2012/11/15

マイクロRNAが細胞核に輸送される分子メカニズムを発見

— 核内でもマイクロRNAによる遺伝子発現調節が起こる可能性 —

発表者

  • 西 賢二(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 特任助教)
  • 程 久美子(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 准教授)

発表のポイント

  • どのような成果を出したのか
    RNAサイレンシングに関わるタンパク質TNRC6Aが核と細胞質の間を行き来する輸送タンパク質であり、マイクロRNA(miRNA)と相互作用するAgoタンパク質と結合することで、miRNAを核内に輸送することを明らかにした。
  • 新規性
    従来、miRNAによるRNAサイレンシングは主に細胞質(細胞核以外の部分)で起こると考えられていたが、本研究により、核内でもmiRNAによる遺伝子の発現調節が起こる可能性が提起された。
  • 社会的意義/将来の展望
    これまでほとんど研究されていなかった、核におけるmiRNAによる遺伝子発現調節の分子機構が解明され、miRNAの核内機能の解析が大きく進展すると期待される。

発表概要

miRNAは長さ20数塩基の小さな1本鎖のRNAで、ヒトを含む多くの生物種において、遺伝子発現の抑制(RNAサイレンシング)に働くことが知られている。miRNAによるRNAサイレンシングは、発生や細胞増殖をはじめとする多様な生命現象や癌などの疾病にも広く関わっているが、その分子機構には解明されていないことが多い。

今回、東京大学大学院理学系研究科 生物化学専攻の西賢二特任助教を中心とした程久美子准教授らの研究グループによって、miRNAが細胞核に輸送される分子機構が初めて解明された。miRNAは、直接相互作用するAgoタンパク質や、Agoと結合するGW182タンパク質(注1)などと複合体を形成し、標的とするmRNAの分解や翻訳抑制を引き起こす。このようなmiRNAによるRNAサイレンシングは、これまで主に細胞質で起こると考えられていた。

研究グループは、ヒトのGW182ファミリータンパク質の一つであるTNRC6Aが、核内と細胞質の間を行き来する輸送タンパク質であり、Agoと相互作用することでmiRNAを核内に輸送することを明らかにした。また、核に局在するTNRC6A変異体を強制発現させた細胞を用いた実験から、核内でもmiRNAによるRNAサイレンシングが起こる可能性を示した。さらに、核内miRNA複合体は、転写段階での遺伝子発現やスプライシングの制御、あるいは全く未知の機能を担う可能性も考えられ、今後の研究の進展が期待される。

発表内容

図1

図1:野生型TNRC6A及びその核外移行シグナル変異体の細胞内局在

GFPとTNRC6Aとの融合タンパク質(GFP-TNRC6A)を発現させたHeLa細胞を蛍光顕微鏡で観察した。核はDAPIで染色した。TNRC6Aの野生型(WT)は、ほぼ全ての細胞において細胞質で点状に観察された。一方、核外移行シグナル変異体(NES-mut)は、90%以上の細胞で核のみに点状に見られた。GFPシグナルは白色で、DAPIは青色で示した。

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図2

図2:TNRC6AによるmiRNAの核内輸送

GFPを融合したTNRC6Aの核外移行シグナル変異体(NES-mut)をHeLa細胞に発現させ、in situハイブリダイゼーションでmiRNAの一つであるmiR-21を検出し、蛍光顕微鏡で観察した。重ね合わせ(Merged)の画像において、GFP-TNRC6Aのシグナル(緑色)と、miR-21のin situハイブリダイゼーションのシグナル(紫色)のほとんどは、両者が重なった白色のシグナルとして核内(破線で囲まれた部分)で観察された。

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図3

図3:TNRC6Aの核−細胞質間輸送機構

TNRC6Aは核移行シグナル(NLS)により核移行し、核外移行シグナル(NES)によって細胞質へ搬出される。また、TNRC6AにはAgoが結合し、TNRC6Aの核内移行に伴って、miRNAを含むAgoも核内に運ばれる。細胞質ではmiRNA—Ago—TNRC6A複合体は、標的とするmRNAの分解や翻訳抑制を引き起こす。一方、核内でもmiRNA—Ago—TNRC6A複合体は、標的RNAを抑制する作用がある可能性が示唆されたが、その他の機能は未解明である。

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1. 研究の背景

近年の研究により、ヒトを含む多くの生物種において、miRNAやsmall interfering RNA(siRNA)といった長さ20数塩基の小さなRNAが、転写後の段階で遺伝子の発現を抑制する「RNAサイレンシング」と呼ばれるしくみが存在することが明らかになっている。miRNAは、直接相互作用するAgoタンパク質やAgo結合タンパク質であるGW182などとRNA-induced silencing complex (RISC)と呼ばれる複合体を形成し、相補的な塩基配列をもつmRNAと対合して、その分解や翻訳抑制を引き起こす。miRNAによって抑制されるmRNAは主に成熟型のmRNAであることや、AgoやGW182が細胞質内の顆粒状構造体であるProcessing body(P body)(注2)に局在することなどから、RNAサイレンシングは細胞質で起こる現象だと考えられていた。一方で、核内にもmiRNAやAgoが存在することや、小さなRNAが、核内で転写レベルで遺伝子発現を制御したり、mRNAのスプライシングを制御することを示唆する結果も報告されている。しかし、miRNAやAgoを含む複合体が、どのように核内に運ばれて機能するのかという分子的な機構については分かっていなかった。

