2013/2/4

明らかになった沖ノ鳥島サンゴ種リスト

発表者

  • 茅根 創(東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 教授)

発表のポイント

  • どのような成果を出したのか
    沖ノ鳥島におけるサンゴの種リストを完成させた。サンゴ種数は熱帯にありながら93種(より高緯度の八重山諸島の4分の1)と少なく、孤立した島の貴重なサンゴ相を示す。
  • 新規性
    沖ノ鳥島ではこれまで国土交通省、水産庁、東京都によりサンゴ調査が実施されてきたが、これらの結果を総合的にまとめたリストはなく、世界のサンゴ分布の空白域だった。
  • 社会的意義/将来の展望
    孤立した沖ノ鳥島のサンゴ種リストは、サンゴの生物地理学的考察の進展に寄与する。さらに同島の生態系と島の維持・保全をはじめる基本情報を提供する。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の茅根創教授らは、日本最南端の沖ノ鳥島に分布するサンゴ種の完全なリストをまとめ、種の多様性は熱帯にありながら93種と少ないことを明らかにした。これは、より高緯度の八重山諸島(368種)の4分の1、マリアナ諸島(205種)の半分、ずっと北方の九州天草(98種)と同程度である。沖ノ鳥島にのみ分布する種は認められなかったが、種の構成は琉球列島、小笠原・マリアナ諸島、パラオなど、周辺のどのサンゴ礁とも異なる貴重な群集であることがわかった。サンゴは、島内のパッチ(サンゴからなる小丘)には20%以上の高被度で分布している場所もある。本成果は、これまでの国土交通省、水産庁、東京都の調査結果と標本を、実際に現地の調査にあたったサンゴの専門家とともに検討し、追加の調査も行ってまとめたものである。

沖ノ鳥島にどのようなサンゴが分布しているのか(サンゴ相)について、これまで完全なリストはまとめられていなかった。そのため、サンゴの世界的分布核心域に接していながら、同島のサンゴ相は生物地理の空白域となっていた。沖ノ鳥島の種の多様性が少ないことは、同島が小さな卓礁でありサンゴの生息場の多様性が小さいことと、孤立しているため他のサンゴ礁からサンゴ幼生の加入の機会が少ないことによって説明される。

沖ノ鳥島は、周囲に40万平方km もの排他的経済水域(EEZ)を持つ島である。同島は東西4.5km、南北1.7kmと小さく、さらに国際法上「島」として認められる高潮位以上の陸地は、北小島と東小島の2小島だけで、両島は今世紀の海面上昇で水没の危機にある。こうした状況をふまえ、平成22年(2010年)に「低潮線保全・拠点施設整備法」が成立・施行され、同法に基づいて沖ノ鳥島は特定離島と位置づけられた。特定離島の保全とその利活用のための拠点整備がはじめられ、その重要な柱として、島を造るサンゴの増殖による生態工学的な島の維持・保全がうたわれている。本論文で同島のサンゴリストを提示したことは、今後の同島の利活用と生態系の保全,島の維持・保全をはじめる基礎となる情報を提供する。

本研究で用いられたサンゴ標本の一部は、本成果の公表にあわせて、東京大学総合博物館において展示・公開する。

発表内容

図1

図1:沖ノ鳥島の位置とその周辺の排他的経済水域。

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沖ノ鳥島は、北緯20度25分に位置する、日本最南端の孤島である。行政区分は東京都であるが、東京から1740km、硫黄島から720km、沖大東島から670km 離れている。そのため周囲に40万平方kmもの排他的経済水域(EEZ)を有する。この島は、水没した火山島の上に厚さ1500mものサンゴが積み重なって海面まで達している。低潮位になると、東西4.5km、南北1.7kmの島が現れるが、高潮位では北小島と東小島が残るだけである。国連海洋法条約第121 条では、EEZの起点と成る島とは「自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるもの」とされている。

沖ノ鳥島はサンゴが造った島であり、サンゴは島の地形と生態系の主役である。そのため、沖ノ鳥島の維持と保全を考える上で、この島にどのようなサンゴが分布するのか(サンゴ相)を明らかにしリスト化することはもっとも重要である。また、同島は、世界でもっともサンゴの多様性が高い熱帯東太平洋(フィリピン、インドネシア、ニューギニアで囲まれた、サンゴトライアングル)に接していながら、この地点のサンゴ相が不明だったため、サンゴの生物地理の空白域になっていた。同島のサンゴ相を明らかにすることは、生物地理学的にも重要である。これまで国土交通省、水産庁、東京都が同島のサンゴ相についての調査を行ってきたが、これらの結果をもとにしたサンゴの総合的なリストやサンゴの分布状況はまとめられていなかった。

