リチウムイオンを閉じ込めたフラーレンの化学修飾に初めて成功
発表者
- 松尾 豊(東京大学大学院理学系研究科光電変換化学講座 特任教授)
発表のポイント
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どのような成果を出したのか
有機薄膜太陽電池に用いる光電変換材料として有望な、リチウムイオンを内部に含むフラーレン誘導体を開発した。その優れた電子捕集能などの性質や構造を明らかにした。 -
新規性(何が新しいのか)
陽イオン(リチウムイオン)を内包したフラーレンに有機分子を取り付けること(化学修飾)に世界で初めて成功した。 -
社会的意義/将来の展望
今回得られた新規物質は、新型太陽電池の一つである有機薄膜太陽電池の高効率化研究に用いられるほか、医療方面への応用で使われることも期待される。
発表概要
サッカーボールの形をした籠状分子であるフラーレン (C60) (注1)は、次世代太陽電池である有機薄膜太陽電池(注2)の開発に欠かせない材料として期待されている。フラーレンをそのまま用いてもエネルギー変換効率が悪いため、化学合成によりフラーレンに様々な有機分子を取り付けること(化学修飾)によって合成される高性能なフラーレン誘導体の開発が、有機薄膜太陽電池の高効率化の鍵を握っている。 東京大学大学院理学系研究科 光電変換化学講座(社会連携講座)の松尾豊特任教授と岡田洋史特任研究員らは、精密な分子合成技術により、フラーレンの籠の中にリチウムイオンを閉じ込めた「リチウムイオン内包フラーレン」(注3)の化学修飾に初めて成功し、画期的な有機電子材料である「リチウムイオン内包PCBM(注4)」を開発した。 従来の何も内包していないPCBM(有機薄膜太陽電池に用いられるフラーレン誘導体の標準材料)に比べて、今回の新規材料は、格段に高い電子捕集能をもっており、新しい太陽電池である有機薄膜太陽電池の高効率化研究に役立てられると期待される。
発表内容
昨今、エネルギー問題に取り組む研究の重要性はますます増している。太陽電池はクリーンな自然エネルギーとして注目を集めているが、その問題点は製造コストであり、これを解決するために様々な新しい太陽電池を開発する研究が行われている。インクを使って印刷で製造することができ、そのために安価につくることができると見込まれている有機薄膜太陽電池も新しい太陽電池の一つであり、世界中で活発に研究開発がなされている。
有機薄膜太陽電池において、サッカーボールの形をした籠状分子であるフラーレン (C60) は、欠かせない材料となっている。ただし、C60をそのまま用いただけでは発電の効率が良くなく、高いエネルギー変換効率を得るためには、フラーレンに様々な有機分子を化学合成により取り付けて(化学修飾して)得られるフラーレン誘導体を用いる必要がある。高性能なフラーレン誘導体の開発が、有機薄膜太陽電池の高効率化の鍵を握っている。
東京大学大学院理学系研究科 光電変換化学講座(社会連携講座)の松尾豊特任教授と岡田洋史特任研究員らは、精密な分子合成技術を駆使して、フラーレンの籠の中にリチウムイオン(Li+)を閉じ込めた「リチウムイオン内包フラーレン」に有機分子を取り付けることに初めて成功し、優れた電子捕集能をもつ新たな太陽電池材料を開発した。リチウムイオン内包フラーレンの世界初の化学修飾をデモンストレーションするにあたり、有機薄膜太陽電池の標準材料として汎用的に用いられているPCBM([6,6]-Phenyl-C61-Butyric Acid Methyl Ester、図1)(注4)とよばれる化合物を参照化合物とし、PCBMがもつ有機分子部分をリチウムイオン内包フラーレンに取り付け、リチウムイオン内包PCBM(図1)を化学合成することに成功した。
リチウムイオン内包PCBMは従来の「空の」PCBMに比べ、高い電子捕集能を持つことがわかった。分子に電子を1つ捕集させるために通常のPCBMでは–1.18 Vの電圧を印加する必要があったが、リチウムイオン内包PCBMでは–0.43 Vの電圧の印加で電子を受け取ることが明らかとなった(図2)。これはフラーレンの籠の中に陽イオンであるリチウムイオンが存在するためである。フラーレンはもともと電子を受け取る性質が高いが、中にリチウムイオンを含むことでその性質がさらに高まった。
また、X線結晶構造解析により分子構造を決定することにも成功した(図3)。リチウムイオンは籠の中心に存在するのではなく、化学修飾により取り付けた有機分子側に寄った格好をしていることが明らかとなった。
本研究によって得られたリチウム内包PCBMは、格段に高い電子捕集能をもつことから、有機薄膜太陽電池の研究に新たな展開を与え、エネルギー変換効率の高効率化に貢献するものと期待される。また、フラーレンの化学修飾は、電子材料の開発においてのみならず、生物学的な応用などでも重要な役割を果たしてきた。太陽電池への応用だけでなく、遺伝子治療などの医療面での応用も期待される。
本研究成果は、東北大学、株式会社リガク、株式会社イデアルスター、イデア・インターナショナル株式会社との共同研究により得られた。また、本研究は、内閣府の最先端・次世代研究開発支援プログラム「フラーレン誘導体の合成を基盤とした化学的アプローチによる高効率有機薄膜太陽電池の開発」の支援のもとで行われた。
発表雑誌
- 雑誌名
- 「Organic Letters」
(ASAP articleとして7月6日にオンライン版掲載) - 論文タイトル
- Covalently Chemical Modification of Lithium Ion-Encapsulated Fullerene: Synthesis and Characterization of [Li+@PCBM]PF6–
- 著者
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- 松尾 豊(東京大学 大学院理学系研究科 光電変換化学講座 特任教授)
- 岡田洋史(東京大学 大学院理学系研究科 光電変換化学講座 特任研究員)
- 丸山優史(東京大学 大学院理学系研究科 光電変換化学講座 博士課程3年)
- 佐藤寛泰(株式会社リガク)
- 飛田博実(東北大学 大学院理学研究科 化学専攻 教授)
- 小野吉弘(株式会社イデアルスター)
- 表 研次(株式会社イデアルスター)
- 河地和彦(イデア・インターナショナル株式会社)
- 笠間泰彦(イデア・インターナショナル株式会社)
- DOI番号
- 10.1021/ol301671n
- アブストラクトURL
- http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/ol301671n
用語解説
- 注1 フラーレン
- 多数の炭素原子で構成される籠状分子の総称である。中でもサッカーボール型の形状を有し炭素原子60個からなるC60は、有機太陽電池材料として広く研究に用いられている。日本で工業的規模で生産が行われている(フロンティアカーボン株式会社)。↑
- 注2 有機薄膜太陽電池
- 有機半導体を用いて作る次世代太陽電池のひとつ。溶液塗布法の開発が進めば、印刷により、簡便、低コストで生産できることが期待されている。また、電解液等を用いない固体の太陽電池であるため、柔軟性や寿命向上の上でも有利とされている。↑
- 注3 リチウムイオン内包フラーレン
- リチウムイオンをフラーレンの籠の中に含んだ新規材料。現在、国内の研究開発ベンチャー企業イデア・インターナショナル株式会社で研究開発が進められている。↑
- 注4 PCBM
- 現在最も汎用的に用いられている有機薄膜太陽電池材料。フラーレンそのものは有機溶媒に少ししか溶けないが、PCBMは格段に溶けやすくなっており、インクに加工して塗布や印刷プロセスに用いることが可能になっている。↑