時計タンパク質CRYを分解攻撃から守る新しい体内時計の振動原理を解明
発表者
- 深田 吉孝(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 教授)
- 平野 有沙(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 博士課程大学院生)
発表のポイント
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どのような成果を出したのか
約24時間サイクルの体内時計において中心的な役割を果たすCRYタンパク質が、12時間をかけて蓄積し12時間かけて崩壊する、ゆっくりと正確に時を刻むメカニズムを発見しました。 -
新規性(何が新しいのか)
生理機能が謎に包まれていたユビキチン化修飾酵素FBXL21が、CRYを「安定化する」というユニークな機構を見出しました。今回明らかにしたタンパク質を安定化するメカニズムは、正確な時を刻む生理現象に重要な、世界で初めての発見です。 -
社会的意義/将来の展望
体内リズムの異常がもたらす睡眠障害やメタボリックシンドロームなどの疾患の予防や治療につながると期待されます。
発表概要
東京大学 大学院理学系研究科の平野有沙(大学院生)と深田吉孝教授は、九州大学 生体防御医研 の中山敬一教授らとの共同研究により、概日時計(注1)における中枢因子CRYのタンパク質量が1日周期で増減を繰り返すメカニズムを発見しました。
概日時計は、CRYタンパク質(CRY1とCRY2)を中心とする時計因子が一日の中で合成されたり分解されたりしてリズミックな増減を繰り返すことにより駆動され、生物の睡眠・覚醒リズムやホルモン分泌リズムを生み出します。なぜ概日時計が正確に時を刻めるのかという謎の解明や、概日リズムの乱れが原因となる疾患を理解するためには、CRYタンパク質がどのように増加・減少して一日のサイクルを終えるのかを理解することが重要な課題でした。本研究チームは、これまでにCRYの分解を促進することがわかっていたユビキチン注3)化修飾酵素FBXL3とよく似たFBXL21が、CRYをユビキチン化修飾することによって安定化し、CRYが急激に分解されるのを防いでいることを見出しました。一般的に、ユビキチン化された基質は分解される例が圧倒的に多く、この安定化機構はとてもユニークです。一方、FBXL3とFBXL21の両遺伝子を欠損した変異マウスを作成したところ、活動と休息のリズミックな周期性が徐々に崩れ、体内時計が不安定になることを見出しました。体内時計を早く進めようとするFBXL3と、時計を遅らせようとするFBXL21の競合作用によって、24時間という長い1サイクルが正確に刻まれ、安定に維持されることがわかりました。
概日時計が安定にリズムを刻む分子的な仕組みを明らかにした本研究は、概日リズムの異常がもたらす睡眠障害やメタボリックシンドロームなどの疾患の予防や治療に役立つと期待されます。
発表内容

図1:CRYタンパク質の発現リズム
CRYの合成→蓄積→DNA上で時計遺伝子の発現調節→分解という一連のプロセスが、概日時計が振動する分子メカニズムだと考えられています(上図)。そのため、CRYタンパク質の量は一日を通して大きく増減を繰り返します(下図)。本研究では、このようなタンパク質ダイナミクスを生み出す分子メカニズムを解明しました。

