高性能新型フェライト磁石の開発に成功
発表者
- 大越 慎一(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)
- 生井 飛鳥(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 特任助教)
- 吉清 まりえ(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 修士課程2年)
- 山田 佳奈(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 修士課程2年)
- 所 裕子(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 特任助教)
- 中嶋 誠(元東京大学物性研究所 助教、現千葉大学理学研究科 准教授)
- 末元 徹(東京大学物性研究所 教授)
発表のポイント
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どのような成果を出したのか
巨大な保磁力を有する高性能フェライト磁石(ロジウム置換型イプシロン酸化鉄)の開発に成功しました。このフェライト磁石は、史上最高の周波数の電磁波吸収を示しました。 -
新規性(何が新しいのか)
今回観測された31 kOe (キロエルステッド)という保磁力はフェライト磁石の中で最も大きく、保磁力の大きな磁性材料として知られる希土類磁石の保磁力に匹敵するものです。また、電磁波(ミリ波)の制御周波数が史上最高の220 ギガヘルツ(大気の窓と呼ばれる重要な周波数)まで及んでいることが分かりました。 -
社会的意義/将来の展望
巨大な保磁力を有する本物質は、次世代の高密度磁気記録材料としての可能性を秘めています。また、将来有望視されているミリ波通信において、電磁波干渉問題を抑制するミリ波吸収体や磁気回転素子などとしての役割が期待されます。
発表概要
東京大学大学院理学系研究科 化学専攻 大越慎一教授らの研究グループは、極めて大きな保磁力(注1)を有する高性能フェライト磁石(注2)の開発に成功しました。今回、大越教授らが開発したのは、化学的なナノ粒子合成法により得られた新規なフェライト磁石で、イプシロン酸化鉄(ε-Fe2O3)(注3)という磁石の鉄イオン(Fe3+)の一部をロジウムイオン(Rh3+)で置換した、ロジウム置換型イプシロン酸化鉄(ε-RhxFe2-xO3)ナノ粒子です。この物質は、室温で31 kOe (キロエルステッド)という保磁力を記録しました。この保磁力の大きさはフェライト磁石の中で最も大きく、希土類磁石の保磁力に匹敵するものです。また、この磁石に電磁波の一種であるミリ波(注4)を照射したところ、220 ギガヘルツ(GHz、109ヘルツ)という高い周波数においてミリ波の偏光面の回転を示したことから、高周波ミリ波の磁気回転素子(注5)としての性能をもつことが分かりました。この周波数帯は、"大気の窓(注6)"と呼ばれ、大気による吸収が少なく無線通信に適した周波数帯とされていますが、これまでにこのような高い周波数の電磁波を吸収する磁性材料は知られていませんでした。本材料は、高画質テレビ通話や基板内無線通信(注7)などで将来有望視されているミリ波通信において、電磁波干渉問題(注8)を抑制するミリ波吸収体や磁気回転素子であるアイソレーターやサーキュレーターなど(注5)としての役割が期待されます。本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)の一環として得られ、英国時間2012年9月4日(火)16:00に、英国科学雑誌Nature Communications (ネイチャー・コミュニケーションズ) のオンライン版で公開予定です。
発表内容

図2:ガンマー(γ)相、イプシロン(ε)相、アルファ(α)相のギブズ自由エネルギーの粒子サイズ依存性(緑がγ相、赤がε相、青がα相)。太線が最安定相を表している。挿入図はロジウム置換型イプシロン酸化鉄ナノ粒子の透過型電子顕微鏡写真。各ナノ粒子の色が異なるのは、各ナノ粒子の結晶の方位が異なるため。

