることです。ニュートリノの存在量からニュートリノ振動の様子がわかるため、ニュートリノの質量を知ることができます。我が国のスーパーカミオカンデ実験等により大気ニュートリノと太陽ニュートリノの存在量が観測されており、その観測結果は3世代のニュートリノがそれぞれ微小な質量を持つことにより説明されています。ところが最近、原子炉からのニュートリノも測定されるようになり、そのデータはこれまでの3世代のニュートリノ振動では説明できず、1電子ボルト(水素原子の十億分の一)程度の質量を持つ第4世代のニュートリノが存在する可能性が示唆されています。

ニュートリノのあやつる宇宙の進化

ニュートリノは光速に近い速度で運動するため、もしこのような質量を持ったニュートリノが存在すると、銀河や銀河団のタネとなるはずの密度ゆらぎ(物質密度のムラ)を均一化してしまうため、銀河や銀河団の形成を阻害することになります。

これに関して、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程3年の本橋隼人と同ビッグバン宇宙国際研究センターのアレクセイ・スタロビンスキーと横山順一は、最近の素粒子実験によって示唆される、1電子ボルトの質量を持った第4世代ニュートリノが存在した場合、宇宙の構造形成にどのような影響が及ぶか明らかにするため、密度ゆらぎの時間発展を数値計算によって求めました。そして宇宙マイクロ波背景放射やスローンデジタルスカイサーベイなどの銀河分布の観測データを再解析し、理論と比較しました。

ニュートリノ質量と重力理論

その結果、このような質量を持ったニュートリノが存在すると、まず、標準ΛCDM模型では銀河や銀河団スケールの密度ゆらぎが減衰してしまい、観測データとかけ離れた値しか得られないことを見いだしました。一方f(R)重力理論と呼ばれる修正重力理論においては、これらのスケールで重力がより強く働くため、密度ゆらぎが増大しやすくなり、このような第4世代のニュートリノがあっても、観測結果がみごとに再現されることを発見しました。

すなわち、1電子ボルトの質量を持った第4世代ニュートリノが存在した場合、アインシュタインの一般相対性理論に基づく宇宙モデルは観測的に棄却されてしまう一方、修正重力理論はニュートリノと修正重力の相乗効果によって観測結果をうまく再現するのです。

アインシュタインを解くカギはニュートリノ質量にあり

本研究は、今後ニュートリノ実験がさらに進み、1電子ボルトの質量を持った第4世代ニュートリノの存在がより確定的になれば、宇宙の加速膨張の起源という宇宙論および重力理論の根源的問題が解決し得ることを示した、画期的なものです。これは、ミクロな世界を記述する素粒子物理と超マクロな世界を扱う宇宙論の密接な関係を明らかにしたものでもあります。

発表雑誌

雑誌名
「Physical Review Letters」採録決定
論文タイトル
Cosmology based on f(R) gravity admits 1 eV sterile neutrinos
著者
本橋隼人、Alexei A. Starobinsky、横山順一