図2:FBXL3/FBXL21欠損マウスの輪回し行動リズム
マウスの輪回し行動リズムを数週間にわたって測定しました。横軸に2日間分のマウス輪回し行動をプロットしています。野生型マウスでは、恒暗条件下でも長い期間にわたって約24時間周期の行動リズムを維持します(左上図)。しかし、FBXL3欠損マウスでは、とても長い周期の行動リズム(1日が約28時間)を示しました(右上図)。一方、FBXL3/FBXL21欠損マウスでは、FBXL3単独欠損マウスの異常な長周期性が大きく緩和されました(1日が約25時間)。さらに、FBXL3/FBXL21欠損マウスの一部は、恒暗条件下にしてから時間が経つと、行動リズムが失われることがわかりました(右下図)。
研究の背景・先行研究における問題点
生物の睡眠・覚醒リズムなどの約1日周期の生理リズムのことを概日リズム(サーカディアンリズム)と呼びます。概日リズムは、生物の体内に内在している体内時計の一つである概日時計注1)によって制御されます。睡眠障害に代表されるリズム障害は、鬱病などの精神疾患と密接に関わっています。さらに、看護士のシフトワークなどによる概日リズムの乱れは、癌やメタボリックシンドロームのリスクファクターとなるという臨床データも報告されています。このような背景から、24時間型生活と言われる「眠らない現代社会」において、体内時計の基本的な性質に対する国民の関心が極めて高くなってきており、概日時計研究は近年、着目されているリサーチフロントです。
概日時計は、複数の時計因子が一日周期で増減を繰り返すことにより振動し、一定の環境条件下においても長い期間に渡って約24時間周期のリズムを安定に刻みます。CRYタンパク質は、ほ乳類の時計発振において必須因子であり、自身を含めた時計因子群の発現を強力に制御する活性を持ちます。そのため、CRYのタンパク質量や細胞内の局在は一日を通してダイナミックに変化し、これが厳密に制御されなければ時計機能は破綻します。つまり、1 日の始まりに合成されたCRYタンパク質がどのように蓄積し、ピークを迎えたあと、どのように減少して一日のサイクルを終えるのかを理解することが重要です(図1)。これまでの知見により、CRYはFBXL3と呼ばれるF-boxタンパク質(注2)によってユビキチン化修飾(注3)を受けて分解されることが知られていました。しかしながら、CRYの減少をもたらす分解制御のみでは、CRYタンパク質量のリズム形成メカニズムを説明することはできず、CRYがいかに12時間をかけてゆっくり蓄積するかについて今まで謎に包まれていました。
研究内容
本研究チームは、FBXL3とよく似たF-boxタンパク質FBXL21に着目し、FBXL21の概日時計における役割とCRYタンパク質の制御メカニズムを明らかにしました。マウスの概日時計を測定する方法として、マウスが飼育ケージの中で回転輪に乗って走る輪回し行動のリズム解析がよく用いられます。マウスは夜行性の動物であるため、明暗サイクルで飼育すると、明期(昼)はほとんど輪を回さず、暗期(夜)に活発に輪を回します。野生型のマウスでは、脳内の概日時計が安定に時を刻み続けるので、連続暗という一定の環境においてもマウス固有の周期(約23.5時間)の行動リズムが何十日も安定に継続します。しかし、FBXL3とFBXL21を二重に欠損した変異マウスでは、恒暗条件において行動リズムが徐々に不安定になり、最終的にはリズムが消失し、一日を通して行動と休息をランダムに繰り返すことを見出しました(図2)。本来であれば一定の環境においても長い期間に渡って約一日のリズムを維持する「強さ:ロバストネス」を備えた概日時計が、この二重変異マウスでは極めて脆弱になっていることを意味します。
このようなマウスの行動リズムの異常がどのような分子メカニズムによってもたらされるかを調べたところ、FBXL21がCRYをユビキチン化修飾すること、その結果、驚くべきことにCRYを安定化することを見出しました(図3)。一般的に、ユビキチン化されたタンパク質は分解制御を受ける例が圧倒的に多く、今回見出した安定化機構は極めて稀なユビキチン化修飾による制御です。FBXL3とFBXL21は、それぞれ核内と細胞質という異なる場所に存在し(図4)、両者は一日の異なる時間帯にCRYタンパク質に作用していることがわかります。CRYが昼の時間帯に増加するタイミングではFBXL21による安定化制御を受けて蓄積してゆき、一方、夜になるとFBXL3による分解制御を受けて減少する、というCRYタンパク質のダイナミクスを生み出す作動原理を解明しました(図5)。さらに、このタンパク質リズムの形成が概日時計の発振の維持に必須であることを明らかにしました。
社会的意義
本研究は、中枢因子CRYのタンパク質リズムを生み出す原理を解明し、「概日時計の振動を安定に維持するメカニズム」を示しました。近年、不規則な生活リズムを送ることによってもたらされる概日リズムの乱れが様々な疾患の原因となることが次々に報告されています。また、老化とともに概日時計の振動が弱くなるという報告もあります。さらに、CRYには概日時計の制御の他にも、糖代謝に関与する遺伝子の発現を調節するという機能があり、CRY遺伝子の異常は糖尿病や高血圧の原因となることが新たにわかってきています。CRYタンパク質量の制御メカニズムの全貌を明らかにした本研究は、概日リズムの乱れからもたらされる疾患のみならず、糖尿病や高血圧などの極めてメジャーな疾患の治療への応用が期待されます。
なお、2012年に開催された国際学会SRBRにおいて、米国の著名な体内時計研究者であるDr. Joseph Takahashi(米国テキサス大学サウスウェスタン医学センター)の率いる研究チームと平野氏、深田教授らの研究チームは、互いによく似た研究を遂行していることを知り、Cell誌に論文を同時投稿することを約束しました。査読の結果、両者の論文はCell誌に同時に掲載されるとのことです。平野、中山、深田らは逆遺伝学(reverse genetics)の研究手法で、一方、Dr. Takahashiらは順遺伝学(forward genetics)を用いて、互いに同じ結論に至りました。このような経緯は、Cell誌の審査員やエディターが両論文の結論の妥当性を強く確信する要因になったと思われます。
なお、本論文が掲載されるCell誌には、今回の研究成果を図案化した表紙デザインが採用されました(図6)。本論文の研究成果が、Cell誌に掲載される選りすぐりの論文の中でも、飛び抜けて高い話題性を有していると評価された結果と言えます。
本研究は、 科学研究費補助金 基盤研究(S)「生存戦略としての体 内時計システムの分 子解剖」2012-2017(研究代表者:深田 吉孝)、および戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「生命システムの動作原理と基盤技術」領域における「ユビキチンシステムの網羅的解析基盤の創出」2007-2013(研究代表者:中山 敬一(九州大学 生体防御医学研究所 教授))に支援をいただきました。
発表雑誌
- 雑誌名
- 「Cell」2月28日号(オンライン版:2月28日米国東部時間で正午)
- 論文タイトル
- FBXL21 Regulates Oscillation of the Circadian Clock through Ubiquitination and Stabilization of Cryptochromes
- 著者
- Arisa Hirano, Kanae Yumimoto, Ryosuke Tsunematsu, Masaki Matsumoto, Masaaki Oyama, Hiroko Kozuka-Hata, Tomoki Nakagawa, Darin Lanjakornsiripan, Keiichi I. Nakayama*, and Yoshitaka Fukada* (*co-corresponding)
平野 有沙、弓本 佳苗、恒松 良祐、松本 雅記、尾山 大明、秦 裕子、中川 智貴、ダーリン ランジャコーンシリパン、中山 敬一、深田 吉孝 - DOI番号
- 10.1016/j.cell.2013.01.054