2. 研究内容

私たちは、miRNAの核内移行の分子機構を明らかにする目的で、まずmiRNAと相互作用するタンパク質の細胞内局在を解析した。特にヒトGW182ファミリータンパク質の一つであるTNRC6Aに着目し、そのさまざまな領域の断片に緑色蛍光タンパク質(GFP)を融合させたタンパク質をヒト培養細胞に発現させて局在を解析した。その結果、TNRC6Aの一次配列には核移行シグナル(注3)と核外移行シグナル(注4)の両方が存在することが分かった。そこで、同定した核外移行シグナルが本当に機能するか調べる目的で、核外移行シグナルのアミノ酸配列に変異を導入すると、ほとんどのTNRC6Aは核内に留まり、きれいな点状の局在を示した(図1)。また、核外移行シグナルに加えて核移行シグナルにも変異を導入すると、このような核移行は見られず、大部分は細胞質に局在することが分かった。すなわち、TNRC6Aは、今回見出した、核移行シグナルと核外移行シグナルの両方の働きによって、核と細胞質の間を行き来する核—細胞質間輸送タンパク質であることが明らかになった。さらに、TNRC6Aの核外移行シグナル変異体が存在する核内の点状構造体には、Agoタンパク質やmiRNAも共局在していた(図2)。このようなAgoタンパク質やmiRNAとの共局在は、Ago結合領域を欠いたTNRC6Aでは見られなかったことから、TNRC6AはAgoとの相互作用を介してmiRNAを核内に輸送していると考えられた(図3)。また、TNRC6Aの核外移行シグナル変異体を強制発現させると、非翻訳性核RNAとして知られているMALAT-1に対するsiRNAによるノックダウン効果が増強された。したがって、TNRC6Aは核内におけるRNAサイレンシングに関わっていると考えられた。

3. 社会的意義・今後の予定

従来はmiRNAによるRNAサイレンシングは細胞質で起こる現象と考えられていたが、本研究により、TNRC6Aが小さなRNAとAgoタンパク質を含む複合体を細胞質から核内に輸送することが初めて示され、核内でもmiRNAによる遺伝子発現調節が行われる可能性が提起された。核内miRNA複合体は、核内RNAを発現抑制する他にも、転写段階での遺伝子発現制御やRNAのスプライシングを制御する可能性、さらには全く未知の機能をもつ可能性も考えられる。今後は、miRNA-Ago-TNRC6Aを最少単位とする核内複合体の機能を明らかにするために、この複合体に含まれる他のタンパク質分子や標的とするRNAを同定する予定である。

本研究は、文部科学省科学研究費補助金・新学術領域研究「非コードRNA」(課題番号21115004、小分子RNA作用マシナリーの調節機構、代表:程久美子)、日本学術振興会・基盤研究B(課題番号21310123、代表:程久美子)、革新的細胞解析研究プログラム(セルイノベーション)(細胞がん化シグナルネットワークの統合システム解析、代表:松田道行、分担:程久美子)などの支援を受けて行われたものである。

発表雑誌

雑誌名
「RNA」(アメリカRNA学会誌)(オンライン版:11月13日掲載)
論文タイトル
Human TNRC6A is an Argonaute-navigator protein for microRNA-mediated gene silencing in the nucleus
(ヒトTNRC6Aは核内microRNAサイレンシングのためのAgo輸送タンパク質である)
著者
西賢二、西愛、長沢達矢、程久美子
Kenji Nishi, Ai Nishi, Tatsuya Nagasawa, Kumiko Ui-Tei
DOI番号
10.1261/rna.034769.112
アブストラクトURL
http://rnajournal.cshlp.org/content/early/2012/11/12/rna.034769.112.abstract

用語解説

注1 GW182
GW182タンパク質は、N末端側にAgo結合ドメインとして機能するグリシン(G)ートリプトファン(W)の繰り返し配列をもち、C末端側にポリA結合タンパク質や脱アデニル化酵素群と相互作用するドメインをもつ、miRNAサイレンシングに必須のタンパク質である。ヒトのGW182ファミリーに属するタンパク質としては、TNRC6A、TNRC6B、TNRC6Cの3種が知られている。
注2 Processing body(P body)
細胞質内の顆粒状構造体で、mRNAの分解、貯蔵、翻訳抑制に関わる多くの因子が局在する。
注3 核移行シグナル
タンパク質を核膜孔を通過して核に移行させるアミノ酸配列で、塩基性アミノ酸であるリジンやアルギニンに富んだ領域。
注4 核外移行シグナル
タンパク質を核から細胞質に輸送させるアミノ酸配列で、Expotin 1が直接結合する。