図4:ロジウム置換型イプシロン酸化鉄のミリ波吸収およびミリ波磁気回転. (a) ε-RhxFe2−xO3 (x = 0 (青)、0.04 (水色)、0.07 (緑)、0.11 (橙)、0.14 (赤)) のミリ波吸収スペクトル。挿入図は共鳴周波数(fr)-保磁力(Hc)プロット。(b) ε-Rh0.14Fe1.86O3におけるミリ波の楕円率(電磁波が描く楕円状軌跡の長軸と短軸の比) および回転角(楕円の長軸の角度)の変化。磁化した試料のN極側(左図)あるいはS極側(右図)から照射して測定された、回転角(赤の破線)および楕円率(黒の破線)のスペクトル。実線は近似曲線。(c) ミリ波を磁化した試料に照射して誘起されるミリ波偏光面の回転の模式図。本フェライト磁石が電磁波の磁場成分に影響を及ぼす。
酸化鉄からなるフェライト磁石は、紀元前7世紀に磁鉄鉱(Fe3O4)が発見されて以来、モーター、磁気記録媒体、磁性流体、電磁波フィルター等として、広く用いられてきました。一方で、フェライト磁石は結晶磁気異方性(注9)が低いために保磁力が小さく、大きな保磁力を有するフェライト磁石の開発が重要な課題となってきました。
大越教授らは、化学的合成法を駆使することにより、大きな保磁力を有するフェライト磁石の開発に取り組んできました。今回、メソポーラスシリカと呼ばれる、表面にナノメートルオーダーの穴が無数にあいたガラスを鋳型として用いることにより、イプシロン酸化鉄 (ε-Fe2O3)(注3)という特殊な磁性ナノ粒子の鉄イオンの一部を、ロジウムイオンで置換した新型フェライト磁石のロジウム置換型イプシロン酸化鉄(ε-RhxFe2-xO3)を作製することに成功しました(図1)。この新物質は、粒子サイズが30 ナノメートル程度のナノ粒子として合成することにより、焼成時に表面エネルギーの寄与が生じ、通常のフェライト合成法では得られない相が最安定相として得られたと考えられます(図2)。
ロジウム置換型イプシロン酸化鉄は、室温で27 kOe (キロエルステッド)という巨大な保磁力を示しました。さらに、各ナノ粒子の結晶の向きを揃えた配向試料では、31 kOeという保磁力を記録しました(図3)。この保磁力はフェライト磁石の中で最も大きく、保磁力の大きな磁性材料として知られる希土類磁石の保磁力(サマリウム-コバルトは30 kOe程度、ネオジム-鉄-ボロンは25 kOe程度)に匹敵するものです。また、本物質の電磁波吸収特性を調べたところ、ミリ波領域に周波数選択的に電磁波の吸収を示し、その共鳴周波数は209 GHzに及ぶことが分かりました(図4a)。このような高い周波数の電磁波を吸収する磁性材料は、本物質が初めてです。さらに、磁化させた試料(N極とS極)を作製して、伝搬するミリ波の偏光面を調べたところ、220 GHzでミリ波の偏光面が大きく回転することを見出しました(図4b左)。なお、試料をひっくり返して磁極を逆にすると、偏光面の回転の方向も逆になることも観測しています(図4b右)。
ロジウム置換型イプシロン酸化鉄において巨大な保磁力が実現した原因としては、(i)粒子がナノメートルサイズと非常に小さく、保磁力が大きくなるために必要である単磁区構造(注10)をとることができたこと、(ii)ロジウム置換型イプシロン酸化鉄では、大きな結晶磁気異方性(注9)が発現することなどが挙げられます。また、これまでで最高の周波数の電磁波吸収を示したのは、この巨大保磁力によるものと考えられます。一般に、磁石に電磁波を照射すると磁化の歳差運動が誘起され(ジャイロ磁気効果) (注11)、物質固有のある周波数の電磁波が吸収される現象が起きますが、この共鳴周波数は保磁力が大きいほど高くなります。また、同時に、伝搬する電磁波の偏光面が回転(磁気回転)します(図4c)。
巨大な保磁力を有する本物質は、保磁力を保ったままさらに粒径を小さくすることが可能であり、次世代の高密度磁気記録材料としての可能性を秘めています。また、磁石としては最も高い周波数のミリ波を吸収するため、ミリ波吸収材料としての応用展開が期待され、特に、磁気回転が起こる周波数は"大気の窓"の中でも最も高い周波数(220 GHz)にあたっています。ミリ波通信は高画質テレビ通話や基板内無線通信において期待されているため、本物質は電磁波干渉問題を抑制する高周波ミリ波の吸収体や磁気回転素子 (アイソレーターやサーキュレーターなど)として有望であると考えられます。
