2012/9/13

分子はどのようにして結晶になるのか?

— 一分子一分子が積み重なって結晶に成長する原理を初めて解明 —

発表者

  • 中村栄一(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)
  • 原野幸治(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 助教)

発表のポイント

  • どのような成果を出したのか
    固体表面に分子が次第に積み重なって大きな結晶に成長する機構を、初めて実験的に解明した。
  • 新規性(何が新しいのか)
    固体表面の狙いの場所に有機分子一分子を結合させ、その一分子を元に大きな結晶が成長すること見つけたこと。固体表面の周期性が結晶の周期性を誘起する、というのが従来の説だった。
  • 社会的意義/将来の展望
    物質の性質は、分子の性質と分子集合体(結晶)の性質の足し合わせで決まる。結晶化の機構が解明されたことで、有機電子デバイスや医薬品の設計・製造をより効率的に達成できる。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科化学専攻の中村栄一教授、産業技術総合研究所 ナノチューブ応用研究センターの末永和知 上席研究員、同研究センター カーボン計測評価チーム 越野雅至 研究員らおよびパリ市立工業物理化学大学院大学(ESPCI-ParisTech)のLudwik Leibler教授らの研究グループは、物質の表面で分子一つ一つが積み重なり大きな結晶へと成長していく機構を解明することに成功した。これにより、望みの形や性質をもった結晶を自在に作製することが可能となり、有機太陽電池の高性能化や医薬品の薬効向上につながると期待される。

ナノテクノロジーの技術を応用し、カーボンナノホーン(注1)とよばれる微細炭素粒子の表面に有機分子一分子(タネ分子)を結合させた新材料を作製した。この材料を加えて有機分子の結晶を作製し「単分子実時間電子顕微鏡イメージング(SMRT-TEM Imaging)」(注2)とよばれる手法で結晶の生成を観察した結果、固体の上に付けたタネ分子の上に数個の分子からなる集合体がたくさん形成し、その中のごく一部のみが結晶へと成長するという確率過程であることが初めて実験的に証明された。各成分の構造を決定し数を数えることにより、タネ分子が大きな結晶に成長する確率を見つもることにも成功した。

有機分子の結晶化は、日常生活から生体、工業プロセスまで遍く起きている現象であるにもかかわらず、表面における有機分子の結晶化メカニズムは未解明な点が多かった。従来の説では、結晶の形や性質を決定づける上で物質の表面の周期性が大きく影響すると考えられてきたが、今回の成果により、実際には物質表面についた分子の形と性質が決定要因であることが初めて示された。タネ分子のデザインを工夫すれば、同じ分子からでも違う性質を持った結晶を作り分けることができ、物質の性質を様々に変えることが可能となる。

発表内容

図1

図1:カーボンナノホーンに結合したタネ分子から結晶が生成する機構

拡大画像

図2

図2:カーボンナノホーンの走査型電子顕微鏡像。粒子表面にみえる凹凸は個々のナノホーン(角)である。

拡大画像

図3

図3:カーボンナノホーン表面から成長したY分子の結晶の透過型電子顕微鏡像。カーボンナノホーン粒子(赤矢印)が結晶表面(青矢印)にたくさん付いている

拡大画像

図4

図4:SMRT-TEMで観察したタネ分子とY分子の集合体(クラスター)の画像。左はタネ分子とY分子2分子からなるクラスター。右はより大きなY分子約15分子からなるクラスター。角状に見えるのがカーボンナノホーン。

拡大画像

物質の表面で過飽和溶液(注3)から結晶が生成する現象は我々のごく身近でみられ、生体現象や工業プロセスとも深く関わっている。尿酸の結晶化が引き起こす痛風のように結晶化が関与する疾患も知られている。しかし、結晶化のメカニズムは未解明の部分が多い。これは、小さな分子が表面で結晶を形成する過程を観察する手法がこれまでになかったことに起因する。東京大学大学院理学系研究科化学専攻の中村栄一教授の率いる、東京大学大学院理学系研究科化学専攻の原野幸治助教ら、産業技術総合研究所 ナノチューブ応用研究センターの末永和知 上席研究員、同研究センター カーボン計測評価チーム 越野雅至 研究員らおよびパリ市立工業物理化学大学院大学(ESPCI-ParisTech)のLudwik Leibler教授の研究グループは、固体表面の狙いの場所に有機分子一分子を結合させ、その一分子を結晶化のタネとして用いることで、そのタネ分子の上に一分子、一分子と分子が積み重なる過程を経て、大きな結晶へと成長する過程をつぶさに検討した。その結果、固体表面に分子が次第に積み重なって大きな結晶に成長する機構を、初めて実験的に解明することができた(図1)。

結晶が生成する過程を観察するために、ナノ炭素材料の一種で直径およそ100ナノメートルの粒子であるアミノカーボンナノホーンの表面に、Y字型をした有機分子(タネ分子)を結合させた材料を作製した(図2)。この固体をY字型をした有機分子(Y分子)の過飽和溶液に加え結晶化を行ったところ、数日ののちカーボンナノホーンの表面から結晶が選択的に成長した(図3)。タネ分子を結合させていないカーボンナノホーンを用いると結晶化は起こらずナノホーンへの物理吸着のみがおこることから、タネ分子はY分子の結晶化を仲介する役割を果たしていることがわかる。

