葉のアイデンティティーを確立する因子を解明
発表者
- 塚谷 裕一(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授)
- 堀口 吾朗(立教大学理学部生命理学科 准教授)
- 兼井 麻利(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 博士課程4年)
発表のポイント
- 葉のアイデンティティー確立のために必須な因子を特定
- 子葉をつくる過程では、根の形成プログラムを抑制する必要があることを示した
- 身近で誰もが知っている「葉」という器官の成り立ちについて、予想外の背景があることを明らかにした
発表概要
一般的に生物の体づくりにおいて、どこに何の器官を作るのかは、厳密に決められています。植物の場合、地上部に茎と葉を、地下部に根を作ります。これは種子植物全体にあてはまる大原則です。今回、東京大学大学院理学系研究科大学院生の兼井麻利を中心とした塚谷裕一教授らの研究グループは、シロイヌナズナを用いた解析により、子葉が子葉になるためには、2つの遺伝子の働きが必須であること、これらの機能が失われると、子葉が形成されるべき場所から、代わりに根が形成されてしまうということを明らかにしました(図)。これは、子葉が正常に形成されるためには、根の形成プログラムを抑制する必要があるということを示した初めての成果と言えます。
発表内容

図1:野生型の芽生えと (左) とan3 han変異体の芽生え (右)
an3 han変異体では、本来ならば子葉が生えるべきところから、根が形成されてしまう(図中の矢尻)。スケールバーは1mm
種子植物の体は根・茎・葉の3種類の器官のみから構成されています。葉は地上部の主要な構成要素で、花弁や雄しべなどの花器官も葉が変形したものです。しかし、葉がそもそも葉らしくなるアイデンティティー確立の仕組みは、これまで明らかになっていませんでした。
今回、塚谷教授らのグループは、そのしくみにひょんなことから手がかりを得ました。すなわち、モデル植物であるシロイヌナズナを実験材料に用い、ANGUSTIFOLIA3 (AN3)とHANABA TARANU (HAN)の2つの遺伝子の機能を欠損させたan3 han二重変異体を作成したところ、芽生えの、子葉が形成されるべき領域に、根や、葉と根の中間的な特徴を示す構造ができることに気づいたのです。そこで、AN3とよく似た配列を持つGRF-INTERACTING FACTOR2 (GIF2) 遺伝子の機能も失われたan3 gif2 han三重変異体を作ったところ、子葉がほぼ完全に根に転換することも分かりました。子葉は植物が最初に形成する葉であり、胚発生過程で形成されます。したがって、AN3、GIF2を含むGIFファミリーと(注1) HAN遺伝子とは、胚で、子葉のアイデンティティーを安定的に確立する役割を果たしていることが明らかとなりました。
次に、子葉の位置で根ができてしまう原因を明らかにするため、根の形成にスイッチを入れる遺伝子PLETHORA1 (PLT1)の発現解析を行ないました。その結果、an3 han二重変異体の種子の中で発達中の胚を観察すると、PLT1の発現領域が、本来発現しないはずの頂端部(子葉ができる側)にまで拡大していることが明らかとなりました。そこでこの遺伝子PLT1の発現領域の過剰な広がりが子葉の位置に根ができる原因ではないかと考え、PLT1の機能を失わせたan3 han plt1三重変異体を作成したところ、異常な位置での根の形成が完全に抑圧され、正常に子葉が作られました。したがって、an3 hanの地上部に根を形成させた原因は、胚頂端部でのPLT1の発現であると分かりました。
以上のことから、AN3とHANは、PLT1の発現抑制を介し、子葉のアイデンティティーを制御していることが明らかとなりました。今回、子葉形成の柱となる因子を特定できたことで、葉の形成機構全体の解明を加速させることにつながると予想されます。
発表雑誌
- 雑誌名
- 「Development」139巻 13号 2436-2446ページ (2012年 )掲載予定
(オンライン版で6月5日に掲載済み) - 論文タイトル
- Stable establishment of cotyledon identity during embryogenesis in Arabidopsis by ANGUSTIFOLIA3 and HANABA TARANU
- 著者
- 兼井 麻利、 堀口 吾朗、 塚谷 裕一
- DOI番号
- 10.1242/dev.081547
- アブストラクトURL
- http://dev.biologists.org/content/139/13/2436.abstract
用語解説
- 注1 GRF-INTERACTING FACTORファミリー (GIFファミリー)
- 転写因子GROWTH-REGULATING FACTOR (GRF)と相互作用し、標的遺伝子の転写を活性化させる機能をもつ遺伝子ファミリー。GIF1(別名:AN3)、GIF2、GIF3の3つのメンバーから構成される。葉の細胞の増殖を促進させる働きが知られており、GIFの発現量を増やすことで、葉のサイズを増大させることが可能。しかしこれまで、葉自体のアイデンティティー決定への関与は知られていなかった。↑