そこで今回、東京大学大学院理学系研究科の茅根創教授らは、これまで国土交通省、水産庁、東京都が行ってきた調査結果をまとめ、実際に現地の調査にあたったサンゴの専門家とともにデータや採取標本を検討し、さらに追加の調査を実施して、沖ノ鳥島のサンゴリストを作り、同島に11科25属93種のサンゴが分布することを明らかにした。沖ノ鳥島のサンゴは、ハリエダミドリイシなどのミドリイシ類と、イボハダハナヤサイサンゴ、キクメイシ科のサンゴが卓越する。また北西太平洋で卓越するツツユビミドリイシやコユビミドリイシは、沖ノ鳥島ではみられなかった。同島のサンゴの種構成を、日本本土、琉球列島、台湾、小笠原諸島、マリアナ諸島、パラオなど、北西太平洋の16地点のサンゴの種構成と比べたところ、種の数が周辺の島々に比べて少ないだけでなく、種構成は周辺の島々とは独立していることが明らかになった。

同島のサンゴ相は、琉球列島、日本本土、パラオ、マリアナ諸島とは独立している。同島に固有の種はみられなかったが、卓越するミドリイシ類(ハリエダミドリイシ、ヤッコミドリイシ類似種、ミドリイシの1種)は、琉球列島でみられる同じ種(あるいは近縁種)とは形態が異なっている。サンゴ種の多様性が高い海域に接していながら、相対的にサンゴ種数が少ないことは、同島の生息場の多様性が小さいことと、他の島から隔絶している地理的位置によって説明できる。同島は亜熱帯還流の中央に位置し、主要な海流からは離れている。そのため、定着可能期間が長い(およそ70日以上の)サンゴ幼生だけが周辺の島々から加入することができる。この特徴的なサンゴ相は、少なくとも海面上昇の最後のステージ(完新世)の過去7600年間維持された。種数は少ないが、サンゴ礁が地形を造る力は大きく、礁内のパッチ礁(サンゴが造った小丘)や礁外の斜面には、サンゴ被度が20%以上の場所が分布する。

平成22年(2010年)に「低潮線保全・拠点施設整備法」が成立・施行され、同法に基づいて沖ノ鳥島は特定離島と位置づけられた。特定離島の保全と利活用のための拠点整備の重要な柱として、島を造るサンゴの増殖による生態工学的な島の維持・保全がうたわれている。本論文で同島のサンゴリストを提示したことは、今後の同島の利活用と島の維持・保全を進めるためのもっとも基本的な情報を提供する。現在、国土交通省が、沖ノ鳥島のサンゴなどによる島の維持と保全ならびに同島の利活用のための拠点整備を、水産庁が水産資源の基盤としてのサンゴ増殖を、東京都が水産資源の利用を進めている。本成果は、こうしたプロジェクトを進める基礎情報を提供する。

なお、本研究で用いられたサンゴ標本の一部は、本成果の公表にあわせて、東京大学総合博物館において展示されている。

発表雑誌

雑誌名
Galaxea, Journal of Coral Reef Studies 14巻、73-95ページ(日本サンゴ礁学会誌(英文))
(2月4日オンライン公表)
論文タイトル
Low species diversity of hermatypic corals on an isolated reef, Okinotorishima, in the northwest Pacific
(孤立したサンゴ礁,北西太平洋沖ノ鳥島における造礁サンゴの低い多様性)
著者
茅根 創(東京大・理),本郷宙軌(琉球大・理),岡地 賢(コーラルクエスト),井手陽一(海洋プランニング),林原 毅(水産総合研究センター),山本秀一(エコー),三上信雄(水産庁),小野寺清司・大坪貴明(国土交通省東京港事務所),高野弘之・利根川誠・丸山将吾(国土交通省京浜河川事務所)
DOI番号
10.3755/galaxea.14.73
論文URL
https://www.jstage.jst.go.jp/article/galaxea/14/1/14_73/_article/

図2:沖ノ鳥島。

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図3:沖ノ鳥島と周辺サンゴ礁の種構成(1)。

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図4:沖ノ鳥島と周辺サンゴ礁の種構成(2)。

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図5:サンゴの生息場マップ。赤がサンゴ被度20%以上の区域。

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図6:ウスエダミドリイシ(Acropora tenuis)。

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図7:イボハダハナヤサイサンゴ(Pocillopora verrucosa

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図8:沖ノ鳥島のエダコモンサンゴ群集。2008年5月東京都調査(本郷撮影)。

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