タネ分子はカーボンナノホーン表面の尖端部に結合しているため、原子分解能の単分子実時間電子顕微鏡イメージング(SMRT-TEM Imaging)によって結晶化をおこなった後のカーボンナノホーンの尖端を観察することで、タネ分子が大きな結晶へと成長する途中の構造をとらえることができた。合計4000個のナノホーンを個々に調べた結果、固体の上に付けた一分子のうえに、まずは数個のY分子がランダムに集まった集合体(クラスター)がすみやかにたくさん形成され、その中のごく一部のみが結晶へと成長するという確率過程であることが初めて実験的に証明された(図4)。さらに、各成分の構造を決定し数を数えることにより、一分子が大きな結晶に成長する確率を見つもることにも成功した。注目すべきは、結晶では分子は周期構造を持ち規則正しくならんでいるにもかかわらずその前駆体である集合体がランダムな構造をとることである。この事実から、クラスターの構造が刻々と時間変化する中で、たまたま規則的な構造をとった瞬間にこれが結晶核となり結晶成長するという、核形成と結晶成長の分子描像が導き出された。またクラスターから結晶へと成長する確率は十億から一兆分の一と極めて低く、これは食塩やミョウバンを結晶化させると大きな結晶が少数だけ生成するという観察事実と符合する。このように「各成分の構造を決定し数を数える」ことが今回の実験の重要な鍵であり、これはSMRT-TEM によってタネ分子やクラスターを分子レベルで個別に観察することで初めて可能になった。

従来の説では、固体表面が本来持つ周期性が、その表面に成長する分子結晶の周期性を誘起すると考えられていた。今回の発見は、これは間違いであり、固体状に一つの共有結合で付けた一つのタネ分子があるだけで、その上に自然と結晶が成長することを新たに示した。ただしどんなタネ分子でも良いというわけではなく、結晶となるべき有機分子によく似た分子である場合に、そこに結晶が成長する。

今回開発した手法は、様々な物質の結晶化プロセスを分子レベルで解明することを可能にするものである。物質の性質は、物質を形成する分子の性質と分子集合体である結晶の性質の足し合わせで決まるため、結晶の形や性質を制御することは新材料の創製のために欠かせない技術である。今後、様々な分子の結晶化機構を明らかにすることで、望みの形や性質をもった結晶を自在に作製することができ、有機太陽電池をはじめとする有機電子デバイスや医薬品の設計・製造をより効率的に達成できると期待される。

本研究は科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(ERATO)「中村活性炭素クラスター」によってその研究の種が蒔かれ、その後文部科学省科学研究費補助金 特別推進研究(代表者;中村栄一、分担者;越野雅至:課題研究番号22000008)および新学術領域研究「配位プログラミング」(代表者;原野幸治:領域番号2107、課題研究番号24108710)の支援によって大きく開花したものである。

発表雑誌

雑誌名
「Nature Materials」(オンライン版の場合:9月16日)
論文タイトル
Heterogeneous nucleation of organic crystals mediated by single-molecule templates
著者
Koji Harano, Tatsuya Homma, Yoshiko Niimi, Masanori Koshino, Kazu Suenaga, Ludwik Leibler, Eiichi Nakamura
DOI番号
10.1038/NMAT3408

用語解説

注1 カーボンナノホーン
飯島澄男教授らのグループが1998年に発見したナノカーボンの一種。角状に丸まった炭素原子単層のシート(グラフェン)が凝集して直径50—150ナノメートルの粒子となる。高比表面積、高分散性、高導電性という特徴をもち電極材料などに利用されている。2012年にNECから販売が開始された(http://www.nec.co.jp/rd/se/cnh/)。
注2 単分子実時間電子顕微鏡イメージング(SMRT-TEM Imaging)
透過型電子顕微鏡(※)を用いて、分子一つ一つの構造や形状の時間変化を原子分解能で追跡する分析手法。中村教授らのグループにより独自に開発された手法で、カーボンナノチューブやカーボンナノホーンを担体とすることで有機分子を長時間安定に観察することが可能である。これまでに、ナノチューブに内包した炭化水素分子が回転、並進運動する様子や、金属原子が化学反応を触媒する様子を数分にわたる動画としてとらえることに成功している(2007年、2011年東京大学理学部プレスリリース参照)。
※透過型電子顕微鏡:光より波長の短い電子線を用いる顕微鏡。物質を透過してきた電子線により像を結ぶことによって物質の形状を視覚的に知ることができる。現在では0.1ナノメートル以下の空間分解能が実現されている。
注3 過飽和溶液
溶解度(飽和濃度)を上回る量の物質を含む溶液。過飽和は準安定な状態であり、いったん結晶の核が生成すると、物質の濃度が飽和濃度に達するまですみやかに結晶が成長する。