図3:FBXL21によるCRY1タンパク質の安定化
培養細胞にFBXL3タンパク質を発現させると、CRY1タンパク質の分解が促進されてCRY1の量が減ります(レーン2)。一方、FBXL21タンパク質を発現させることによってCRY1が安定化され、CRY1のタンパク質量は2.5倍に増加しました(レーン3)。

図4:FBXL3とFBXL21の細胞内局在
タンパク質の構造から、FBXL3のみ核移行シグナルをもつことを発見しました。細胞免疫染色法によって、細胞内のFBXL3とFBXL21の局在を調べたところ、FBXL3は核に存在するのに対して、FBXL21は細胞質に多く存在していました。

図5:CRYのタンパク質リズムの形成メカニズム
昼に合成されたCRYタンパク質は、細胞質でFBXL21によるユビキチン化修飾を受けて安定化し、12時間かけてゆっくりと蓄積します。夜になるとCRYは核の中で時計遺伝子の発現を調節する、という役割を終え、FBXL3によって分解されて減少します。このような2つのF-boxタンパク質による逆向きの拮抗作用によって、CRYタンパク質のダイナミクスが生み出されます。このタンパク質ダイナミクスが、概日時計が安定して振動するために必要であることを示しました。

図6:本論文の研究内容を基に描いたデザインがCell掲載号の表紙に採択されました。
このイラストでは、時計の針を早く進めようとする力(向かって左の女性:FBXL3によってユビキチン化修飾されたCRY)と、それを抑えようとする女性(右側:FBXL21によってユビキチン化修飾されるCRY)が、互いに体内時計の針を押し合って時計のペースを調整し、非常に安定な24時間サイクルの体内時計が刻まれるというメッセージを表しています。
用語解説
- 注1 概日時計(約24時間周期の体内時計)
- 生物が示すおよそ24時間周期のリズム現象(たとえば、睡眠と覚醒といった生活リズムやホルモン分泌リズム)を概日リズム(サーカディアンリズム)と呼びます。概日リズムは、生物に内在する自律振動体である概日時計システムにより制御されます。私たちがアメリカに旅行した際に時差ボケに陥るのは、体内時計と現地の時刻との間にズレが生じるためです。概日時計の分子メカニズムは、1日周期で時計遺伝子の発現がONとOFFを繰り返し、その発現量が増加と減少を繰り返すことにあると考えられています。時計遺伝子の中でもCRYは自身を含めた時計遺伝子の発現の「OFF」を担う因子であるため、概日時計の中枢制御因子として働きます。↑
- 注2 F-boxタンパク質
- ユビキチンをタンパク質に結合するために必要なユビキチンリガーゼのサブユニットのひとつです。ほ乳類には100種類近くのF-boxタンパク質があり、すべてF-boxドメインを持ちます。F-boxドメイン以外の領域は酵素の標的タンパク質(修飾を受けるタンパク質、基質ともいう)との結合に使用されます。そのため、基質の特異性を決定する重要なタンパク質であると考えられています。↑
- 注3 ユビキチン化修飾
- ユビキチンは酵母からヒトまで高度に保存された76アミノ酸からなる小さなタンパク質です。ユビキチンは標的タンパク質のリジン残基に結合することによってタンパク質を修飾します。ユビキチン化修飾はユビキチン化酵素(E1:ユビキチン活性化酵素, E2:ユビキチン結合酵素, E3ユビキチンリガーゼ)の一連の酵素反応により起こります。さらに、標的タンパク質に結合したユビキチンに新しいユビキチン分子が結合することによって、ユビキチンの鎖が形成されます。この鎖の種類によって標的タンパク質の分解や細胞内の分布などが制御されます。↑