2013/1/15

ホヤ精子走化性の種特異性をもたらす精子誘引物質の構造の違いを解明

発表者

  • 吉田 学(東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所 准教授)
  • 森澤 正昭(東京家政学院大学 客員教授/東京大学大学院理学系研究科 名誉教授)
  • 松森 信明(大阪大学大学院理学研究科化学専攻 准教授)
  • 村田 道雄(大阪大学大学院理学研究科化学専攻 教授)

発表のポイント

  • どのような成果を出したのか
    受精の際に卵が放出している精子誘引物質をスジキレボヤから新規に同定しました。
  • 新規性(何が新しいのか)
    精子走化性の種特異性をもたらす精子誘引物質の分子構造の違いを、近縁の2種のホヤで見出しました。
  • 社会的意義/将来の展望
    精子走化性の普遍的な分子機構と、その種特異性の進化の理解につながると期待されます。

発表概要

受精の際に見られる精子の卵への走化性(注1)は、植物から動物まで広く見られる現象で、精子が最初に同種の卵を識別し、さらに道標として精子を卵まで導くシステムです。卵が放出する精子誘引物質は種によって異なることが知られており、受精において生物が種を識別する仕組みや、さらには受精機構の進化を理解するための鍵が精子誘引物質にあるのです。しかし、放出される精子誘引物質は極微量であることから、同定されている動物種はまだ10に満たず、その分子メカニズムはほとんどわかっていません。

これまで東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の吉田准教授らは、大阪大学大学院理学研究科化学専攻の村田教授らと共同でカタユウレイボヤ精子誘引物質を同定し(図1)、精子走化性に種特異性が生じる分子メカニズムの解明を進めてきました。そして今回さらに、カタユウレイボヤと近縁で別属のホヤ、スジキレボヤの精子誘引物質の構造解析に、わずか2.6 µg(4 nmol)という低分子有機化合物としては世界最小量で成功しました(図1)。このように近縁な動物で精子誘引物質が同定されたのはこれが初めてです。その結果、この2種の精子誘引物質は極めて類似した構造を持つステロイド誘導体であり、その違いは、一つの水酸基のつく位置と一つの二重結合の有無であることが明らかとなりました。このような分子構造のわずかな違いで種特異性が生じていることは大きな驚きです。今後、誘引物質の受容体との結合様式や誘引物質の代謝経路などを調べることで、一つの共通の分子メカニズムが如何に種分化してきたか、という理解につながることが期待されます。

発表内容

図1

図1:カタユウレイボヤ及びスジキレボヤと、構造決定された精子誘引物質の分子構造

拡大画像

受精の際に見られる精子の卵への走化性は、植物から哺乳類を含む動物まで広く見られる現象ですが、特にクラゲやホヤなど体外受精を行う海産無脊椎生物において顕著に見られます。この精子走化性には多くの動物で種もしくは属レベルの特異性があることが報告されており、同種の動物の精子と卵が出会う確率を上げる仕組みと考えられています。一方、卵から放出される精子誘引物質はごく微量であるため、その同定は難しく、精子誘引物質が同定されている動物はホヤ、ウニ、サンゴ、アワビ、ヒトデなど、まだ種数としては8種のみです。また同定された精子誘引物質はタンパク質性の物質から低分子有機化合物まで多様で、種間比較も困難です。従って、元々は共通な分子メカニズムがどのようにして種特異性を獲得してきたのか、その仕組みは全く不明でした。

これまで東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の吉田准教授らは、大阪大学大学院理学研究科化学専攻の村田教授らと共同で、カタユウレイボヤ(Ciona intestinalis)精子誘引物質を同定し(図1)、その分子構造が新奇なステロイド誘導体であることを報告しています。ホヤでは精子走化性に属レベルでの特異性があることが報告されており、実際、Ciona属と近縁のAscidia属の精子は他方の卵に対して走化性を示しません。今回、吉田准教授らはAscidia属であるスジキレボヤ(Ascidia sydneiensis)の精子誘引物質を同定しました。そして、大阪大学大学院理学研究科化学専攻の村田教授、松森准教授による最新のNMR解析技術および質量分析法により、スジキレボヤ卵から抽出したわずか4 nmol (2.6 µg)の精子誘引物質Ascidia-SAAFの分子構造解析に成功し、その実体が新奇なステロイド誘導体である3α,7α,8β,26-tetrahydroxy-5α-cholest-22-ene-3,26-disulfate であることを突き止めました(図1)。このように、近縁な動物種から精子誘引物質が同定されたのは今回が初めてです。その結果、両種の精子誘引物質はともに極めて類似した構造を持つステロイド誘導体であり、分子量の差は二重結合の有無による2だけで、それ以外には水酸基の位置が一カ所異なるだけであることが判明しました。このような分子のわずかな違いで種特異性が生じることは大きな驚きです。ホヤではこのように少しずつ形が違うステロイド誘導体が種特異的な誘引物質として働いていると推察されます。

今後、さらに他種のホヤから精子誘引物質を同定することで、ホヤを研究対象として受精の分子機構がどのように種分化したか、その仕組みを明らかにすることができると期待されます。特に原始的な脊索動物であるホヤには、同じ脊索動物門である脊椎動物とは異なり、性ステロイドホルモン受容体が存在しません。従ってホヤではコレステロールから始まる独自のステロイド代謝経路が進化し、種特異的な精子誘引物質の合成につながっていると推測されます。今後はこの誘引物質の代謝機構や受容機構を解明することで、さらなる精子走化性の種分化のメカニズムの解明を行っていきたいと考えています。

発表雑誌

雑誌名
Organic letters
15巻2号(2013年1月18日号)に掲載予定
(オンライン出版2013年1月18日、印刷版出版1月28日)
※オンライン公開済(1月4日付)
論文タイトル
A Novel Sperm-Activating and Attracting Factor from the Ascidian Ascidia sydneiensis
著者
Nobuaki Matsumori, Yuki Hiradate, Hajime Shibata, Tohru Oishi, Shuichi Shimma, Michisato Toyoda, Fumiaki Hayashi, Manabu Yoshida, Michio Murata, and Masaaki Morisawa
DOI番号
10.1021/ol303172n
アブストラクトURL
http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/ol303172n

用語解説

注1 (正の)走化性
細胞または生物が化学物質(誘引物質)の濃度勾配に対して濃度の高い方へと移動する性質