本研究成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST)「プロセスインテグレーションに向けた高機能ナノ構造体の創出」研究領域(研究総括:入江正浩 立教大学理学部教授)における研究課題「磁気化学を基盤とした新機能ナノ構造物質のボトムアップ創成」(研究代表者:大越慎一)によって得られました。また、研究の一部は、大越教授らとDOWAエレクトロニクス株式会社との共同研究で行われました。本研究内容に関しては、英国時間2012年9月4日16:00に、Nature Communications (ネイチャー・コミュニケーションズ) のオンライン版で公開予定です。
発表雑誌
- 雑誌名
- Nature Communications (ネイチャー・コミュニケーションズ)
- 論文タイトル
- Hard magnetic ferrite with a gigantic coercivity and high frequency millimetre wave rotation
- 著者
- Asuka Namai, Marie Yoshikiyo, Kana Yamada, Shunsuke Sakurai, Takashi Goto, Takayuki Yoshida, Tatsuro Miyazaki, Makoto Nakajima, Tohru Suemoto, Hiroko Tokoro, and Shin-ichi Ohkoshi*
- DOI番号
- 10.1038/ncomms2038
- アブストラクトURL
- http://www.nature.com/ncomms/
用語解説
- 注1 保磁力(Hc)
- ある方向に磁化された磁石を、磁化されていない状態に戻すために必要な反対向きの外部磁場の大きさ。↑
- 注2 フェライト磁石
- 鉄の酸化物を主成分とする磁性材料の総称。金属の磁性体と異なり、電気が流れにくい絶縁体(あるいは半導体)である。磁鉄鉱(Fe3O4)などが挙げられる。↑
- 注3 イプシロン酸化鉄 (ε-Fe2O3)
- 通常知られているFe2O3の結晶構造は、ガンマー(γ)相かアルファ(α)相であるが、大越教授らは、ナノ粒子合成法を駆使することでε相の単相を合成し、室温で20 kOe(キロエルステッド)という金属酸化物で最大の保磁力を示すことを2004年に初めて報告している。↑
- 注4 ミリ波
- 30~300ギガヘルツ(GHz、109ヘルツ)の周波数領域の電磁波。波長が1 mm~10 mmであるためミリ波と呼ばれる。画像情報をはじめとする大容量データ伝送や基板内無線通信などの次世代高速無線通信方式として、ミリ波を用いたミリ波無線通信の実用化が進められている。↑
- 注5 磁気回転子(アイソレーター、サーキュレーター)
- 無線通信において電磁波伝送の方向を制御するために用いられる素子。アイソレーターはある方向から電磁波を入力すると、もう片方から出力されるが、反対側から入力すると電磁波が伝わらなくなる特性を持つ素子。電磁波を一方通行に伝搬することができるため、反射の戻り光によるノイズや回路の誤作動防止のために用いられる。サーキュレーターは3つの端子を持ち、一方通行のロータリーのように、3つの端子間を一方向に電磁波を伝送する素子。電磁波伝送の制御に用いられる。↑
- 注6 大気の窓
- 大気による吸収などの影響が小さく、透過率が 高い周波数(35, 94, 140, 220 GHz)を指し、無線通信などにおいて重要な周波数領域である。↑
- 注7 基板内無線通信
- 半導体チップ間を接続する無線通信技術。プリント基板の配線やコネクタ,ケーブルなど、機器内の多くの配線を無線に置き換えられる可能性を持つため、注目を集めている。↑
- 注8 電磁波干渉問題
- 無線通信において電子機器が発する電磁波が、周辺にある他の電子機器の動作に影響を及ぼす現象のこと。電磁波干渉の結果、電波の受信に障害が発生したり、電波により電子機器が誤動作したりすることがある。電磁波吸収体を用いて不要な電磁波を吸収させたり、磁気回転子によって電磁波の伝送を制御する必要がある。↑
- 注9 結晶磁気異方性
- 磁化を結晶の特定の方向に揃えようとする性質のうち、結晶構造由来のもの。↑
- 注10 単磁区構造
- 自発磁化が同一方向にそろっている領域を磁区と呼ぶ。十分に磁性体の体積が小さくなると、ひとつの磁区だけが存在する単磁区構造を取るようになる。保磁力は単磁区構造において最も大きくなることが知られている。↑
- 注11 ジャイロ磁気効果
- 磁石に電磁波を照射すると、磁化の向きはエネルギー的に安定な方向から傾く。このとき、磁化が角運動量を持っているため、角運動量の保存則により磁化の歳差運動が誘起される。この効果をジャイロ磁気効果という。↑